エンセラダスに生命の萌芽を見出す
–– 惑星科学研究に入られた理由とは?
関根: 極めて明快で、「地球生命の起源を明らかにする」という中高校生の頃からの夢を実現させるためです。この分野の研究は地質学や化学によるアプローチが主でしたが、私は生命を育む環境を生み出した根源を知りたいと思っていたので、それならば惑星の起源から迫ろうと考えました。2004年、博士課程2年時に米国航空宇宙局(NASA)のエイムズ研究所に留学する機会を得ました。同じ年、1997年に打ち上げられた探査機カッシーニが土星系に到達し、衛星の1つであるタイタンの大気に関する研究が盛んに行われるようになりました。私も加わり、以来、土星系を中心に惑星科学研究を続けています1,2。一方、地球と生命の共進化にも興味を持っており3、現在は地球進化学と惑星科学を両輪として研究を進めています。
–– 探査が進む土星系。その特徴とは?
関根: 土星は太陽から6番目に位置し、太陽系内で木星に次いで大きな惑星です。土星の内部には鉄、ニッケル、シリコンなどからなる岩石核があり、その周りを金属および液体の水素、液体ヘリウムが、さらに外側を高温のガスが覆っています。土星本体の周囲には7層の環(内側から順にD環、C環、B環、A環、F環、G環、E環)があり、64個の衛星を伴っています。
土星系の探査が始まったのは1970年代です。まず、1979年にNASAの探査機パイオニア11号が、初めて接近しました。翌年にはボイジャー1号が接近し、衛星の画像撮影に成功。2004年に、NASAと欧州宇宙機関(ESA)による探査機カッシーニが土星の周回軌道に入って詳細な探査を始めました。カッシーニは2017年まで探査を続ける予定ですが、主な探査対象は当初、衛星タイタンでした。その後、衛星エンセラダスも注目されるようになり、今回の成果に結び付きました。
–– 最初にタイタンが選ばれた理由とは?
関根: タイタンは土星系最大の衛星で、直径5000km以上もあります。この直径は水星よりも大きく、火星の3分の2に及びます。小型の望遠鏡でも観察することができ、17世紀から存在が知られていました。1980年に探査機ボイジャーが接近したことで、窒素を主成分とする1.5気圧の厚い大気で覆われていることが分かりました。
さらに2004年、カッシーニによる周回観測や着陸機ホイヘンスによる観測から、①液体メタンの海や川が存在すること、②太陽によって温められた液体メタンは雲を作り、雨となって降り注ぐこと、③赤道付近に、広大な氷の砂漠が見られること、などが明らかになりました。地球の水循環に似た「液体循環」が知られる天体は他にないため、研究者たちは生命が存在する可能性もあるのではないかと注目し始めました。その後、タイタンの大気を模した反応実験によって、核酸分子が生成可能であることや、隕石衝突時などに有機物が加水分解されてアミノ酸もでき得ることが示されました。私たちも室内実験と数値シミュレーションによる解析を進め、40億年前に起きた小天体の度重なる衝突により窒素大気がもたらされたことを、2011年に明らかにしました1。
生命体の有無は確かめられていませんが、タイタンは生命誕生前駆状態の研究対象として非常に興味深いといえます。
–– 今回は、別の衛星、エンセラダスに関する成果ですね。
関根: はい、そのとおりです。エンセラダスは直径500kmと非常に小さい衛星です。存在は知られていたものの、ボイジャーの観測では、明るく輝く衛星であることぐらいしか分かっていませんでした。カッシーニの打ち上げ時点でも重要視されていなかったのですが、2005年にカッシーニからエンセラダスの接写画像が送られてきて状況が一変しました。表面は氷で覆われて白く輝いており、南半球はすべらかで割れ目のようなものが走っていることなどが分かったからです4。
–– その姿が注目を集めた理由とは?
関根: 3つあります。1つ目は、北半球には小天体が衝突した跡(クレータ)がたくさんある一方で、南半球にはほとんどないこと。2つ目は、南極付近の地表の氷の割れ目周辺温度が、周囲に比べ120℃以上も高かったこと(エンセラダスの表面平均温度は-210℃)。3つ目は、その割れ目に沿って数十カ所から間欠泉(プリューム)が噴出していたことです。いずれも、エンセラダスの南半球が非常に活動的であることを示しています。
まず、クレータが注目を集めた理由ですが、活動していない天体ならば月のように全球がクレータだらけのままのはずです。クレータの数と密度から地殻がいつ頃できたかを割り出すことができ、分析の結果、エンセラダスの南極付近の地殻年代は1億〜数百万年前であることが分かりました。つまり、南半球では、ごく最近でも地表が更新されているのです。
次にプリュームについてですが、カッシーニがプリュームの成分を調べたところ、主成分の水に加えて二酸化炭素やアンモニア、有機物、ナトリウム塩も含まれていることが分かりました。ナトリウム塩は、岩石と液体の水の反応で生じます。このことは、内部ではガスや有機物を含む液体の海が岩石核と触れ合っており、その海水が宇宙に噴き出していることを示しています。
–– 今回、さらなる進展があったのですね?
