Editorial

きちんとした気候工学研究を前進させよう

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皮肉なことに、気候工学(geoengineering)のメリットが社会で検討されるときにはすでに、気候の変化が最高潮に達している。人類は、大量の温室効果ガス分子を日々大気中に放出することで地球の気候を故意に変えているにもかかわらず、温室効果ガスがどのように気候を変化させるか予想することができない。その結果生じる気候変動の規模が分からないので心配が膨らむばかりだ。さらに懸念されるのが、地球温暖化が引き起こす物理的、社会的、経済的副作用なのだが、それらが一般的に有害な影響を及ぼすと信ずる理由は十分にある。

こうした状況にありながら、我々の子孫が科学と工学をちょっとばかり利用して地球を意図的に冷却化することが、どうして大きな物議を醸すのだろうか。その答えは、当然のことだが、現状より悪い結果をもたらす恐れがあるからだ。

例えば、上層大気に硫酸塩を注入する方法は、温暖化への対策として提案されている気候工学技術の1つだ。この技術の実施によってオゾン層の破壊や脆弱な地域での干ばつリスクの上昇が引き起こされるのであれば、その実施に反対する者にとって強力な論拠となるだろう。

科学者は、地球温暖化の問題に全責任を負っているわけではない。また、多くの科学者が、1つの悪を別の悪に置き換えるだけの技術には警戒すべきだと強く主張している。気候工学研究に直接携わる科学者ですら、自らの研究が将来、現実社会の必需品となることを望んでいない場合が多い。

気候工学には全員の同意が得られるような側面もある。この点は、二酸化炭素排出削減活動に生かすべきである。2014年12月1~14日にペルーのリマで開催された国連気候変動会議では、温室効果ガス排出量の大幅削減に向けた効果的な政治的合意について討議された。こうした合意は、「気候安定化という目標を達成するために大気に手を加える」という推測に基づいた考え方より優先して扱われなければならない。

それどころか、環境にさらなる重大な危険をもたらし得る気候工学の実践は禁止すべきであるし、必要ならば国際法を発動して対処すべきである。結局のところ、地球の物理的環境を意図的に改変する権利は、いかなる国家にも認められないし、ましてや、いかなる科学分野にも認められることではない。

大規模で不可逆性を伴う可能性のある地球大気への介入は、科学的にも倫理的にも正当化できる範囲を超えている。しかし、真剣に検討し、研究する価値のある限定的な気候工学的手法も数多く存在している。そうした手法の前進のために、2014年12月2~3日に有力な学会の代表者が集まって、きちんとした野外実験を行うための指針について討議した(Nature 2014年12月4日号20ページ参照)。そうした科学的行動規範が気候工学の分野で採用できれば、この分野に対する信頼性が大いに高まると考えられる。

大気中の二酸化炭素を抽出して安全な場所で永久貯蔵することは、最も簡単な気候工学的手法と考えられており、すでにこの手法の調査が真剣に進められている。今や炭素の捕捉・貯蔵技術が安全なことは広く認識されているが、技術的課題と資金的課題のために広範な採用には至っていない。一方で、全世界の化石燃料に対する需要は今でも増え続けており、炭素貯蔵技術と同じように炭素捕捉技術に関しても研究の奨励と資金助成を行うことは重要だ。しかし、この技術が気候変動との戦いに本当に役立つものとなるかどうかは、政治的ガバナンス次第である。例えば、新設される石炭燃焼プラントへの二酸化炭素回収装置の取り付けを国際的なエネルギー部門の標準とするかどうかにかかっているのだ。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の第5次評価報告書によれば、地球温暖化を2℃以内に抑えるという目標を達成するには、何らかの形態の気候工学(IPCC報告書にいう「負の排出」)が必要となる可能性が高いことにほぼ疑問の余地はないとされる。1990年の第1次評価報告書から数えて5番目の本格的な気候評価報告書を公表したIPCCは、今後、新たな役割を果たすことを検討している。もし、IPCCが、論点を絞って簡素化された報告書を必要に応じて発行する体制に移行するのであれば、その最初の報告書としてふさわしいのは気候工学に関する特別報告書ではなかろうか。その一方で研究者は、これまでよりきちんとした研究を行う上での障害を取り去るための作業を加速させるべきだ。たとえ、きちんとした研究が行われた結果、その研究による成果が永遠に必要とされないことが分かっても、それを見極める必要があるのだ。

翻訳:菊川 要

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150328

原文

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  • Nature (2014-12-04) | DOI: 10.1038/516008a