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ヒトは赤外線を見ることができる

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人類にはスーパーマンのXレイ・ビジョンのような透視能力はないものの、これまで考えられていた以上の能力があるようだ。ある条件下では、可視光の範囲にない赤外線を見ることができるという。この不思議な現象が起こる仕組みはほとんど分かっていないが、解明につながる研究結果がProceedings of the National Academies of Science1に報告された。目の中の1個の色素タンパク質に2個の赤外線光子が同時に飛び込むと、色素タンパク質に化学変化を引き起こせるだけのエネルギーを付与することになり、光が見えるようになるというのだ。

一般的にも視覚の科学においても、ヒトの目で見ることができる光の波長は400nm(青)から720nm(赤)までの間とされ、この範囲は「可視スペクトル」と呼ばれている。しかし、特定の波長の赤外線を発生させるレーザーが登場すると、波長1000nm以上のレーザー光を「白や緑、またはその他の色」として見ることができる人がいる、という報告が複数寄せられるようになった。

ケース・ウエスタン・リザーブ大学(米国オハイオ州クリーブランド)の薬理学者Krzysztof Palczewskiも、低エネルギーレーザーから発せられた波長1050nmの光を見たことがあり、「裸眼で見えるのです」と話す。彼は、赤外線を見る能力が一般的なものであるかどうかを確認するため、30人の健康なボランティアの網膜に低エネルギーの光線を照射し、その波長を変えていくという実験を行った。光の波長が長くなり赤外線領域に入ると被験者は光を感知しにくくなったが、波長が1000nm前後に達すると再び見やすくなった。同様の実験結果は、これまでも別の研究チームから報告されていたが、ヒトがどのようにして赤外線を見ているかについては、長らく謎のままだった。

自分の目に欺かれる?

そこでPalczewskiは、ヒトが赤外線を見る仕組みに関する2つの主要な仮説を検証したいと考えた。第1の仮説は、第二高調波発生(second-harmonic generation;SHG)という現象に基づいている2。SHGは、長波長の光がコラーゲンに衝突するとそのエネルギーのごく一部がもとの光の約半分の「見える」波長の光子へと変換される現象で、生体組織中のコラーゲンを可視化して観察する光学顕微鏡技術に応用されている。眼の結合組織にもコラーゲンが存在するため、この現象により生じた可視光光子が網膜で検出されて、脳が「光源から直接来た光」と誤解するというのだ。

第2の仮説は、2光子吸収という現象により網膜の光受容分子に光異性化が起こるというものだ。網膜の光受容分子は、可視光光子からエネルギーを吸収すると変形し(異性化)、この構造変化により一連の反応経路が活性化されて物が見える。もし、可視光光子の半分のエネルギーしか持たない光子(つまり可視光の2倍の波長の光)が2個同時に飛び込めば、そのエネルギーが足し合わされて1個の可視光光子と同様に網膜の光受容分子を励起して異性化を引き起こす可能性があるというのだ。

第1の仮説を検証するため、Palczewskiらはマウスの網膜からコラーゲンを除去して、さまざまな波長の光に対する網膜の応答を測定した。波長1000nmのレーザー照射時には、マウスの網膜は、コラーゲンを含むヒトの網膜と同じように応答した。この結果から、原因は目の中のコラーゲンによるSHGではないことが示唆された。

SHGモデルに対するさらなる反証は、光受容タンパク質「ロドプシン」の結晶に赤外線を照射した実験からも得られた。波長1000nm以下の光を照射すると、結晶の色が赤から黄色に変化したのだ。ロドプシン結晶が放射する光のスペクトルにはSHGに起因する特徴が見られなかったことから、この色の変化はSHGによるものではないようであった。

さらに彼らは、量子化学計算に基づくコンピューターシミュレーションを行った。その結果、ロドプシンが2個の低エネルギー光子を吸収して1個の可視光光子を吸収したときと同じ励起状態になることは可能であり、2光子吸収のピークは1000~1100nmにあるという予測結果が得られた。これは、ロドプシン結晶を用いた実験の結果と一致する。Palczewskiらの研究成果は、ヒトの目に赤外線が見える理由が2光子吸収による光異性化であると直接証明したわけではないが、第2の仮説を支持していると言える。

翻訳:三枝小夜子、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150205

原文

Photons double up to make the invisible visible
  • Nature (2014-12-01) | DOI: 10.1038/nature.2014.16459
  • Katharine Sanderson

参考文献

  1. Palczewski, K. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA http://dx.doi.org/doi:10.1073/pnas.1410162111 (2014).
  2. Zaidi, Q. & Pokorny, J. Appl. Opt. 27, 1064-1068(1988).