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液体を満たした穴で流体を分離

物質の分離や分析、医学治療での使用を目的として、人工的に合成された膜やフィルター、マイクロバルブが開発されてきた。こうした膜やフィルターに、生物の膜のように調節可能な形で物質を選択的に通過させるゲート機構を導入できれば、これらをさらに高度なものにできるだろう。ハーバード大学(米国マサチューセッツ州)のXu Houらは今回、そうした高度なゲート機構の原理の証明になる実験を行い、それが実際に機能することを示した。Houらは、圧力に応じて開閉する細孔、つまり液体で満たされた「閉じた」状態と、液体は細孔内の表面を薄く覆っているだけで流体の通過を許す「開いた」状態との間で可逆的に切り替わる細孔を実現したのだ。この結果はNature 2015年3月5日号70ページに報告された1

自然界には、高度で効率的な膜システムが数多くあり、それらは細胞や組織、生物自体の外界との境界を定め、組織し、保護している。そうした膜の最も興味深い特徴は、分子、粒子、流体(気体や液体)を選択的に通過させる能力を備えていることだ。また、生体膜は動的でもある。膜の透過性はシグナルに応答して変化し、ゲート機構を実現し、膜自体に防汚性や自己クリーニング能力が備わっていることもある。こうした膜システムの中には、液体で満たされた細孔を持つものもある。細孔の大きさはさまざまで、水選択性チャネルではナノメートル未満、肺胞孔はマイクロメートル大だ。

液体で満たされた細孔が特定の気体圧力で開く現象は、ポリマー製ろ過滅菌フィルター(細孔の典型的な直径は0.5~0.1µm)などの合成膜の特性を調べる方法の1つとして長く使われてきた。そうした膜から気泡が出始める圧力は、最大の細孔あるいは欠陥の直径に関係する2。こうした試験における気体・液体系を、混じり合わない2種の液体で置き換えれば、数nm程度のかなり小さな細孔でも膜を力学的に破損しない範囲の圧力で調べることができる。2種の液体間の界面張力は、気体と液体間の界面張力よりも小さいからだ(流体が細孔を通過するのに必要な圧力は、界面張力に比例し、細孔の直径に反比例する)3。しかし、細孔を満たす液体は通常、こうした試験の間に細孔から追い出されて細孔が開いた状態になり、流体の流れは制限されないままになってしまう。

図1:液体を満たした細孔のゲート機構の仮説。
a ナノメートルあるいはマイクロメートルスケールの(分子の大きさよりかなり大きい)固体細孔の場合。気体(薄い灰色)の輸送は制御されず、圧力ゼロでも起こる(左図)。一方、液体(赤色)の輸送は、固体表面との相互作用で決まるメニスカス(毛細管内でできる凹面や凸面)形成に依存し、有限の特定の圧力で起こる。このシステムは汚染されやすい。
b 細孔が安定的に保持された液体(薄緑色)で満たされている場合。流体が気体の場合でも液体の場合でも、流体の圧力が、細孔を満たした液体表面を変形させる。各輸送物質(流体)は、特定の臨界圧力で、液体・気体界面あるいは液体・液体界面での毛細管圧力に打ち勝ち、細孔を通過する。ゲートが開いた状態では、細孔を満たしていた液体は細孔表面に付着して細孔表面を被覆している。このため、固体と流体は接触しない。この再配置は可逆的である。細孔は汚染されていないので、圧力がなくなると液体で満たされた元の状態に戻ることができる。液体を満たした細孔によるゲート機構は、調節可能で、選択性、応答性、防汚性を全て備えた多相輸送を実現する方法になる。 Credit: Ref.1

これに対し、Houらが今回報告した細孔ゲートシステム(図1b)は、細孔を満たしている液体を細孔内に保持し続けることができ、細孔の大きさは0.1µmよりも大きい。ゲート機構実現のカギは、細孔を満たす液体が、膜のポリマーと高い親和性を持ち、かつ、2番目の液体と混じり合わないものでなければならないことだった。彼らは、膜の素材にポリテトラフルオロエチレン(テフロン)などを、細孔を満たす液体にはフッ素系潤滑油を使った。このゲート機構は、確立された物理原理に基づいていて、細孔の表面、細孔を満たす液体、膜を通過する流体の間の界面張力に主に依存する。細孔を開いてさまざまな流体を通過させるために必要な圧力(ゲート開閉しきい値)は、ポリマー膜の材料、細孔の大きさ、細孔を満たす液体を変えることで調節できる。

