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億万長者が細胞生物学の研究所設立

脳科学研究所を成功させたPaul Allenが、今度は細胞科学研究所を設立した。

ALLEN INSTITUTE

億万長者のビジネスマンで慈善家として知られるPaul Allenが、生物の最も基本的な単位である「細胞」の研究に、1億ドル(約110億円)を投じる。

Allenが2014年12月8日に設立したアレン細胞科学研究所(米国ワシントン州シアトル)は、彼が2003年に設立したアレン脳科学研究所(同シアトル)を模したものになる予定だ。アレン脳科学研究所がこれまで数億ドルの資金提供を受けて作成してきた「脳地図」は、今や神経科学者にとって、特定の遺伝子が活性化している部位や、遠く離れたニューロン同士の連絡について知りたいと思ったときの頼れるポータルサイトだ。

アレン細胞科学研究所は、細胞内で繰り広げられる多種多様な活動の全体像を確立することを目指しており、研究所の70人余りの研究員は皆、それぞれの関心分野の研究を行うのではなく、この目標達成のために力を合わせる。同研究所の所長Rick Horwitzによると、最初のプロジェクトはリボソーム、微小管、ミトコンドリアなどの細胞小器官が時間の経過とともにどのように相互作用し、機能するかを示す「細胞地図」を作成することだという。彼は、この研究所を率いるために、バージニア大学(米国シャーロッツビル)の細胞生物学研究室を畳んできた。

世界で27番目の富豪の後援があっても、あらゆる種類の細胞の活動を詳細にマッピングすることは困難を極める。「問題は、このプロジェクトが我々自身を吹き飛ばす可能性があることです。どこかで歯止めをかけないと、途方もなく大きくなってしまいます。まずは、どの細胞を調べるのか慎重に決定していきます」とHorwitzは言う。

彼らのターゲットはすでにいくつか決定している。2014年に著名な細胞生物学者を集めた会議が開かれ、同研究所は、ヒト人工多能性幹(iPS)細胞が心筋細胞と上皮細胞(体腔の表面を覆う細胞)に分化する過程を実験室で調べることが決まったのだ。この2種類の細胞が選ばれた理由は2つある。ヒトの重要な疾患と関連しており(心筋細胞の機能不全は心疾患を引き起こし、ほとんどのがんは上皮組織で起こる)、実験室で再現性よく分化・増殖させることができるからだ。

研究所の計画では、細胞株を何種類も作り、各種の細胞小器官が感染や薬物への曝露などの刺激にどのように反応するかを調べる。次に、これらのデータを指針として、細胞が状況に応じてどのようにふるまうかを予測するためのコンピューター・モデルを構築する。ここで得られた情報は全てオンラインで入手できるようにするという。研究所は細胞株の配布も行い、他の科学者がこれらの知見を基礎にして研究を行えるようにする。

1億ドルは、最初の5年分の資金である。その後は、Allenが研究所の業績を評価して資金提供を続けるかどうかを判断する、とHorwitzは言う。同じく1億ドルから出発したアレン脳科学研究所の所長Allan Jonesは、細胞科学研究所の成功は、プロジェクトが生み出す研究成果と、生物学全般への貢献の両方によって判断されると話す。アレン脳科学研究所は、脳地図プロジェクトで数十本の論文を世に送り出し、4億ドル(約440億円)の研究資金を受け取っている。「人々から信用される、質の高い成果を上げる必要があります」とJones。

アレン細胞科学研究所の諮問委員会のメンバーであるテキサス大学サウスウェスタン医学センター(米国ダラス)の細胞生物学者Sandra Schmidは、今日の神経科学研究の多くがアレン脳科学研究所の脳地図を使った情報収集から始まっているように、アレン細胞科学研究所の細胞地図は「細胞生物学者が研究に取りかかるときに最初に見に行くサイトになるでしょう」と言う。スイス連邦工科大学チューリッヒ校のシステム生物学者Ruedi Aebersoldは、この計画を強く支持しているが、研究所が細胞生物学に確かな足跡を残せるかどうかが判明するのは少し先のことだと見ている。「5年も経てば、この取り組みが細胞生物学研究をどのように加速したのか問い質したくなるでしょうね」とAebersold。

カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)のシステム生物学者Trey Idekerは、細胞の挙動を予測するという目標の達成には困難を伴うだろうが、非常に興味深いと言う。「ただ、彼らが注目を集める必要がある点が心配です。所長のRickは、この研究所が何を目指しているかを全世界に知らしめる使命を負っています」と彼は言う。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150318

原文

Microsoft billionaire takes on cell biology
  • Nature (2014-12-11) | DOI: 10.1038/516157a
  • Ewen Callaway