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より小さなCas9酵素を発見

DNAを高い精度で編集する技術の向上は著しく、その技術をヒトに用いて異常の見られる遺伝子を修正できる可能性が高まっている。CRISPRと呼ばれるゲノム編集技術は、Cas9と呼ばれる遺伝子編集酵素(二本鎖DNAを切断するエンドヌクレアーゼ)と、Cas9をDNAの標的部位に誘導するガイドRNA分子を基盤としており、実験室ではすでに、動物胚のゲノムに設計どおりに変異を組み込んだり、除去したりするのに用いられている。現在のCRISPR-Cas9系では、化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)のCas9(SpCas9)の利用が一般的だが、SpCas9はヒトの遺伝子治療で主流となっているベクターに組み込むには物理的に大きすぎるため利用できず、ヒト細胞に十分な効率でSpCas9を導入できていない。

ところがこのほど、ブロード研究所およびハーバード大学(ともに米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のFeng Zhangらが新しいCas9を発見し、この障害を取り除ける可能性が見えてきた。Zhangらが見つけたCas9は、SpCas9の約4分の3の大きさであるにもかかわらず、同程度の効率でゲノムを編集できるのである(F. A. Ran et al. Nature 520, 186–191; 2015)。この発見により、多くの遺伝性疾患を治療する新しい方法への道が切り開かれるかもしれない。

ハーバード大学の化学生物学者で、この研究には関与していないDavid Liuは、「特異的な遺伝学的変化と関連のあるヒト疾患は数千にも上ります。そして、その大部分がゲノム編集により治療できる可能性があります」と話す。

ゲノム編集は、ヒト胚での利用についての未確認情報があり、議論が巻き起こっている(訳注:4月18日に、実際に研究論文が出版された。本誌10ページ「ヒト胚ゲノム編集の波紋」参照)。このゲノム編集技術の安全性が確立される前に、不妊治療専門医がヒト胚の遺伝子編集に用いる可能性があるとの懸念を表明する研究者もいる(Nature ダイジェスト 2015年6月号25ページ「ヒトの生殖系列のゲノムを編集すべきでない」参照)。さらに、ゲノム編集により胚に加えられた変化は、後の全ての世代がいや応なしに受け継ぐことになると考えられるため、懸念はますます大きくなっている。一方、小児や成人の非生殖細胞の場合は、世代を超えて受け継がれることがないため、臨床ツールとしてのCRISPR開発競争が研究者や企業の間ですでに始まっている。

非生殖細胞での利用を目指すに当たり、倫理面はより明快であると考えられる。だが技術面では、CRISPRは胚に用いるよりも非生殖細胞に用いる方が難しい。1個の胚は、人体の組織を形作る前段階であり、少数の細胞で構成されているので、CRISPR構成要素を少数の細胞に注入するだけでよい。しかし成人では、数十兆個の細胞が別々の組織を組み上げている。研究者らは、生理的過程を障害している特定の細胞にCRISPR装置を導入して遺伝子の異常を修復する方法について、頭を悩ませている。

ゲノム編集の臨床応用を目指すインテリア・セラピューティクス社(Intellia Therapeutics;米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の最高経営責任者Nessan Berminghamは、「世界最高の遺伝子編集系があっても、修復したい細胞種にそれを送達できなければ意味がありません。そのために私たちは膨大な時間を費やしています」と言う。

目的に合致

黄色ブドウ球菌。ヒトなどの動物の常在菌で、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は院内感染菌として知られる。直径約1µmで、ブドウ状に集まることからこの名が付いた。 Credit: royaltystockphoto/istock/thinkstock

遺伝子治療の分野では、成体ヒト細胞に外来遺伝子を導入するために、アデノ随伴ウイルス(AAV)を利用することが多い。しかし、CRISPR系で一般的に用いられているSpCas9は、そのタンパク質をコードする遺伝子が物理的に大きく、Cas9機能に必要な別の配列とともにAAVゲノムにうまく組み込むことができない。

この問題を解決するために、Zhangらは細菌ゲノムを調べることにした。CRISPR 系は細菌の防御機構から見出されたもので、細菌にとって好ましくない侵入DNA配列を切断・除去するのに用いられているからである。Zhangの研究チームは、AAVに組み込んでヒト成体細胞に送達できる大きさのCas9を求めて、数百の細菌に由来する600以上のCas9遺伝子を解析した。

すると、皮膚感染症や食中毒を引き起こすことで知られる黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)に、SpCas9の遺伝子より1000塩基以上小さいCas9(SaCas9)遺伝子が見つかった。またSaCas9は、SpCas9と同程度の効率でゲノムを編集できることも分かった。そこで、肝臓のコレステロール調節遺伝子を標的とするRNAとともにSaCas9をAAVに組込み、この改変AAVをマウスに注入したところ、1週間と経たないうちに、肝臓の細胞の40%以上にこの改変遺伝子が含まれるようになっていた。

「ゲノムを思い通りに書き換えるツールセットに大変有用なツールが追加されたのです」と、Liuは言う。彼は、ガイドRNAに結合したより大きいCas9タンパク質をウイルスを用いずに細胞内に送達する方法を開発中である。またBerminghamは、研究室での個々の組織に合わせた複数の送達機構が開発されることを期待していると言う。

この研究成果を受け、デューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)の生物医学工学者Charles Gersbachは、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(世界で少年3500人当たり1人が罹患している深刻なヒト疾患)に関連する変異をSaCas9酵素を用いて修正できるかどうか、マウスですぐにでも試してみたいと話す。彼は、まだ断言はできないが、と前置きしつつも、このSaCas9の登場によりCRISPRの臨床応用が現実味を帯びてきたと言う。「この分野は急速に進歩しています。まだ試すことができていないだけ、という技術が数多くあります」。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150709

原文

Mini enzyme moves gene editing closer to the clinic
  • Nature (2015-04-02) | DOI: 10.1038/520018a
  • Heidi Ledford