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輸血を減らして命も救う

輸血は、今日の医療で最も過剰に行われている治療の1つであり、その費用は数千億円に上る。研究者たちは輸血を減らす方法を模索している。

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PHOTOGRAPH BY GREG WHITE

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150721

原文:Nature (2015-04-02) | doi: 10.1038/520024a | Save blood, save lives

Emily Anthes

2009年、スタンフォード病院・クリニック(米国カリフォルニア州)はコストを削減する方法を探していた。彼らが目をつけたのは輸血だった。同病院がその年に購入する輸血用血液は680万ドル(約8億2000万円)近くに上ると見られたが、輸血なしで治療を行える場合が多いことを示唆するエビデンス(科学的根拠)が蓄積してきていたからだ。

そこで彼らは2010年7月から新しいシステムを導入した。医師が病院のコンピューターシステムを使って輸血用血液をオーダーするたびに、当該患者の最新の検査結果が呼び出されるようにしたのである。その数値から患者の状態が輸血の必要がないほど良好であるはずだと判定されれば、画面上にアラートが出て、輸血の指針を医師にやんわりと思い出させ、オーダーを正当化するさらなる理由を示すように要求する。

2014年にTransfusionに発表された2本の詳細な論文によると、改革の成果は劇的だった1,2。2009年から2013年にかけて赤血球輸血の回数は24%も減少し、血液製剤の購入費用だけでも年間160万ドル(約1億9000万円)の削減になった。さらに、輸血の回数が減るにつれ、患者の死亡率、平均入院日数、輸血から30日以内に再入院する必要があった患者の人数も減少した。病院は、輸血の必要性について医師に再考を促すだけで、コストを削減できただけでなく、患者の転帰(病気の経過の帰着するところ)を改善することもできたのだ。

少なくとも先進国では、輸血はごく一般的な治療である。2011年に医師が輸血した全血製剤と血液成分製剤の量は、米国では2100万単位、英国でも300万単位近くに上った(訳注:1単位に相当する採血量は国により異なり、欧米は450~500ml、日本は200mlとなっている)。ところが近年、輸血は患者の命を救う反面、しばしば不要で、時に有害でさえあることが分かってきた。ジョンズ・ホプキンズ医療システム(米国メリーランド州ボルティモア)の血液管理計画長である麻酔科医のSteven Frankは、「私たちは、輸血によって患者の命を救うことができ、その量は多いほどよいと洗脳されていたのだと思います。今では逆に、輸血量が少ないほどよいと考えるようになりました」と言う。

科学者は今、輸血開始の目安となる閾値を低く設定する制限的輸血アプローチを推奨している。けれども、何十年も前から続いている医療慣行を変えるのは容易ではない。臨床医は明確な指針があるときにもしばしばそれに従わないことが、調査により明らかになっている。ロンドン大学衛生学熱帯医学大学院(英国)の臨床試験ユニット長Ian Robertsは、「輸血せずにはいられない医師たちに輸血をやめさせるのは、私たちが考える以上に難しいかもしれません」と予想する。

輸血の閾値を下げる

大量に出血している患者や、白血病やビタミン欠乏症の患者の体組織は、酸素不足に陥っている。患者をこの状態から回復させるためには、血液型が適合する供血者の赤血球を輸血する(血液の凝固を助ける血小板などの血液成分が輸血されることもあり、日本は血小板輸血が最多であるが、欧米では赤血球輸血の方がはるかに一般的である)。

歴史をひもとくと、17世紀には科学者と医師が輸血を試みていたという記述が残っている(が、輸血による死亡者が相次いだため、フランスでは輸血禁止に至った)。輸血が広く行われるようになったのは、複数の血液型が存在することが明らかになり、供与された血液を保存する方法が発見された1900年代初頭のことだった。血液バンクの取り組みが本格化したのはさらに遅く、第二次世界大戦中のことだった。英国では前線の兵士を救うために採血チームが全国を回り、国民の腕から採血した。1944年のポスターには、「あなたの血液を少しだけ分けてください。負傷した兵士の命は、皆様の献血にかかっています」という切実な呼びかけが書かれている。この呼びかけに応えて、終戦までに75万人が献血を行い、中には7回、8回献血した人もいたという(訳注:日本で輸血が定着したのは第二次世界大戦後で、日本初の血液センターが開業したのは1952年)。

