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欠陥ミトコンドリアを破壊し、疾患を防ぐことに成功

Credit: istock/thinkstock

ミトコンドリアに欠陥のある卵を修正できる待望の治療法が臨床で使われる日が近づきつつあるが、研究者たちの間では、この技術の安全性と倫理的問題についていまだに激論が交わされている。英国議会の認可を得たミトコンドリア置換などの既存の方法では、母親の卵の核と、健康な女性から得たミトコンドリアを併せ持つ「三親胚」が生まれるからだ。そうした中、それらに代わる方法として、ある研究チームが欠陥のあるミトコンドリアを無力化する手法を開発し、Cell 2015年4月23日号1に報告した。ミトコンドリアに異常がある母親たちは、将来、自分の子供にその欠陥が伝わるのを防ぐことができるようになるかもしれない。

後の世代に伝わる修正を施したヒト胚を人工的に作製することに、倫理的な妥当性があるかどうかは疑わしい(このような胚の作成の第一例となる研究成果が4月18日にProtein & Cell2に発表された。本誌10ページ「ヒト胚ゲノム編集の波紋」参照)。だが、今回報告された手法を使えば、倫理的問題を回避しつつ健康なミトコンドリアだけを子に伝える道が開けるかもしれないと、一部の研究者は述べている。

ミトコンドリアとは、細胞にエネルギーを供給する細胞小器官である。世界中の人々の約5000人に1人の割合でミトコンドリア病、すなわちミトコンドリアDNAの変異(欠失および点変異)に起因する障害が見られる。障害が表れていない人でも、ある種のがんなど、別の要因で起こるさまざまな病気がミトコンドリアの欠陥により悪化する。ミトコンドリア病は、細胞のミトコンドリアの約60~95%に欠陥があると発症する3とされているが、ほとんどの場合、欠陥があるのは卵が持つ数十万個のミトコンドリアのうちのごく少数だと、ソーク生物学研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の分子生物学者で、Cellに掲載された研究の著者の1人であるAlejandro Ocampoは言う。

Ocampoとソーク研究所の発生生物学者Juan Carlos Izpisua Belmonteは、卵あるいは受精胚中の変異したミトコンドリアDNAの量を減らせば、病気が発症する確率を下げることができると気付いた。そこで彼らは、エンドヌクレアーゼと呼ばれるDNA切断酵素を作るように設計されたRNAの断片を細胞に注入した。その結果、エンドヌクレアーゼは特定の変異を持つミトコンドリアを探しだし、標的DNAを切断して欠陥のあるミトコンドリアを破壊することができた。

彼らが行った最初の実験はこうだ。2つの異なるマウス系統に由来するミトコンドリアDNAを持つため2種類のミトコンドリアを作る「へテロプラスミー」の卵と1細胞期胚に対し、片方のマウス系統に由来するDNAのみをノックアウトするエンドヌクレアーゼを作るよう設計されたRNAを細胞に注入する。次に、その胚を代理母に移植する。この実験で、標的としたマウス系統に由来するミトコンドリアDNAの約60%が破壊されていたが、その結果生まれた仔マウスは健康であった。

2つ目の実験では、ミトコンドリア病の患者から採取したミトコンドリアをマウス卵と融合させて、細胞の欠陥ミトコンドリアDNAを同様の手法で破壊したところ、欠陥のあるミトコンドリアDNAの20〜50%を排除することができた。

早期結果

この技術がヒトで利用できるようになるのは、ずっと先の話だ。人間の生殖細胞と胚を編集することは多くの国で非合法とされており、非倫理的な行為と広く考えられているからだ4,5。2015年3月にはいくつかの研究グループが、ガイドラインの作成により法的かつ倫理的に容認できる研究あるいは臨床応用が明確になるまで、このような研究を一時停止すべきだと要求した(Nature ダイジェスト 2015年6月号25ページ「ヒトの生殖系列のゲノムを編集すべきでない」参照)。Izpisua BelmonteとOcampoは、自分たちが開発した技術をヒト細胞で試すに当たり、倫理委員会から承認が下りるのを待っている。

たとえ承認を得られても、研究者たちは臨床に用いる前に、Izpisua BelmonteとOcampoの手法が胚に損傷を与えないことを証明する必要があるだろう、とケンブリッジ大学(英国)の分子生物学者Michal Minczukは言う。胚のミトコンドリアDNAの大きな割合を破壊してしまえば、胚は子宮への着床が難しくなる可能性がある、とMinczukは述べる。

そしてマギル大学(カナダ・モントリオール)の分子遺伝学者Eric Shoubridgeは、ミトコンドリア病を引き起こす変異は非常に多いので、個々の患者に合わせてRNAを設計するのは難しいかもしれないと言う。

だが、欠陥ミトコンドリアを破壊する手法により、「三親胚」作製技術は不要になるかもしれない。「三親胚」作製では、卵から別の卵へ、核あるいはミトコンドリアを移す必要があり、その過程で細胞に損傷を与え得る。そのため、この概念全体が多くの科学者や政治家の賛同を得られずにいた。それとは対照的に、カスタマイズされたRNAの注入は、「どんなIVF(体外受精)クリニックでも、目をつぶっていてもできる容易な手順です」とIzpisua Belmonteが言う。

遺伝学・社会センター(the Center for Genetics and Society;米国カリフォルニア州バークレー)のセンター長であるMarcy Darnovskyは、この手法なら三親胚という概念によって生じる懸念の多くを回避できるだろうと言う。彼女の研究チームは三親胚に反対している。しかし、彼女は、今回の新たな方法が近いうちに臨床で使われるようになるかどうかについては懐疑的だ。健康な子どもを誕生させることと病気を治すことは別問題だからだ。従って、リスクの方が上回ってしまうかもしれない。また、厳密な意味で、ミトコンドリア編集も生殖細胞系列の修正であることに変わりはない、と彼女は付け加える。

「一歩間違えば、悪い方向に進みかねません。1つの編集手段を許可してしまえば、パンドラの箱が開かれてしまい、あらゆるものが編集されてしまう可能性があります」とShoubridgeは言う。「我々がその道を進むことを望むのかどうかは倫理的な問題です。本当にそうしたいのかどうか、私には確信がありません」。

科学的なハードルも残っている。提供された健康な卵へ核を移植する研究の先駆者であるニューカッスル大学(英国)の神経科医Douglas Turnbullは、今回のマウスの研究は見事で非常に興味深いと言う。けれども彼は、欠陥があるミトコンドリアを多数持っている女性から得た卵は、ノックアウトの過程を生き伸びられないかもしれないと指摘する。なぜならミトコンドリアDNAがごくわずかしか残らないからだ。

それにもかかわらず、OcampoとIzpisua Belmonteは、不妊治療専門クリニックから廃棄されるヒトの卵と胚を手に入れる手続きを進めており、倫理委員会から承認が下りるのを待っていると言う。彼らは、ミトコンドリア編集を行った細胞から幹細胞系譜を作成する計画だが、胚を母体に移植したり、胚を成長させたりするつもりはないと述べている。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150703

原文

DNA editing in mouse embryos prevents disease
  • Nature (2015-04-23) | DOI: 10.1038/nature.2015.17379
  • Sara Reardon

参考文献

  1. Reddy, P. et al. Cell 161, 459–469 (2015).
  2. Liang, P. et al. Protein Cell 6, 363–372 (2015).
  3. Russell, O. & Turnbull, D. Exp. Cell Res. 325, 38–43 (2014).
  4. Lanphier, E. et al. Nature 519, 410–411 (2015).
  5. Baltimore, D. et al. Science 348, 36–38 (2015).