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細胞が重力でつぶれない仕組みを発見

–– 扁平なメダカを見つけられたそうですが……。

図1:メダカの胚(受精後54時間)の断面。
上は野生型。下は平たいメダカ(hir 変異体)。

仁科: 体が上下に押しつぶされたような、平たいメダカです。

メダカが受精卵から発生していく様子を観察すると、通常は、成長に伴い徐々に体の厚みを増していくわけですが、このメダカは厚みを増すというよりも、ベターッと横に広がっていきます(図1)。組織の配置も形態も、通常とは異なったものになります。

–– どうしてつぶれてしまうのでしょうか。

仁科: 自らの重みで体がつぶれてしまうのです。それというのも、この平たいメダカでは、細胞の張力が低下しています。通常の細胞では、細胞の内から外に押す力、張力が働いており、細胞は簡単にはつぶれない。でも、張力が失われていると、細胞が積み重なったときに、その重みで自らの形を保てずにペチャンコになる。三次元的な組織構造を構築できなくなるのです。

地球上の生物が重力の影響を受けていることは昔から指摘されてきましたが、私たちは、重力に抗する具体的な細胞の仕組みの一端を明らかにできたと思います1

–– 張力を生み出している実体は何なのですか?

仁科: 細胞膜の内側を裏打ちするアクトミオシンという繊維(細胞骨格)や、細胞外に存在するフィブロネクチンという繊維(細胞接着因子)です。そして、これらを制御している因子の1つがYAP(Yes-associated protein)というタンパク質であることを発見し、それを証明しました。

平たいメダカとの出会い

–– この発見は、いったいどのようなことがきっかけだったのでしょうか?

古谷-清木誠 バース大学再生医学研究所室長。
仁科博士と二人三脚で、生物が重力に抗する仕組みの解明に取り組んできた。手に持つのは、ヒモの張力で形を保つオモチャの人形。 |

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Furutani-Seiki, Makoto/University of Bath

仁科: 平たいメダカを見つけたのは、2001年頃にさかのぼります。

当時私たちは、メダカの変異体のカタログ作成に携わっていました(1998〜2007年の近藤誘導分化プロジェクト)。日本発のモデル生物であるメダカのプロジェクトとして、古谷-清木誠グループリーダーの下、全部で300個余りの変異体を見つけました2,3

その変異体の1つが、平たいメダカです。「こんなユニークな変異体は見たことがない」と、グループリーダーが驚いたことを覚えています。彼は、ゼブラフィッシュの変異体プロジェクトへの参加経験もある小型魚類のベテランですから、その言葉に私も興奮しました。そしてすぐに、古谷さんと私を中心に解明に乗り出したのです。

–– すると、10年越しの研究だったのですね。

仁科: はい。そこからが長い道のりだったのです。ちょうど、古谷さんが英国のバース大学に移ることになったので、日英で行き来しながら共同研究を続けたのですが。

原因遺伝子が、細胞増殖を制御することで知られているYAP遺伝子であることは、すぐに突き止めることができました。そこで、細胞増殖の観点から平たい変異体を調べてみたのですが、何も見つかりません。調べても、調べても、まったく手掛かりがつかめず、長いトンネルに入ってしまったような期間が続き ました。

YAPは、脊椎動物に広く保存されており、最近、器官サイズの調節やがんへの関与などの多彩な機能が注目されているタンパク質です。ですが、当時は、細胞増殖での働きが明らかになりつつあるときで、私たちもその観点ばかりを探っていました。

繊維タンパク質の異常を発見

–– 解明の糸口になったのは?

仁科: 画期的なブレイクスルーというような瞬間はなかったのですが、細胞の張力の異常という考えに結び付くようなデータが、少しずつですが集まってきました。

平たい変異体では、目の発生も異常でした。レンズが目(眼杯)に収まらず、飛び出したままになっています。それについて調べようと、目の組織に含まれるフィブロネクチン繊維の顕微鏡写真を撮ったところ、ドット状に見えたのです。これは、細胞同士を接着しているフィブロネクチン繊維が、壊れて断片化していることを意味しています。

図2:YAP による細胞張力の制御および力の関与する過程を、神経管と目を例に示したモデル図。
YAP はARHGAP18 を介して、アクトミオシンの活性を制御(1)。アクトミオシンはフィブロ ネクチンの活性を制御(2)。アクトミオシンの異常は、細胞の張力を低下させるとともに、フィ ブロネクチンの重合を壊して細胞接着の異常をもたらす。それらの結果、細胞の積層の異常や、 三次元的な形態の異常がもたらされる。 |

