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複雑な有機化合物をボタン1つで全自動合成

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150505

原文:Nature (2015-03-12) | doi: 10.1038/nature.2015.17113 | Complex molecules made to order in synthesis machine

Katharine Sanderson

レゴ®・ブロックを組み立てるように分子を順番につなげることで、複雑な化合物を作る作業を全自動で行うことのできる装置が開発された。

複雑な有機化合物の合成は、ひどく手間のかかる作業で、多くの化学者にとって日々の苦行といえるかもしれない。しかし今回、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)の化学者Marty Burkeが、複雑な有機化合物の合成を、ボタン1つで自動的に行う装置を開発し、Science1に報告した。

この装置を使えば「専門家以外の人たちでも、合成ができるようになるでしょう」とBurkeは言う。彼の開発した合成装置は、コンピューター制御のシリンジポンプシステムが、化合物の入った溶液をあちこちに送り出す。流路に化合物溶液を流し、流れの中で合成を進めていくプロセスを「フローケミストリー」という。彼が開発したフローケミストリー装置では、化合物が流されていくうちにブロックが次々とつながってどんどん大きくなり、複雑な分子に変わるのだ。

有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化物を用いて分子と分子をつなげる反応は、「鈴木・宮浦クロスカップリング(SMC)」として知られ、学界から産業界まで日常的に利用されており、2010年のノーベル化学賞にも輝いた。有機ホウ素化合物としてボロン酸(ホウ素含有有機酸)がよく使われるが、ボロン酸は不安定で、連続反応には向かなかった。Burkeは、ボロン酸をMIDA(N-メチルイミノ二酢酸)で保護することで安定化できることを見いだし2、その後、さまざまな構造のボロン酸MIDAエステル(MIDAボロネート)を開発してきた。今では約200種類のMIDAボロネートが市販されている。MIDAボロネートは、両端部の末端化学基が容易に反応するよう設計されており、2つの異なるMIDAボロネート同士をつなぎ合わせることで新しいMIDAボロネートを合成することができる。Burkeは、MIDAボロネートの適切なブロックを適切な順番でつなぎ合わせれば、さまざまなポリエン分子が合成できることを2014年に報告している3

しかし、全自動化のためには単純なフローケミストリーだけでは不十分で、2つのブロックをつなぎ合わせるたびに、新しい化合物から不要な副生成物や不純物を洗い流し、精製する必要がある。精製過程は、通常手作業だ。さらに、精製後に別のブロックと反応させるためには、合成された新しい化合物を回収する過程も必要だ。

Burkeらのチームは今回、こうした精製・回収過程を自動化する方法を開発した。反応で生成した新しいMIDAボロネートはシリカゲルに吸着するので、この性質を利用してシリカゲルに吸着しない他の化学物質を簡単に洗い流すことができる。シリカゲルに吸着したMIDAボロネートは、テトラヒドロフラン(THF)と呼ばれる溶媒を加えるだけで溶離させることができるため、洗い落として回収すれば、次の反応にそのまま使用できるというわけだ。「始めから終わりまでの一連の過程を、全て装置が自動で行うのです」とBurkeは言う。また、マサチューセッツ州ボストン(米国)を拠点とする工業化学者でブロガーのDerek Loweは「THFを使った溶離技術がなかったら、自動化は不可能だったでしょう」と話す。

機械的に合成する

ペプチド(アミノ酸同士が複数つながったもの)合成では、すでに自動化が実現している。アミノ酸残基は限られているため、これらを直線状につなぎ合わせるのは比較的容易で、ペプチド鎖を樹脂に固定した状態で成長させながら、未反応のブロックを洗い流していくだけでよい。だがBurkeは、アミノ酸と比べて複雑なさまざまな構造の化合物ブロックを使って、枝分かれや環を持つ複雑な化合物の自動合成に成功した。

さまざまな構成ブロック(異なる色で示している)を用いることで、天然物、材料、医薬品、 生物学的プローブなどさまざまな化合物の自動的な合成を達成した。TBDPSE;tert‐ブチル ジフェニルシリルエチル、TMSE;- トリメチルシリルエチル | 拡大する

From Li, J. et al. Science 347, 1221-1226 (2015). Reprinted with permission from AAAS.

Loweは、「私がこの技術で興味深く感じたのは、自動化という機構ではありません」と言う。彼が最も興味深いと思ったことは、化学合成を「ブロックの単なる継ぎ合わせ」と考える概念そのものであった。「私たち合成有機屋は、全ての複雑な化合物を、遠くに見える全く新しい風景や、登るべき新しい山と考えることに慣れ過ぎてしまっています。そろそろ有機合成が別の目的を達成する手段になるときです。そのためには有機合成の大部分の過程をルーティン化すべきだと思います」とLowe。

Burkeの自動化システムは創薬分野で役立つだろう、と蔚山科学技術大学校(韓国)の化学者Bartosz Grzybowskiは述べる。創薬分野では、疾患の治療薬を求めて巨大な新分子ライブラリーのスクリーニングが行われる。「今回の成果は、医薬品業界にとって喜ばしいことでしょう」と彼は言う。一方で、さまざまなMIDAボロネートが市販されているものの、「その中に目的分子の合成に最適な組み合わせがいつでもあるかどうかは分かりません」と言う。

Loweは、「いろいろなMIDAボロネートブロックを組み合わせればさまざまな化合物が作れると思いますが、化学者が望んでいる全ての化合物の合成は到底できそうにありません」と言う。「今回開発された装置は『どんな有機化合物でも作る』ものにはならないでしょうが、そんなことは誰も要求しないと思います。この装置は、規定の化合物を数多く合成する素晴らしい方法になる可能性を秘めています」。

Burkeの装置が近いうちに化学研究室で身近なものになるかというと、必ずしもそうではないようだ。自動化の主要技術は特許化され、Burkeが共同設立者となっているレボリューションメディシン社(Revolution Medicines;米国カリフォルニア州レッドウッドシティー)に独占的にライセンスされているからだ。レボリューションメディシン社の最高責任者Mark Goldsmithは、「次のステップは、Burkeの自動合成装置が、創薬にどれほど役立つ可能性があるかを確認することです。将来的には、他の企業パートナーと協力関係の構築を試みるかもしれません」と話す。

(翻訳:藤野正美)

参考文献

  1. Li, J. et al. Science 347, 1221–1226 (2015).
  2. Gillis, E. P., Burke, M. D. J. Am. Chem. Soc.129, 6716 (2007).
  3. Woerly, E. M., Roy, J. & Burke, M. D. Nature Chemistry 6, 484–491 (2014).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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