Houらは、ゲート開閉しきい値を広範囲に変化させることができることを見いだした。そして、条件を適切に調節すれば、液体中に分散した空気を、選択的に通過させるように膜システムを設定できることを示した。この点は特に興味深い。膜は低圧では閉じているが、かける圧力が空気の臨界圧力(ゲート開閉しきい値)を超えると、空気と水の流れから空気のみが膜を通過し、全ての空気の泡が除去される。かける圧力が水の臨界圧力を超えたときのみ、水も膜を通過して流れる。こうした操作は「相分離」と呼ばれる。彼らは、選択性が逆の相分離、つまり、気体よりも低い圧力で開いて液体を通過させるゲート機構も実証している。

またHouらは、膜にかかる圧力を段階的に増やすことで、3成分の気体・液体・液体混合物を分離できること、このゲート開閉システムの可逆性が非常に優れていることを示した(参考文献1の図3を参照)。さらに彼らは、このシステムにさまざまな粒子を含んだ血液などの液体を通過させても、液体で被覆された細孔内面はほとんど汚染されないことを実証した。可逆性と防汚性を実現できた理由は、細孔に液体を満たしたことであり、こうした動的システムは従来の固体フィルター材料よりも優れている。

こうした研究結果から、Houらのゲートシステムは幅広い応用が可能と考えられる。ただし、潜在的な課題もある。例えば、ゲートが長期間安定して働き続けることが確実なのは、2つの液体が全く混じり合わない場合だけだろう。また、輸送物質の組成が複雑になるほど、細孔を満たす液体が追い出されたり、細孔が汚染されたりする危険性も高まる。そうなると、ゲート制御の要である界面張力が変化してしまうだろう。さらに、細孔の縦横比(深さの直径に対する比)が大きくなると、細孔を満たす液体を完全に可逆的に元通りにすることは難しくなる。細孔を満たしている液体の一部が開閉に伴って追い出されるからだ。ただ、この問題は、一時的に追い出される液体の備蓄場所を設けることで解決できる可能性がある。

なお、相分離に使うことができる細孔の大きさには上限と下限がある。数十µmよりも大きな細孔は、相分離には使えないだろう。細孔が大きいと、ゲート開閉しきい値が低くなりすぎ、また、分離する流体同士のしきい値が近くなりすぎるためだ。一方、下限はマイクロメートル未満のレベルにあり、高い圧力(ゲート開閉しきい値)での膜の安定性によって決まる。この問題は、ポリマー膜の代わりにセラミックス膜を使うことで解決できるかもしれない。さらに、細孔内面を被覆する液体膜の厚さが細孔の半径に近い場合には、細孔の大きさや形状の不規則性によって明確なゲート開閉が妨げられてしまう。この場合は、細孔の形がよく制御された膜が必要になるかもしれない。

均質な流体混合物の場合、Houらが報告したゲートシステムでは分離はできないが、限外ろ過(通常のろ過では分別できない、微小粒子や比較的大きな分子をこし分ける方法。50~2nmの大きさの細孔を必要とする)に用いる刺激応答性膜は、概念的に類似した方法で実現できる。例えば、細孔を満たすゲルが閉じた限外ろ過状態と、ゲルが開いた通常のろ過状態とに可逆的に切り替わる膜が報告されている4。また、自己集合ポリマーで形成され、前もって選ばれた圧力をかけることでナノスケールの細孔の大きさを調節できる膜も作られている5

では、Houらのゲートシステムは今後どのような分野で使われる可能性があるだろうか。彼らの研究グループは数年前、基板表面に液体膜を固定し、滑りやすくしつつ、優れた防汚性を持たせることができたという研究結果を報告している6。そうした液体膜を細孔やマイクロ流体チャネルの表面に使えば、防汚性が極めて優れた、非常に強固なゲートシステムを作ることができる可能性がある。また、液体を満たした高度な多孔質バルブをマイクロ流体システムに組み込めば、組成および液滴サイズが熱力学的平衡から懸け離れた2相液体混合物の供給も可能になるかもしれない。こうした技術は、インクを、それが必要な場所で調合する先進的印刷技術など、さまざまな応用分野で魅力的だろう。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150628

原文

Gating mechanism under pressure
  • Nature (2015-03-05) | DOI: 10.1038/519041a
  • Mathias Ulbricht
  • Mathias Ulbrichtは、デュースブルク・エッセン大学(ドイツ)化学科および同大学デュースブルク・エッセン・ナノインテグレーションセンター(CENIDE)に所属。

参考文献

  1. Hou, X., Hu, Y., Grinthal, A., Khan, M. & Aizenberg, J. Nature 519, 70–73 (2015).
  2. Mulder, M. H. V. Basic Principles of Membrane Technology 2nd edn (Kluwer, 1996).
  3. Germic, L. et al. J. Membr. Sci. 132, 131–145 (1997).
  4. Adrus, N. & Ulbricht, M. J. Mater. Chem. 22, 3088–3098 (2012).
  5. Tyagi, P. et al. Angew. Chem. Int. Edn 51, 7166–7170 (2012).
  6. Wong, T.-S. et al. Nature 477, 443–447 (2011).