軟骨を真似たヒドロゲル
材料科学研究には、「引力」に注目したものが多い。例えば、高強度のファイバーや粒子を用いてポリマーを補強する研究1や、水素結合を利用してゴム状材料に自己修復機能を持たせる研究2なども、全て引力が基礎となっている。そんな中、理化学研究所(埼玉県和光市)および東京大学の相田卓三を中心とする研究チームはこのたび、引力ではなく「反発力」を利用して、方向依存性挙動を示すヒドロゲル(水で膨潤させたポリマーネットワーク)を設計・開発し、Nature 2015年1月1日号68ページで報告した3。このヒドロゲル材料は、垂直方向の荷重には強いが水平方向には変形しやすいという特異な特性を持つことから、防振材料として利用できる可能性がある。
今回開発された新ヒドロゲルは、ナノメートルスケールの酸化チタンシート「チタン(IV)酸ナノシート(TiNS)」が面と面を向き合わせて平行に並んだ構造を内包している。TiNSは表面原子のみで構成された二次元結晶で、その厚さはわずか7.5Åと極めて薄く、150枚重ねてようやくヒトの髪の毛1本分の厚さに達する。水系媒質中において、TiNSは表面に高密度の負電荷を持つが、この上に正電荷を持つ対イオンが引き寄せられて層を形成することで、電荷のバランスが保たれる。こうしてできた電気二重層は互いに反発し合うため、TiNSは効率よく分散する。
通常、TiNSを単にヒドロゲルに混ぜ込んだだけでは、これらのナノシートは熱力学的に最も安定となる垂直配向(TiNSが互いに垂直になる配向)をとる。これに対し、相田らは今回、水中に分散させたTiNSを強い磁場中に置くと、TiNSがエネルギー障壁を克服して平行配向(TiNSの面と面が向き合う配向)をとることを見いだした。彼らはこの現象を利用して、ヒドロゲルの前駆体溶液中に分散させたTiNSを磁場により平行配向させた後、前駆体を重合してこの溶液をゲル化した。こうしてポリマーネットワーク中に閉じ込められたTiNSは、元の垂直配向に戻ることなく平行配向した状態のまま固定される。
得られたヒドロゲルは、注目すべき特性を複数備えていた。まず、簡単な目視検査から、このヒドロゲルはある角度から見るとほぼ透明だが、別の角度から見ると完全に不透明になることが分かった(図1)。これは、この新規材料中に強い配向(構造秩序)が存在する明確な証拠であり、TiNSが理想的に整列していることを裏付けている。こうした完璧な構造秩序が確認されることは非常に珍しい。
次に相田らは、このヒドロゲルが、TiNSをわずか0.8重量%しか含んでいないにもかかわらず、非常に特異な機械的挙動を示すことを明らかにした。ヒドロゲルをTiNS面に対して垂直に圧縮したときの抵抗力が、TiNS面に平行に圧縮したときの数倍に及ぶことを発見したのである。これは、従来のファイバー補強材料が、ファイバーの配向軸に対して平行に圧縮したときに抵抗力が大きくなるのとは対照的だ。TiNS内包ヒドロゲルに見られるこの特異な挙動は、TiNS層間の反発力に起因し、圧縮されたときにTiNS層同士が近づくのを防いでいる。また、TiNS面に対して平行にせん断力(材料の断面に平行な力)を加えたときの抵抗力は、TiNS面に垂直にせん断力を加えたときの約4分の1だった。これは、平行せん断力の下では、TiNS層間でほぼ摩擦のないすべりが発生するためである。
相田らはさらに、上面に荷重をかけた円柱状サンプルに対して水平方向に大きな連続振動を与えると、ヒドロゲルのこの特異な機械的挙動が、優れた振動減衰特性につながることを報告している。従来のヒドロゲルは、振動を受けると振動の方向に伸び縮みを繰り返すのに加え、荷重の方向にも変形する。一方、TiNS内包ヒドロゲルでは、TiNS面に対して水平に振動を与えたときには、荷重の方向にはほとんど変形せず、TiNS面に水平な方向にのみ変形した(図2a)のに対し、TiNS面に対して垂直に振動を与えたときには、荷重の方向にのみ激しく変形した(図2b)。
これはつまり、TiNS内包ヒドロゲルが、受けた力の方向にかかわらず、その力を常にTiNS面に平行な方向へと効率よく誘導できることを示しており、相田らはこうした特性を備えた新材料を「優れた振動絶縁装置」と表現する。この珍しい挙動は、ヒドロゲルに力がかかったとき、エネルギーを散逸させる最も簡単な方法がナノシートに対して平行な面でせん断することであるため、と説明できる。このような効率のよい振動絶縁は、フィニッシュを決めるトランポリン選手を彷彿とさせる。トランポリン競技では演技の最後で、弾性のあるトランポリンの上に着地した後、完全に静止しなければならない。選手たちはこれを、主に技術からなるとてつもない身体制御力をもって成し遂げているが、振動運動を柔軟な関節部で絶縁する関節軟骨の働きにも助けられている。
関節軟骨は、ゲル状のプロテオグリカンからなる一種の複雑なヒドロゲルだ。プロテオグリカンは、多糖類とタンパク質で構成される結合組織の細胞外マトリックスの主要成分であり、内部には糖鎖からなるコンドロイチン硫酸などが水と共に存在している。関節に必要な耐荷重・減衰特性は、負電荷を持つプロテオグリカン分子間の反発力4と、コラーゲン繊維や軟骨細胞(軟骨を維持する細胞)の系統的な構造化によってもたらされる。今回開発された相田らのTiNS内包ヒドロゲルは、こうした関節軟骨とよく似た耐荷重・減衰特性を示すが、その構造は関節軟骨のものよりもはるかに単純だ。
では、TiNS内包ヒドロゲルや他の反発力を利用した材料は、人工軟骨として使えるのだろうか? ヒトの膝関節や股関節が経験する荷重サイクルは年間100万回にも達すると推定されており、こうした大きな繰り返し応力や繰り返しひずみによって、関節軟骨の表面または内部に微小な亀裂が入る可能性がある。このような亀裂は軟骨細胞で修復可能だが、成長・蓄積すると顕微鏡で観察できるほどの損傷をもたらす場合もある4。従って、自己回復機構を備えたヒドロゲル材料が開発されないかぎり、関節軟骨をヒドロゲルで置き換えるのは無茶な話だろう。しかしながら、自己回復機構は引力に基づいている。反発力に基づいた系で引力を利用するのは、特性面での妥協なしでは難しいかもしれない。それでも、今回開発された新ヒドロゲルからは、必ずや多くの興味深い製品が誕生することだろう。例えば、マイクロエレクトロニクス分野において、有害振動を大幅に低減するマトリックスとして電子素子間に使用できる可能性がある。
翻訳:藤野正美
Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 4
DOI: 10.1038/ndigest.2015.150430
原文
Like cartilage, but simpler- Nature (2015-01-01) | DOI: 10.1038/517025a
- Anne Ladegaard Skov
- Anne Ladegaard Skovは、デンマーク工科大学化学・生化学工学科(コンゲンス・リュンビュー)に所属。
参考文献
- Vudayagiri, S. et al. Smart Mater. Struct. 23, 105017 (2014).
- Cordier, P., Tournilhac, P., Soulié-Ziakovic, C. & Leibler, L. Nature 451, 977–980 (2008).
- Liu, M. et al. Nature 517, 68–72 (2015).
- Mow, V. C., Ratcliffe, A. & Poole, A. R. Biomaterials 13, 67–97 (1992).