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ニワトリ胚で恐竜の顔を再現

鳥類は、今から約1億5000万年前に恐竜から進化したと考えられており、その過程で獲得した数ある形質の中でも、くちばしは特に多様性に富んでいる。今回、シカゴ大学(米国イリノイ州)およびエール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)に所属する古生物学者Bhart-Anjan Bhullarとハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の進化生物学者Arhat Abzhanov率いる研究チームは、鳥類のくちばし形成に関わっている分子を阻害することによって、恐竜の鼻面(吻)と似た特徴を持つニワトリ胚を作出した。この研究の詳細は2015年5月12日付のEvolutionオンライン版で報告された1

「今回の研究の目的は、『ダイノチキン(dino-chicken)』の群れを作ったり恐竜をよみがえらせたりすることではありません。恐竜の吻がどのように鳥類のくちばしへと進化していったのか、その裏側にある分子機構を明らかにすることなのです」とBhullarは説明する。「ダイノチキン」とは、ニワトリ胚で遺伝子操作により進化を逆行させて得られると考えられている恐竜様の動物のことで、「チキノサウルス(chickenosaurus)」と呼ばれることもある。

恐竜から鳥類への移行過程はさまざまな特徴が入り乱れる複雑なものだった。実際、「最初の鳥類」とされている種とそれらの祖先である肉食恐竜との間には共通点が非常に多く、ある特定の解剖学的特徴だけで区別することはできない。しかし、その後の鳥類進化の過程で、恐竜や爬虫類で吻を形成していた左右一対の「前上顎骨」が伸長して結合し、現在のくちばしが誕生した。「全ての脊椎動物では、左右2つの小さな骨が吻を構成していますが、鳥類ではこれらが融合してくちばしという1つの構造体になったのです」とBhullarは言う。

顔の「復元」

前上顎骨がどのようにして融合するに至ったのかを調べるため、研究チームはまず、ニワトリとエミューの胚でくちばしの発生を、ワニとトカゲ、カメの胚で吻の発生を解析した。彼らは、爬虫類と恐竜では吻を構成する前上顎骨が類似の様式で発生しており、吻形成の発生経路は鳥類進化の過程で変化した、と推論したのだ。

解析の結果、顔の発生を調整することが知られている2種類のタンパク質FGFとWntの発現が、鳥類の胚と爬虫類の胚とで異なっていることが判明する。これらのタンパク質は、爬虫類の胚では後に顔となる部分の狭い2領域で活性化されていたのに対し、鳥類の胚では顔となる部分の中心で広く帯状に発現していた。Bhullarはこの結果を、FGFとWntの活性変化がくちばしの進化に寄与したことを示す暫定的な証拠と考えた。

孵化寸前のニワトリ胚の頭蓋骨にはくちばしがある(左)が、特定のタンパク質を遮断すると左右一対の骨からなる爬虫類様の「吻」が生じ(中央)、現代のワニ(右)の骨格と似たものになる。 Credit: Bhart-Anjan Bhullar

この仮説を検証するため、Bhullarらは次に、発生中のニワトリの卵数十個にFGFとWntの活性を遮断する生化学物質を投与した。だが、彼らがこれらの卵を実際に孵化させることはなかった。承認を得た研究プロトコルに、孵化の工程を記載していなかったからだ。代わりに研究チームは、孵化直前の胚で顔に見られる特徴の違いを識別した。FGFとWntを阻害したニワトリ胚と阻害しなかったニワトリ胚との間にはわずかな差異が見られたが、阻害したニワトリ胚のくちばしとなるはずの部位は皮膚片で覆われており、形状の違いはそれほど明確ではなかったという。「外見的にはやはりくちばしに見えるでしょう。でも、骨格を見ると判断にとても困ると思います。吻を作った、とまでは言えませんが」とBhullarは語る。

タンパク質を阻害した胚の中には、普通のニワトリ胚とほとんど変わらないものもあったが、前上顎骨が部分的に融合した胚や、2つに分かれて大幅に短くなった胚もあった。さらに、コンピューター断層撮影法(CT)を用いて頭蓋骨のデジタルモデルを作成したところ、これらのいくつかは、始祖鳥(Archaeopteryx)のような初期の鳥類やヴェロキラプトル(Velociraptor)のような小型肉食恐竜の骨に似ていることが分かった。

ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の発生生物学者Clifford Tabinは、今回の研究はFGFとWntの発現変化が鳥類のくちばしを形作ったことを裏付ける強力な証拠を示すものだとし、「とても素晴らしい」と評価する。しかしながら、くちばし形成に関連する遺伝的変化を特定することは、はるかに困難と考えられる。というのも、そうした変化は、FGFやWntをコードする遺伝子で起きた可能性もあれば、関連する生化学的経路の遺伝子、あるいは遺伝子発現に影響を与える「調節性」DNAで起きた可能性もあるからだ。くちばし形成に関連する遺伝的変化が明らかになれば、ニワトリのゲノムにそうした変化を組み込んだり、逆に、ゲノム編集によって爬虫類をより鳥類に近づけることも可能だろう。

映画『ジュラシック・パーク』シリーズの監修者としても知られる、モンタナ州立大学(米国ボーズマン)の古生物学者Jack Hornerは、遺伝学的手法を用いて恐竜のような尾を持つニワトリを作ろうとしている。Horner率いる研究チームは2014年に発表した論文2で、現生鳥類における尾の消失に関与した可能性がある遺伝的変異を明らかにした。しかし、こうした洞察を応用しても「ダイノチキン」の作製は容易ではない、とHornerは話す。「尾についてはかなり苦労しています。要素がとても多いのです」。ただ、発生に関わるタンパク質を操作して他の解剖学的構造を改変することは可能だとHornerは続ける。「おかげで、新しい種類の動物の作製についていろいろ考えることができます」。

Bhullarは、Hornerのこうした着目点を称賛しつつも、彼自身は進化の過程を再現することによって、進化から新しい形態が生まれる仕組みを解明することの方に興味があるという。Bhullarの研究室では現在、太古の解剖学的構造を復活させることによって、哺乳類における頭蓋骨の拡大やワニ(クロコダイル)の独特な後肢を研究しようと計画している。「こうした手法によって太古の世界への窓が開かれ、タイムマシンがなくてもその様子をのぞき見ることができるようになるでしょう」とBhullarは語る。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150706

原文

‘Dino-chickens’ reveal how the beak was born
  • Nature (2015-05-12) | DOI: 10.1038/nature.2015.17507
  • Ewen Callaway
  • ※編集部註:Nature 2015年6月4日号32ページに掲載されたJack Hornerのインタビュー記事では、公開間近のシリーズ最新作『ジュラシック・ワールド』の製作の裏側やその背景にある科学、Horner自身の研究について語られている。

参考文献

  1. Bhullar, B.-A. S. et al. Evolution http://dx.doi.org/10.1111/evo.12684 (2015).
  2. Rashid, D. J. et al. EvoDevo 5, 25 (2014).