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食品添加物と肥満・腸疾患が初めて結び付いた

Credit: FUSE/THINKSTOCK

乳化剤は、アイスクリームの食感を滑らかにしたり、マヨネーズの分離を防いでその状態を長持ちさせたりする用途で、広く加工食品に添加されている。米国食品医薬品局(FDA)などの規制当局は、一般的に用いられている約15種の乳化剤について、哺乳類においてがんのリスクを上昇させる、あるいは毒性を引き起こすという証拠がないことから使用を認めており、またその一部については「一般に安全と見なされる物質(GRAS)」に分類し、食品添加物から除外している。

しかし、ジョージア州立大学(米国アトランタ)の免疫学者Andrew Gewirtzらは、乳化剤として使用されている化合物によって、炎症性腸疾患や代謝性疾患のリスクが上昇する可能性があるという研究結果を得、これをNature 2015年3月5日号92ページに発表した1。Gewirtzらは、一般的な乳化剤であるカルボキシメチルセルロース(CMC)およびポリソルベート80(P80)を、マウスの飲み水に加えて経口摂取させ、その影響を調べた。その結果、食餌を一切替えていないにもかかわらず、マウスは肥満になり、耐糖能異常などの代謝障害を発症した。また、炎症性腸疾患を発症しやすいよう遺伝子改変を行ったマウスで同様の実験を行うと、炎症性の大腸炎の重症度が増し、その頻度が増加する傾向が見られた。

そうした傾向が最も顕著に表れたのは、乳化剤含有量が1%の水を与えられたマウスのグループだったとGewirtzは言う。この濃度は、FDAが定める使用基準値以内であり(P80では1%、CMCでは2%)、アイスクリームのみを食事として食べ続けた人と同程度の摂取量といえる。しかし、乳化剤含有量がその10分の1のグループでも、同様の傾向が確認された。

大腸の細菌コロニー

乳化剤の経口摂取後にマウスに代謝障害などが現れた理由を調べるため、Gewirtzらはマウスの大腸から細菌を採取して解析した。すると、乳化剤を摂取したマウスの大腸では、微生物種の多様性が健康なマウスに比べ低下していたことが分かった。また、これらの微生物が腸管内腔を覆う上皮細胞のより近くに迫っていることも示された。この結果からGewirtzらは、乳化剤が哺乳類の腸管内腔を覆う多層構造の粘液層を破壊するのではないかと思い至った。粘液層は、腸上皮細胞に細菌が直接接触しないよう距離を保つ働きをしている。この仮説に基づけば、腸内細菌が腸に炎症を引き起こし、それが代謝の変化をも引き起こし得ることに不思議はない。今回の研究では、乳化剤は直接粘液層を破壊するわけではないが、腸内細菌の組成を変化させ、間接的に粘液層に影響を与えている可能性が示唆された。

新しく開発された食品添加物の安全性試験では、ヒトの健康を損なう恐れがないかを幅広い対象者において検討する。そのため、炎症性疾患や代謝性疾患にかかりやすい遺伝的背景や腸管微生物構成を持つ人に表れる微細な影響はいずれも隠れてしまい、従来の研究ではこれらの疾患との関連が見逃されていた可能性があるとGewirtzは指摘する。規制当局に対して彼は、「感受性は個人間で差があるかもしれないという発想は、彼らには全くなかったでしょう」と言う。

このような「感受性の差に対する認識の欠如」は、栄養学者や公衆衛生当局が栄養指針を頻繁に改訂している理由の説明になるかもしれない。例えば、2015年2月に米国政府の諮問委員会は、コレステロール消費に関する指針の削除を勧告した。ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホヴォト)の免疫学者Eran Elinav は「50年間の推移を眺めると、勧告の多くが削除された後に追加され、また削除される……という具合に堂々巡りをしていることが分かるでしょう。健康に関する研究の多くはよく計画されており、誰も虚偽の報告や不正を行ってはいません。でも、全ての研究が大規模な集団を見ているのです」 と言う。

Elinavの同僚で、ワイツマン科学研究所の計算生物学者Eran Segalは、2014年に、サッカリンなどの人工甘味料の経口摂取によって、マウスでもヒトでも腸の細菌構成が変化し、肥満や糖尿病などの代謝性疾患が引き起こされ得ることを発見した2Natureダイジェスト2014年12月号11ページ)。現在彼らは、約1000人のボランティア(被験者)について、遺伝学的データとマイクロバイオームデータのデータベースを作成した上で、さまざまな試験食物に対する代謝応答を測定している。Segalらは最終的な目標について、栄養士がこれらのパラメーターを基盤として、個人を対象に個別の栄養食事指導を行えるようになればと考えている。

さらなる問題点

ElinavとSegalは、前述の研究に、乳化剤、甘味料および他の食品添加用の化合物の消費に関するデータも取り入れたいと考えている。だが、炎症性疾患や代謝性疾患には多くの因子が関与しているため、注意深く行う必要がある。これらの化合物が炎症性腸疾患の「ただ1つの促進因子でないことは確実」であるとElinavは言う。

「規制当局が添加物承認法の変更を検討するまでには、もっと多くのヒトや動物を対象とした研究を完了させねばなりません」とGewirtzは言う。結局、食品に保存料の使用を認めないと、すぐに腐敗し、異なる健康上のリスクが生じることになるからだ。Gewirtzは、腸内細菌の大腸での生息場所が細菌種により異なるかをヒトで調べる研究にすぐに着手したいと考えており、すでに外科患者から生検試料を採取している。

今回のマウスでの結果を受け、少なくとも論文を発表したGewirtzと共著者のジョージア州立大学の微生物学者Benoit Chassaingは、食品の成分表示を意識するようになった。しかし、2人とも乳化剤を完全に排除しているわけではない。「オーガニック食品」にも添加されることが多いため、完全に無添加の食品を見つけることは難しいのだとGewirtzは言う。「我々の研究を含め、食品添加用の化合物に関する研究結果は数多く公表されています。自分の意志で決定できるなら、加工食品はなるべく控えた方がいいでしょう」。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150502

原文

Food preservatives linked to obesity and gut disease
  • Nature (2015-02-25) | DOI: 10.1038/nature.2015.16984
  • Sara Reardon

参考文献

  1. Chassaing, B. et al. Nature 519, 92-96 (2015).
  2. Suez, J. et al. Nature 514, 181–186 (2014).