News

疑問視される人工気管移植手術

生体工学で作られた人工気管の最初の移植手術が2011年に外科医Paolo Macchiariniによって行われた。

KAROLINSKA UNIV. HOSPITAL VIA SCANPIX/CORBIS/REUTERS

欧州で最も有名な医科大学の1つ、カロリンスカ研究所(スウェーデン・ストックホルム)は、ある医師の実験的手術について2つの調査を始めた。この医師は、生体工学的に作られた気管の移植手術を行っていることで知られており、この手法は医学界に革命を起こす可能性があると注目を集めている。

カロリンスカ研究所の胸部外科医Paolo Macchiariniは、2008年以来、17人の患者に対し、外傷やがんなどの疾患によって損傷した気管を部分的に置換する手術を行ってきた。初期の症例では死体から採取した気管の一部を移植していたが、その後、人工気管を使うようになった。どちらの手術でも、術前に、患者の骨髄から得た幹細胞を移植する移植片に播種している。幹細胞は移植片が生物学的組織としてふるまうのを助けるとMacchiariniは説明する。

Natureが話を聞いたあるバイオエンジニアリング専門家によれば、気管は高いレベルの生物学的機能が必要な器官であることから、Macchiariniの手術は新たな分野への大きな飛躍と考えられていたという。例えば、気管は呼気に含まれる細菌から常時攻撃を受けるため、細菌を防除する能力を備えていなければならないし、移植の際は隣接する上気道および肺側の気管支との境界をそれぞれ完全に密封しなくてはならない。

また、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のバイオエンジニアリング専門家David Mooneyも、Macchiariniの報告はこの分野にとっての「明るい材料」だったと話す。

調査の1つは、関連分野の外部専門家によって行われており、2015年1月15日に調査結果が報告されることになっている。この調査の対象となっているのは、Macchiariniがカロリンスカ大学研究所で行った3例の手術である。いずれも人工気管に関わるものだ。

この調査は、この3人の患者の治療を補助した、系列のカロリンスカ大学病院の4人の胸部専門医(Matthias Corbascio、Thomas Fux、 Karl-Henrik Grinnemo、Oscar Simonson)が2014年8月に提出した報告に応えて始まった。

4人の医師たちは、Macchiariniが2011年にLancet(P. Jungebluth et al. Lancet 378, 1997-2004; 2011)に発表した、幹細胞を播種した人工気管を初めて使った手術に関する論文の結果と、患者のカルテとを比較した。医師らによると、両者には食い違いがある。

例えば、Lancetの論文では、「人工気管の一部はほぼ健康な上皮に覆われていた」と書かれており、保護的な細胞層の増殖が見られたことが示唆されているが、医師らは「生検報告では健全な増殖があったという証拠を全く見つけることができなかった」と述べている。また、論文では、移植された気管は周囲組織との緊密な結合の兆候を示し、「ほぼ正常な気道のようにふるまっていた」と書かれているが、気管支鏡検査報告では気管と気管支(気管と肺をつなぐ管)の間に間隙が見られ、気道を安定させるためにステント(管腔構造物を内側から広げるための装置)が必要であると記載されている。

「言及されている諸問題は、論文に発表された内容と矛盾している」と、この論文を再検討したある米国の胸部外科医は述べている。

一方Macchiariniは、彼の論文とカルテとの間に存在するとされる食い違いについて、具体的な疑問に答えるつもりはないと述べている。その理由について、申し立てに十分な証拠はまだなく、「科学的不正行為が疑われるという通報があれば、外部の専門家によって調査が行われるべきであるし、調査手順としてそれは一般的なことだ」と話す。さらに彼は「私はもちろんその調査を歓迎する」と付け加え、「私が行ったこと、あるいは発表したこと全てに関して、疑わしい、非倫理的である、誇張されている、あるいは誤解を招く、といったような部分は1つもない」と自信を見せる。

論文を掲載したLancetは「現時点では、私たちはMacchiarini博士の手術に関する申し立てに対し、コメントすることはできない」と述べている。

また、4人の医師の告発によれば、カロリンスカ大学病院で行われた3例の手術のうち2例については、医療記録にインフォームド・コンセントに基づく同意書が含まれていなかったという。記録に残されている1通の同意書については、署名日が手術の17日後であった。