関根: 最大の成果は、プリュームの成分中にナノサイズ(5〜10nm)の二酸化ケイ素の粒子(ナノシリカ粒子)が含まれていると分かったことです2。カッシーニには、飛んできた微粒子を分析する「ダスト分析器」が搭載されており、2004〜2007年にかけて、謎の微粒子を30粒以上捉えました。質量分析の結果、これらの粒子がほぼ純粋な二酸化ケイ素からなる、ナノシリカ粒子であることが突き止められたのです。
にわかに、「このシリカはどこから飛んできたのか?」との議論が沸き上がりました。解析が進んだ結果、微粒子は土星のE環から飛んできたものであると分かりました。E環を構成する粒子の供給源がエンセラダスのプリュームであることは、これまでの探査で分かっていました。つまり、エンセラダス内部の海水にはナノシリカ微粒子が大量に含まれていて、それが噴出して土星E環になり、さらにE環の粒子が電磁気的な力で土星の外側に加速され、偶然、探査機に捉えられたというわけです。地球上でシリカ微粒子が大量に存在する場所といえば温泉です。シリカは、高温で岩石と水が反応する際に岩石から溶け出しますが、シリカを含んだ熱水が急冷されると、溶けきれなくなったシリカが微粒子として析出します。この微粒子が太陽光を散乱・反射するため、多くの温泉は濁っていたり、青く見えたりするのです。
私たち日本チームは、エンセラダス内部の環境を再現する実験を行い、ナノシリカ粒子ができるには、天体内部の岩石と地下の海が90℃を超える高温で反応しており、pHが8〜10のアルカリ性であるはずだと結論付けました2。つまり、エンセラダスでは内部の海と岩石が単に触れ合っているだけでなく、地球の温泉や熱水噴出孔のように高温で反応している領域もあるということです。地球で90℃を超えるとなると、温泉としては非常に高温といえますね。
–– この熱水活動が生命誕生のカギとなり得るのでしょうか?
関根: まさにそこに注目しています。地球では、深海底の熱水噴出孔が生命誕生の場だったのではないかとされており、中でも大西洋中央海嶺付近にあるアトランティス岩体(通称ロストシティー)のような環境が原始地球にも存在し、生命の起源に寄与したのではないかと考えられています5。実はこの熱水噴出孔は、熱水としては90℃と比較的低温で、メタンなどの有機物合成に適したアルカリ性の環境にあり、水素ガスに富んでいます。もちろん太陽エネルギーもない環境ですが、水素やメタンなどを食べる微生物(化学合成細菌)は生きていくことができ、実際にロストシティーには化学合成細菌による独自の生態系が確認されています。
つまり、エンセラダスの内部に存在する熱水噴出孔に同様の微生物がいても不思議ではなく、仮に地球上の化学合成細菌をそこに持っていけば生息可能といえるでしょう。今後は、実際にプリュームのサンプルを採取し、微生物やその痕跡分子の存否、生体関連分子への化学進化の有無といった検証が進められると思います。
–– 非常にワクワクする展開ですね。
関根: そうなのですが、生命の誕生や進化には、さらにもう1つの不可欠な要素があります。それは、生命を育み、維持するための「時間」です。天体の活動が少なくとも億年単位で続く必要があると言われていますが、エンセラダスのような小天体が熱源をそれほど長期間にわたり保ち得るか、という点が問題になります。内部を長期間温めることなど不可能だろうとする研究者も大勢いますが、エンセラダスの楕円軌道で生じる潮汐力による加熱や、天体内の岩石に含まれる鉄成分の酸化による発熱、放射性核種が崩壊する際の発熱などの、さまざまな加熱方法が提案されてもいます6。
結論はまだ出ていませんが、私はこのような仕組みが複合的に相互作用することで、割と長い時間、温められてきたのではないかと考えています。今後のサンプル採取や、日欧米がチリに建設したアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(アルマ望遠鏡)などによって、エンセラダスのプリュームが詳しく解析されれば、さらにいろいろなことが明らかになってくると思います。そのためには、米国はエンジンやロケットを、欧州は分析装置をといったように、各国が得意分野で探査に貢献していく必要があります。熱水噴出孔の研究を牽引する日本は、その知見を生かした再現実験などを担当する一方で、はやぶさのような国産探査機によって独自の探査を進めていくことになるでしょう。
–– 最後に、先生ご自身の抱負についてお話しください。
関根: やはり、子どもの頃からの夢である、生命誕生の仕組みに迫りたいと思います。惑星探査はまず地形や磁場などの物理探査から始まりましたが、この10年で、ガスや水溶液などの組成、濃度勾配などを調べる化学探査が進みました。この先は、エネルギー論的な代謝経路予測、合成生物学などの知見を用いた生命探査が必要になると考えており、ぜひ実現したいと意気込んでいるところです。
–– ありがとうございました。
聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。
Author Profile
関根 康人(せきね・やすひと)
東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授。1978年生まれ。2001年、東京大学理学部卒。2006年、同大学院修了後、同大学院新領域創成科学研究科助教、講師を経て、2014年より現職。初期太陽系の形成過程を模擬した室内での化学実験や分析から、生命を育む環境がどのようにして生まれ進化してきたかに迫る、惑星科学・太陽系探査を牽引する研究者の1人。2010年〜エンセラダスにおける海底熱水反応実験に取り組む。2022年打ち上げ予定の日欧共同木星系探査ミッション JUICE(ジュース)計画にも深く携わっている。
Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 6
DOI: 10.1038/ndigest.2015.150616
参考文献
- Sekine, Y. et al. Nature Geoscience, 4, 359–362 (2011).
- Hsu, H.-W. et al. Nature, 519, 207–210 (2015).
- Sekine, Y. et al. Nature Communications, 2:502, (2011).
- Porco, C.C. et al. Science, 311, 1393–1401 (2006).
- Kelley, D.S. et al. Nature, 412, 145–149 (2001).
- Travis, B.J. & Schubert, G. Icarus, 250, 32–42 (2015).
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