それから数十年、献血の呼びかけはごく当たり前のことになり、戦時中や災害時には特によく行われるようになった。けれども、輸血に関する厳密な科学的検証は行われていなかった。当時はまだ無作為化比較試験は一般的でなかったし、輸血の原理は明らかであるように思われたからだ。「人々は、輸血の必要性に疑いを持たなかったと思います。体から血液が出ていってしまったのだから、外から入れてやる必要があるのは当然だ、というわけです」とRobertsらは言う。

ところが1980年代から1990年代にかけて、輸血を減らすことへの関心が急激に高まった。きっかけは、血液を介して感染するC型肝炎ウイルス(HCV)とヒト免疫不全ウイルス(HIV)が発見されたことだった。これにより輸血の安全性に対する懸念が生じた結果、感染症の検査が増えて採血のコストが増大しただけでなく、採血基準が厳格化されて献血者数が減少した。そこで一部の臨床医は、輸血を減らすことはできないかと考えるようになったのだ。

1994年、カナダの研究者たちが、輸血を減らすと患者にどのような影響が出るかを評価する研究を立ち上げた。医師たちは輸血するかどうかを判断する際、患者のヘモグロビン濃度の測定値を見るのが一般的だ。ヘモグロビンは赤血球中のタンパク質で、酸素と結合してそれを組織に運搬する役割を担っている。世界保健機関(WHO)は、男性なら血液1dl当たり13g(13g/dl)以上、女性では12g/dl以上というヘモグロビン濃度を正常と定義している。歴史的に、医師たちは患者のヘモグロビン濃度が10g/dl未満に下がったところで輸血を開始してきた。このトリガー値は、1942年の論文3で提案されたものである。

疫学者でクリティカルケア(重症治療)の専門家でもあるPaul Hébertが率いるカナダのチームは、広く採用されているこの閾値を検証した。研究チームは集中治療室の838人の患者を2つのグループに無作為に割りつけた。一方のグループの患者にはヘモグロビン濃度が10g/dl未満になったところで輸血を開始し(非制限的輸血戦略)、他方のグループの患者には7g/dl未満まで下がったところで輸血を開始した(制限的輸血戦略)。

30日後、第1のグループに割りつけられた患者の全員が輸血を受けていて、平均5.6単位の赤血球を輸血されていた(ここでいう1単位は、500mlの献血から抽出された赤血球量)。第2のグループに割りつけられた患者は平均2.6単位の輸血を受けていたが、3分の1の患者は輸血を全く受けていなかった。

これだけの違いがあったにもかかわらず、両グループの死亡率は同じだった。もっと詳しく見ていくと、55歳未満の患者と比較的軽症の患者については、制限的輸血戦略のグループの方が死亡率が低いことが明らかになった。

現在モントリオール大学(カナダ)に在籍しているHébertは、「この結果を最初に見たとき、私は統計家に、グループの割りつけは本当に適切だったかと尋ねました。それから全ての結果を再検討しました。率直に言って、信じられなかったからです」と回想する。

1999年、研究チームはこの結果をNew England Journal of Medicineに発表した4。スタンフォード大学医療センター(米国)の輸血医学プログラムと輸血サービスの責任者であるLawrence Tim Goodnoughによると、この臨床試験は1回しか行われなかったが、多くの人々に注目されたという。「論文を読んだ研究者は皆、この臨床試験は、他の臨床現場でやり直す必要があると考えたのです」。

2007年から2014年にかけて、少なくとも6つの、より大規模な無作為化臨床試験の結果が発表された5-10。いずれも、制限的輸血指針と非制限的輸血指針を比較するもので、敗血症性ショック、外傷性脳損傷、胃腸出血などさまざまな疾患の患者の他、集中治療室で治療を受ける小児、心臓手術を受ける成人、股関節手術を受ける高齢者なども参加した。この6つの臨床試験の全てで、制限的輸血指針に従っても、患者の転帰は変わらないか、時に改善する場合もあるという結果になった。

輸血の危険性

研究者たちは現在、輸血が必ずしも意図したとおりの効果をもたらさない理由を解明しようと取り組んでいる。例えば、医師たちは輸血の前に患者のヘモグロビン濃度を測定し、全身の組織に酸素がどの程度行きわたっているかを見て輸血の必要性を判断しているが、もしかすると、ヘモグロビン濃度は良い指標ではないのかもしれない。もう1つ考えられるのは、輸血された血液が、患者の体内で十分に機能していない可能性だ。

