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貯水池の水を長持ちさせる秘策

深刻な干ばつに苦しむテキサス州では、アローヘッド湖の水面を膜で覆って水の蒸発を防ぐ実験が行われ、蒸発量を15%減らすことに成功した。 Credit: LARRY SMITH/EPA/CORBIS

数年前から干ばつ続きの米国南西部の水管理当局は、海水の脱塩や人工降雨のための「雲の種まき」などの思い切った方法で水を供給することを真剣に考え始めている。一方、起業家たちは、半世紀も前に提案されたがうまくいかずに断念された技術を新たに復活させようと目論んでいる。貯水池の水の減少は大部分が蒸発によるものであるため、表面に蓋をして蒸発のペースを遅くし、少しでも長持ちさせようというのだ。蓋になるのは安価で無害な生分解性物質の膜で、分子1個分(約2nm)の厚さしかない。その効果は実証されたとは言い難いが、2014年にテキサス州で行われた野外実験では期待が持てそうな結果が出ている。

世界的に見て、貯水池から蒸発する水の量は消費される量より多く、その損失は高温で乾燥した地域で特に大きい。蒸発を遅くするために貯水池の表面をコーティングするという発想は何十年も前からあり、米国とオーストラリアでは政府の研究者が技術開発に取り組んでいる。一般的にはココナッツオイルかパームオイルに由来する化学物質が用いられ、ゴルフ場の池やプールなどの小さい規模ではすでに利用されている。けれども、大きい規模では風により表面の層が分裂してしまうため実用的ではなかったと、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の工学者Moshe Alamaroは言う。

2014年の夏、テキサス州で、現代の技術でこの問題を解決できるか調べるための野外実験が開始された。実験の期間は7月から10月まで、費用は32万5000ドル(約3900万円)で、舞台となったアローヘッド湖の大きさは21km2あり、同州ウィチタフォールズ市の水源になっている。実験では、湖面に格子模様を描いて走るようにプログラムした自動操縦ボートから、フレキシブル・ソリューションズ・インターナショナル社(Flexible Solutions International;カナダ・ビクトリア)製の小規模な池やプール用の蒸発抑制剤を散布した。

2015年1月にテキサス州水資源開発局(米国)がこの実験の分析結果を発表したが、それによると、散布の効果は有望ではあるが決定的ではないという(go.nature.com/zrcozd参照)。実験期間中にアローヘッド湖から蒸発によって失われた水の量は、近くにある同様の貯水池より15%少なかったと見積もられた。けれども、この差の全てをコーティングに帰することはできなかった。同局の分析では、小川から流入する水量や湖から浸出する水量などが明らかにされていないからである。テキサス州水資源開発局の水文学者で論文の共著者であるMark Wentzelは、「おそらくコーティングは蒸発量を減らす役に立ったと思いますが、絶対に有効だと断言する自信はありません」と打ち明ける。

Alamaroは、より積極的な技術的アプローチが必要だと言う。コーティングされた部分の水面はさざ波が立ちにくいので、小型軟式飛行船やドローンにレーダー装置を搭載して水面のさざ波を監視していれば、コーティングが破れた場所を把握することができる。彼は、こうして水面を常に監視し、必要に応じて再コーティングすれば、水面からの蒸発を70%は防げるはずだと見積もっている。

Alamaro自身も米国マサチューセッツ州ケンブリッジにモア・アクア社(More Aqua)を設立して、貯水池の水を徹底的かつ継続的にコーティングする散布装置とスキマー(風に吹き寄せられてしまったコーティング剤を再び散布するために吸い上げる装置)からなるシステムを開発しようとしている。

同社は2015年の夏に、米国カリフォルニア州パロアルトの近郊で、自社のコーティング剤を使った予備テストを計画している。計画では、サービスを提供する代わりに蒸発を防いだ分の水を自社のものとし、それを州内の公開市場で販売することになっている。ちなみに、カリフォルニア州の灌漑用水のコストは1エーカーフット(灌漑用水の量の単位で、1エーカーの土地を1フィートの深さに満たす水量。1233m3に相当)当たり1000ドル(約12万円)以上になる。

フレキシブル・ソリューションズ社のDaniel O’Brien社長は、テキサス州の灌漑用水の市場価格は345~700ドル(約4万〜8万円)だが、自分たちの技術で貯水池からの蒸発を15%削減することができれば160ドル(約2万円)の費用で1エーカーフットの水の蒸発を防げることになるので、採算は十分とれると言う。

米国テキサス州の水資源局を退職して同州ラボックで水コンサルタント業を営んでいるWilliam Mullicanは、アローヘッド湖での実験がはっきりしない結果になったことについて、水を長持ちさせるためのその他の手段(「雲の種まき」や、土壌から水分を取り込まないようにやぶを伐採することなど)の効果を調べる野外実験でも同様の結果になることが多いと指摘する。

テキサス州でのテストの有望な結果と、同州が直面する干ばつの深刻さを考えれば、この技術をもう一度試してみる価値はある、と彼は言う。「雨が降り始めれば、その必要はありませんが」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150612

原文

Slick idea proposed to stretch water supplies
  • Nature (2015-02-27) | DOI: 10.1038/nature.2015.17012
  • Matthew Wald