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©2015 浅岡洋一・古谷- 清木 誠・CARL-PHILIPP HEISENBERG・仁科博史 LICENSED UNDER A CREATIVE COMMONS 表示2.1 日本 LICENSE

次に、細胞膜を支えているアクトミオシン繊維に異常が起こると、フィブロネクチン繊維が断片化することを、文献で知りました。

そして、アクトミオシンは、YAPタンパク質によりその活性を左右されることが分かったのです。YAPが、繊維タンパク質の活性を左右する働きを持つとは、大変意外でした。

–– 平たいメダカの変異体では、YAPタンパク質が異常であるため、繊維タンパク質の異常をもたらすと解明できたのですね。

仁科: そうなのです。ですが、長いトンネルに終わりはまだ見えず……。正直に言いますと、ここまでのデータだけでは、Natureのエディターを納得させることができなかったのです。

切り札となったのは、細胞の張力を実際に測定することでした。

細胞の張力を実測する

–– それで、ハイゼンベルグ博士が研究チームに加わったのですね。

仁科: 張力を物理的に測定する技術などの知識を、私たちは持ち合わせていませんでした。オーストリア科学技術研究所(IST Austria)のハイゼンベルグ博士がこうした技術の権威と知り、古谷さんが交渉に出向き、測定してもらうことになりました。

組織をピペットで吸引し、細胞の中身がどれくらいそれに引っぱられるかにより、張力を測定するのです。結果は、非常に喜ばしいものでした。平たい変異体では細胞の張力が低下していると、数値で確認できたのです。

細胞張力のデータが得られたことにより、それまでのデータが1つの論理のもとにきれいにまとまりました。そういう意味では、張力の実測が、1つのブレイクスルーだったといえるかもしれません。

–– 奇妙なメダカとの出会いが、大きな発見に結び付いたのですね。

仁科: 古谷さんと二人三脚で、長い道のりをたどりましたが、最終的にNatureに論文発表することができました。初期の変異体作製の地道な実験に尽力してくれた人たち、また、ネガティブデータを取るためだけに協力してくれた人たちもいます。こうした人たちを含め、多くの研究者がこの研究に携わってくれました。発見の喜びはもちろんですが、多くの人たちの貢献やその思いに、感慨深いものがあります。

私だけだったら、もっと早い時点で諦めて、他誌に投稿したかもしれません。でも、英国の研究費獲得は日本よりも厳しいものがあるので、古谷さんは諦めなかったですね(笑)。

–– メダカ以外の生物では?

仁科: ヒトの細胞でも、この仕組みが確認できました。脊椎動物全般に備わっている機構です。ただし、メダカ以外の生物では、研究が容易ではありません。なぜかというと、YAPタンパク質が、「増殖」と「張力」の2つを制御しているので、それらの機能を別々に解析するのが簡単ではないからです。

メダカのYAPタンパク質は、例外的で、張力の制御を重点的に行っています。それが、今回の発見につながったのだと思います。

–– 今後、平たい変異体の研究はどのように展開できますか。

仁科: 私はもともと肝臓の発生や再生に興味があります。iPSを用いて器官の三次元構造を再生する研究は、肝臓に限らず、あまり進んでいない状況です。YAPタンパク質による組織張力の制御が可能になれば、そうした研究に役立つにちがいありません。

器官の再生では、眼の再生が一歩リードしており、眼杯の作製まで成功しています4。レンズを眼杯に収めるステップで、YAPタンパク質がうまく役立てられないかと期待しています。

また、もし、宇宙ステーションのような重力の影響がないところで、平たいメダカがどのようになるか実験をしてもらえる機会があったら、それも楽しみです。

–– ありがとうございました。

聞き手は、藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

仁科 博史(にしな・ひろし)

東京医科歯科大学 難治疾患研究所 発生再生生物学分野 教授。東京大学理学部生物化学科卒業。1990年同大学院理学研究科生物化学専攻博士課程修了(理学博士)。東京工業大学生命理工学部生命理学科助手、カナダ・トロント大学/オンタリオ癌研究所博士研究員、東京大学薬学部助手を経て、1998年同大学助教授。2005年より、現職。細胞のシグナル伝達に基盤を置いて、器官形成や病態発症の仕組みを研究してきた。特に、肝臓の再生医学に興味を持っている。「最近、ランニングを始めました。東京マラソン参加を目指し、週末に10 kmほど走るのが今の息抜きです」。

仁科 博史氏

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150718

参考文献

  1. Porazinski, S et al. Nature 521, 217-221 (2015).
  2. Furutani-Seiki, M et al. Mech. Dev. 121, 647-658 (2004)
  3. Watanabe, T et al. Mech. Dev. 121, 791-802 (2004)
  4. Sasai, Y et al. Nature 493, 318-326 (2013)