新鮮な赤血球は柔軟で、体内の極細の毛細血管の中を容易に流れることができる。一方、血液バンクで数週間保存された赤血球は細胞膜が硬化して変形してしまい、粘着性が高くなって凝集しやすくなったり、酸素との親和性が増加して末梢組織に酸素を放出しにくくなったりする。こうした変化は「保存損傷(storage lesion)」として知られ、赤血球輸血の効果を損なう恐れがある。「いわゆる『命の贈り物』が患者のためにならない場合がある理由は、ここにあるのかもしれません」とGoodnoughは言う。赤血球の保存損傷と患者の転帰悪化の関連について、これまでの研究では互いに矛盾する結果が出ているが、2015年中に大規模無作為化臨床試験の結果が出る予定だ。

輸血は、必ずしも意図した効果を得られないだけでなく、危険をもたらすこともある。輸血された血液は、感染症を媒介し、心臓に大きな負担をかけ、肺を損傷する恐れがある。免疫系にも悪影響を及ぼす。「血液は液体の臓器であり、輸血は他人の臓器を移植する行為なのです」とFrankは言う。供血者と受血者のABO式およびRh式血液型を特徴付けるタンパク質や糖鎖(抗原)の適合性を確認することで、最も激しい免疫反応は予防できる。けれども、血液細胞には他にも多くの抗原があり、その不適合は、軽度のものから重度のものまでさまざまな免疫反応を引き起こす。

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その一方で、輸血により免疫反応が弱められ、患者が感染症にかかりやすくなるという逆説的な事象も知られているが、その機序はまだ解明されていない。

輸血に伴うこうした危険が長年気付かれずにいたのは、臨床現場での観察が容易でなかったせいかもしれない。輸血を受ける患者の多くは最初から重篤な状態にあるし、病院内では感染症は珍しくないからだ。科学者が大きな患者集団を分析したことで初めて、輸血に伴うリスク上昇が浮かび上がってきた。

もちろん、一部の患者にとっては(特に、急激に大量の血液を失いつつある患者にとっては)、輸血が必要であり、命を救う効果がある。Robertsらが2014年に発表した論文11では、輸血は重度の外傷患者にしか効果がなく、軽度の外傷患者への輸血は、かえって死亡率を増加させるという結果が得られている。それに、輸血開始の閾値をめぐる議論にも結論が出ていない。例えば、心臓発作や脳卒中の患者についてもヘモグロビン濃度の閾値を下げるべきかという問題がある。この問題を検証する大規模無作為化臨床試験はまだ行われていないが、がんの手術を受ける患者への輸血については非制限的戦略が良い転帰をもたらすことが、2015年1月に報告されている12。もっとも、個人の疾患や危険因子は複雑であるため、どちらの戦略が採用されても、臨床現場で医師が個々の患者について輸血すべきかどうかを判断する必要がなくなるわけではない。

それでも専門家は、多くの患者が不必要な輸血を受けているのは明らかだと言う。Robertsは、「輸血を受けられないせいで死亡する患者もいれば、輸血を受けたせいで死亡する患者もいるのです」と言う。

変わる臨床現場

制限的輸血戦略は、臨床医の間で次第に受け入れられてきている。今では、7~8g/dlというヘモグロビン閾値を推奨する医師会や専門家組織が増えているし、病院は、輸血が必要にならないようにするための戦略を採用している。医師たちは、待機的手術(緊急手術とは異なり、前もって予定された日時に行う手術)を控えた貧血の患者には鉄剤を投与し、検査のための採血の量を最小限に抑え、手術中の出血を回収して本人の体内に戻す「術中回収式自己血輸血」を行う。こうした手法の多くは、宗教上の理由から輸血を拒否する「エホバの証人」の信者の治療に用いられてきたもので、今日では、より多くの人々に用いられるようになっている。

エングルウッド病院・医療センター(米国ニュージャージー州)患者血管理・無輸血内科外科研究所の所長Aryeh Shanderは、「私たちは近年、多くの国から自己血管理プログラムの設置への協力を求められるようになっています」と言う。

制限的輸血戦略の最先端を走っているのはオランダだ。オランダは2000年に健康状態の良好な患者への輸血閾値を6.4g/dlと定め、少なくとも1つの血液バンクが、2009年の輸血量が12%減少したと報告している。他の多くの国でも、血液管理プログラムの変更、新しい臨床指針の採用、低侵襲度外科手術へのシフトにより、輸血量は減少している。例えば英国では、赤血球の需要は1999年から2012年までの間に5分の1も減少した。また、米国のデータによると、全米で輸血された全血および赤血球の量は2008年から2011年までの間に8%減少した。かつての米国血液バンク協会(American Association of Blood Banks)であるAABBは、2015年に発表される最新の統計では、さらに10%減少しているだろうと予想する。血液の不足により待機的手術を延期しなければならなかった米国内の病院の割合も、2001年から順調に低下している。

