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フィラエの64時間

彗星着陸機フィラエに搭載されたCIVAが撮影した着地点の画像。左下にフィラエの脚が見える。

ESA/ROSETTA/PHILAE/CIVA

2014年11月12日、欧州宇宙機関(ESA)のロゼッタ・ミッションは、着陸機フィラエを分離してチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に着陸させるという歴史的快挙を成し遂げた。この彗星の直径は4kmで、本稿執筆時点で地球から5億1400万kmのところを時速6万km以上の速度で運動している。

着陸成功の高揚は、フィラエの最終的な着陸地点が太陽光がほとんど当たらない場所であることが判明した途端、電池切れへの恐怖に取って代わられた。ハラハラしどおしの3日間の科学探査活動の後、フィラエは11月15日に電池切れになり、休眠状態に入った。目覚めることができるかはまだ分からない。

けれどもフィラエはその前に、搭載された10種類の観測装置を駆使してデータを収集・送信していた。当初の計画では、フィラエは今でもソーラーパネルで発電を行いながらデータを収集しているはずだったが、内蔵電池の電力だけで行ったわずか64時間の科学探査がもたらした知見は、すでに科学者たちの彗星の見方を変えつつある。

フィラエには、ロゼッタ探査機を通じて管制センターと通信できる時間が1日に2回、3~4時間ずつあった。科学者が望んだことの90%を実現するにはこれで十分だったと、フィラエの化学分析装置Ptolemyの共同研究員Monica Gradyは言う。

フィラエのドラマは、着陸予定日の前夜にコンピューターに問題が生じたことから始まった。この問題は再起動により解決したが、続いて、スラスターに問題があることが判明した。スラスターは、彗星に接地したフィラエが機体をしっかり固定するまで、ガスを噴射して機体を地表に押しつけておくためのものだ。チームはそれでもフィラエを着陸させることにし、ロゼッタから切り離した。やがてフィラエの接地を知らせる信号が欧州宇宙運用センター(ドイツ・ダルムシュタット)に届き、ESAの科学者たちはシャンパンの栓を抜いて成功を祝った。だが、ちょうどその頃フィラエが再び上昇していたことを彼らはまだ知らなかった。接地の際に機体を固定するための銛が発射されなかったため、機体が地表から跳ね返ってしまったのだ。結局フィラエは2回バウンドし、そのうちの1回は回転する彗星の表面から1kmも高く上がった。その後、彗星の弱い重力に引き寄せられ(この彗星の重力下では、地球上で100kg重あった機体はわずか1g重になる)、フィラエはようやく落ち着いた。

フィラエが最初に接地したのは平坦で太陽光がよく当たる場所で、慎重な検討によりあらかじめ着陸点に選ばれていた場所だった。けれどもフィラエはそれから派手なアクロバットをやってのけ、最終的に、そこから1kmも離れたごつごつした崖の陰に、3本の脚のうちの1本が地面から浮いた格好で落ち着いた。その場所では、彗星の12.4時間の自転周期のうち1.5時間しか太陽光が当たらず、内蔵電池が尽きた後に電力を供給する予定になっていた太陽電池を充電することはできなかった。

彗星の素顔

バウンドしての着陸にもかかわらず、フィラエは探査活動で良質なデータを生成し、そのデータ処理はまだ続いている。フィラエのCIVA(彗星核赤外線可視光分析装置)カメラが撮影した最初のパノラマ写真には、塵と岩屑に覆われた、大小さまざまな岩石のようなものからなる表面が写っていた。フィラエのプロジェクトマネジャーであるドイツ航空宇宙センター(DLR ;ケルン)のStephan Ulamecは、「予想より起伏の多い表面でした」と言う。

フィラエには、長さ40cmの棒の先に彗星の表面を調べるためのジュース缶サイズのハンマー機構が付いたMUPUS(表面・表面下科学多目的センサー)という装置がある。MUPUSからは意外なデータがもたらされた。この彗星の厚さ10~20cmの塵の層の下には硬い氷があるらしく、MUPUSのハンマーでは内部を探ることができなかったのだ。MUPUSの主任研究員であるDLRのTilman Spohnは「我々は、固まった雪やチョーク程度の、もっと柔らかい層を考えていたのです」と言う。フィラエが得た表面下の硬さと温度の測定値は、ガスと塵からなる彗星のコマが形成される過程を解明するのに役立つだろう。けれどもその理論は、この彗星の密度の低さと矛盾がないようによく検討する必要がある、とSpohnは指摘する。この氷は多孔質なのかもしれないし、フィラエが停止した寒くて暗い場所の氷がたまたま硬かっただけかもしれない。