Macchiariniは「もちろん、同意はとっていました。もしそうでなかったなら、移植手術を行っていたはずがありません」と言う。さらに、「書類の署名の日付がなぜ手術実施日の17日後になっているのか私には分かりませんが、おそらく事務処理上の手違いだろうと思います。患者は手術の前に、私の目前で書類に署名したのです。倫理的違反行為は全くありませんでした」と彼は付け加えた。

進行中の調査

一方、カロリンスカ研究所の倫理評議会はもう1つの調査を行っている。この調査は、ルーヴァン・カトリック大学病院(ベルギー)の頭頸部外科医Pierre Delaereによって2014年6月に提出された報告に応じて着手された。Delaereは、例えば、発表された論文中の移植に関する説明では、ステントが必要になったことなど、実際に患者に起こった合併症を最小に見積もっていると訴えている。

これに対する応答として、Macchiariniは2014年8月、15ページにわたる文書をカロリンスカ研究所に送った。そこで彼は「査読の際に編集者からの要求により」、合併症についての考察を「短くした」ことを認めている。しかし全体としては、「論文では患者の転帰についてのあらゆる側面が詳しく述べられている」という主張を崩さない。Macchiariniは添付書簡で、自分はDelaereの主張を「徹底的に検討し」、それらが「事実無根である」ことを確信していると述べている。

倫理評議会は、2015年1月中に関係者から話を聞き、早くて同年2月末までにカロリンスカ研究所の副学長Anders Hamstenに提言書を提出する予定だ。Hamstenは、その内容をもとに今後の措置を決めるだろう。

Hamstenは、Macchiariniの論文については過去に科学的不正行為に関する別の告発があり、それを受けて研究所は2度(2013年7月と2014年9月)調査を行っていると述べている。しかし、どちらの調査でも科学的不正行為はなかったと結論付けられた。

Macchiariniは現在、クバン州立医科大学(ロシア・クラスノダール)にも所属しており、そこで肺の気道の再生に関するプロジェクトを主導しているが、2014年9月20日に患者が死亡した後、ロシアでの人工気管を使用した自身の臨床試験を保留にしている。死亡したその患者は2012年6月に人工気管の移植手術を受けたが、移植された人工気管に問題が生じ始めたため、2013年8月に再び別の人工気管を移植された。

Macchiariniは、患者の担当医が現在、死因は「心肺不全を伴う両側性急性肺炎」であると報告しているとNatureに語った。つまり気管移植は死因に関係していない、と彼は説明する。また、彼の言い分によれば、死亡する2週間前、患者は正常に呼吸しており、症状もなかったという。彼は「原因が確かめられたので、私たちは臨床試験の再開を検討しているところです」と話す。

Macchiariniが人工気管移植手術を実施した患者の数は合計8人に上り、その中で最も新しい症例は2014年6月に行われた手術である。患者の状態について「経過は非常に順調で、何ら問題のある症状は見られない」と彼は言う。

6人の患者が死亡し、移植後の生存期間は3~31カ月である。Macchiariniは、1人の患者は事故後の合併症で死亡し、もう1人はアルコールの過量摂取により、そして、また別の1人は「呼吸不全とそれに続発した多臓器不全」により死亡したと述べており、移植に関係した死亡例は1つもないという。

残った1人の患者は、手術以後2年以上にわたり集中治療室に入っている。Macchiariniは、手術の結果こうなったわけではないと主張し、「この患者がカロリンスカに来たとき、すでに彼女の病状は非常に重かったのです。彼女の主治医は3~6カ月の命だと考えていました」と言う。また、この患者の気道の損傷が術前検査で把握していたよりももっと広範に及んでいると分かったのは手術時だったと述べ、そのような損傷を手術の前に診断することは不可能だったと言う。

別の9人の患者には死体から採取した気管が移植されている。2014年にMacchiariniが発表した論文によると、9人のうち4人が腫瘍の再発または消化管出血によって死亡した。現在生存している5人のうち4人はステントが必要で、1人はステントを必要としていないと論文で報告されている(P. Jungebluth & P. Macchiarini Thorac. Surg. Clin., 24, 97-106; 2014)。

Macchiariniは、この手術は実験的なものだと強調する。「この研究の性質を考えれば、我々は患者さんたちに長期間の生存を保証することはできません。そして患者さんたちも皆そういった状況を非常によく認識しています。私たちは少なくとも、患者さんたちに機会を与えているのです。もっと長く生きられる機会、そして長く生存できた患者になるという希望を与えているのです」。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150307

原文

Investigations launched into artificial tracheas
  • Nature (2014-12-04) | DOI: 10.1038/516016a
  • David Cyranoski