とはいえ、これを機に献血が不要になると考えている研究者はほとんどいない。一部の地域や大災害の後には、やはり血液不足が起こるだろう。医師たちも、ある種の血液型や、長期の保存ができない血液成分(血小板など)を賄うためには献血が必要だろうと考えている。

AABBの会長であるMiriam Markowitzは、血液の需要を減らす余地はまだ十分あると主張する。例えば、英国で2011年に行われた9000件以上の輸血に関する聞き取り調査から、その半数以上で輸血を回避できた可能性があることが明らかになっている13

臨床指針を変更するだけでは不十分かもしれない。「指針を尊重しない医師が多いからです」と、ケンタッキー大学(米国レキシントン)の心臓胸部外科医Victor Ferrarisは言う。指針が経験と矛盾するように見えるときには、特にその傾向が強い。「外科医は経験を非常に重視します。輸血によって患者が一命をとりとめた事例を見たことのない外科医はいませんよ」とFerraris。

2014年10月に発表された研究14は、この問題の難しさをよく示している。科学者がジョンズ・ホプキンス病院(米国)の2つの集中治療室で働く医師たちを対象に行った調査によると、医師の圧倒的多数が理想的な輸血閾値は7g/dlだと報告していた。けれども、同病院の電子カルテは、一方の集中治療室の患者の84%と他方の集中治療室の患者の92%が、ヘモグロビン濃度がその数値まで下がらないうちに輸血を受けていたことを示していた。この論文の筆頭著者であるエモリー大学(米国ジョージア州アトランタ)のクリティカルケアの専門家David Murphyによると、一部の医師は、低いトリガー値に従うには自分の患者たちの状態は悪すぎ、そのエビデンスは彼らに当てはまらないと判断していたという。また、医師たちの多くは推奨されている閾値を知っていたが、看護師の多くはそれを知らなかった。さらに、2つの集中治療室ではアプローチの標準化が行われておらず、医療従事者たちにより患者ごとの輸血戦略が議論されることもなかった。「個々の患者に行うべき治療に曖昧な点があると、適切な治療ができると見込んで方針を立てても揺らいでしまいます」とMurphyは言う。

スタンフォードの病院での研究が示すように、これらの問題を克服することは可能である(「改革の成果」参照)。自動警告システムが導入される前年は、ヘモグロビン濃度が8g/dl以上あった患者の過半数に輸血を行っていたが、2013年にはその割合は30%以下まで低下した。この結果を報告する2本の論文1,2の筆頭著者であるGoodnoughは、「システムの導入後ただちに減少が始まり、その水準は維持されています」と言う。

こうした簡単な介入がうまくいった理由について、彼は次のように考えている。第一に、医師たちは誰かに見られていると感じて、行動を変えたのかもしれない。第二に、画面に表示されたアラートが医師たちに指針を思い出させたのかもしれない。関連する文献へのリンクが提供されていたことも重要だ。アラートを見た医師たちは、長年続けられてきた医療慣行に反射的に従う代わりに、立ち止まって再考したと考えられるのだ。

さらにアラートは、医療従事者たちが個々の患者に必要な治療について議論するきっかけにもなったかもしれない。「指導医から指示を受けて輸血をオーダーしようとした研修医がアラートを見て引き返し、『理由を入力しろという表示が出たのですが』と再指示を仰ぐことで、チーム内で話し合いが行われるのです」とGoodnoughは言う。医師たちはそれでも血液をオーダーしようとするかもしれないし、立ち止まってエビデンスを思い出し、アラートに込められた明確なメッセージに同意するかもしれない。それは、「いちばん安全な輸血方法は、輸血をしないことだ」というメッセージだ。

(翻訳:三枝小夜子)

Emily Anthesは、ニューヨーク在住の科学ジャーナリスト。

参考文献

  1. Goodnough, L. T. et al. Transfusion 54, 1358–1365 (2014).
  2. Goodnough, L. T. et al. Transfusion 54, 2753–2759 (2014).
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  13. 13. National Comparative Audit of Blood Transfusion: Part 1 Audit of Use of Blood in Adult Medical Patients (2011); available at go.nature.com/yubguj
  14. 14. Murphy, D. J. et al. Transfusion 54, 2658–2667 (2014).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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