フィラエの2回のバウンドで、図らずもデータ点が当初の予定より増えた観測器がある。ROMAP(ロゼッタ着陸機磁力計・プラズマモニター)は、この彗星が独自の磁場を持つかどうかを明らかにするためのデータを収集しており、その結果は惑星形成モデルにも影響を及ぼす可能性がある。また、彗星を包んでいる電離ガスが表面付近でどのように変化するかを解明するのにも役立つ。ROMAPの共同主任研究員のUli Austerは、「並外れてクリエイティブな人が磁力計のためのミッションを計画したら、装置をこんなふうにバウンドさせてデータ点を増やしていたでしょう」と言う。

また、COSAC(彗星試料採取・成分実験)は、着陸直後に彗星の表面サンプル中の有機分子を検出している。COSACは、こうした分子を探し出して、その掌性(キラリティー)が地球の有機分子の化学的特徴と一致するかどうかを調べる装置である。フィラエは着陸後に表面下のサンプル採取を予定していたが、この作業は内蔵電池の残量がぎりぎりの状態になるまで後回しにせざるを得なかった。前述のとおりフィラエはしっかり固定できていないため、ドリルを動かすと転倒する恐れがあったからだ。ついに管制センターが孔を掘るように指令を出すと、フィラエはドリルで孔を掘って表面下のサンプルを採取し、COSACが分析したデータを地球に送った。COSACチームは現在このデータの中から分子を探していると、COSACの共同研究者でニース・ソフィア・アンティポリス大学(フランス)の分析化学者Uwe Meierhenrichは話す。

彗星の化学物質と同位体存在比を分析するPtolemyも、COSACと同様に着陸後に表面下のサンプルを分析することになっていたが、着陸の際に舞い上がった物質しか分析することができなかった。それでも、チームは楽天的だ。うまくいけば、PtolemyやCOSACのデータを地球のデータと比較することで、彗星が地球にアミノ酸や水などの生命に欠かすことのできない物質を運んできたかどうかを明らかにできると考えている。また、PtolemyもROMAP 同様、フィラエが彗星を横断した恩恵を受ける可能性があるとGradyは話す(訳註:ESAは2014年12月10日、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の水分子の特性が地球の海水とは異なるという研究成果を報じた)。

もっと多くのデータが送られてくる可能性もある。休眠モードに入る前に、チームはフィラエを35度ほど回転させて機体の高さを4cm上げ、いちばん大きいソーラーパネルに光が当たるようにした。チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星がこれから太陽に近づき、フィラエに十分な光が当たれば、再び目覚めることができるだろう。

2015年8月には、彗星は近日点(太陽に最も近い点)に到達し、猛烈に活動するようになる。着陸したばかりのフィラエを休眠状態に追いやった日陰は、そのときには、ありがたい日傘になるかもしれない、とMeierhenrichは言う。「フィラエは、当初観測終了を予定していた3月よりもっと先まで生き延びるでしょう。4月、5月、あるいは6月には十分な日照を得て通信を再開できるかもしれません」。

ロゼッタはこれから数カ月間、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星が太陽の近くをかすめて通り、太陽系の外側に帰っていく様子を調べることになっている。もしかすると、フィラエも一緒に観測を行えるかもしれない。

彗星から小惑星へ

フィラエ着陸は世界を驚嘆させたが、科学者の注目は彗星から小惑星に移りつつある。2014年12月3日には、日本のJAXAが小惑星1999JU3に向けた「はやぶさ2」の打ち上げに成功した。これにはフィラエに似た小型着陸機MASCOTも搭載されている。2016年9月にはNASAが、ロボットアームを使って小惑星ベンヌからサンプルを吸い上げて地球に送り返すオシリス・レックス探査機の打ち上げを計画している。

オシリス・レックスの主任研究員であるアリゾナ大学(米国トゥーソン)のDante Laurettaは、「こういう天体を探査する難しさの1つは、どのような姿をしているのか地球からは分からないことです」と言う。

米国下院の科学宇宙技術委員長であるLamar Smithは、ロゼッタが10年以上前に打ち上げられたことを強調する。「将来宇宙で成功したいなら、今、長期計画を立てなければならないのです」。

Alexandra Witze

翻訳:三枝小夜子、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150207

原文

Philae’s 64 hours of science
  • Nature (2014-11-20) | DOI: 10.1038/515319a
  • Elizabeth Gibney