News

DNA修復の研究者3氏にノーベル化学賞

2015 年のノーベル化学賞は、塩基除去修復を提唱したTomas Lindahl(左)、ヌクレオチド除去修復の機構を解明したPaul Modrich(中央)、ミスマッチ修復の機構を解明したAziz Sancarの3氏が、共同受賞した。 Credit: L TO R: JUSTIN TALLIS/AFP/GETTY; HHMI; SAMUEL CORUM/ANADOLU AGENCY/GETTYIN

2015年のノーベル化学賞は、DNA修復に関する研究を行った3人の研究者、Tomas Lindahl、Paul Modrich、Aziz Sancar に授与された。選考を行うスウェーデン王立科学アカデミー(ストックホルム)は授賞理由を「細胞が損傷DNAを修復して遺伝情報を守る仕組みを分子レベルで明らかにした」と説明した。

DNAは安定した分子ではなく、時間の経過とともにゆっくりと損なわれていく。生物の存続には、その過程に抗う修復機構が必要なことに最初に気付いたのは、1970年代当時、カロリンスカ研究所(スウェーデン・ストックホルム)で医学を学んでいたLindahlであった。

Lindahlが名誉グループリーダーを務めるフランシス・クリック研究所(英国ロンドン)でDNA修復について研究しているStephen Westによれば、それ以来、大勢の科学者たちが損傷DNA修復について数多くの仕組みを記録にとどめてきたという。「DNA修復は大きな分野で、ノーベル賞の有資格者が数多くいるため、かえってこの分野にいる研究者の大半は『この分野に受賞者は出ないだろう』と考えていました」とWestは語る。

しかし、Westはノーベル賞に認められた今回の3つの修復機構が「おそらく重要度と理解度が最も高い機構」であり、授賞は「全く正当な評価」だと付け加えた。

修復という仕事

この分野の創始者の1人とされているLindahlは、特定の酵素がDNA分子中の塩基を認識、除去、補充する「塩基除去修復」と呼ばれる機構を提唱した。サセックス大学(英国ブライトン)のDNA修復研究者で、かつてLindahlのもとで博士研究員として研究を行っていたKeith Caldecottは、Lindahlの研究以前に「DNAの安定状態の維持に、一連のハウスキーピング・プロセスの能動的な関与が必要であるなどと本気で考えている人はいなかったと思います」と話す。

トルコ・サウル生まれのSancarは、研究生活の大部分を米国で過ごし、現在はノースカロライナ大学チャペルヒル校(米国)に所属する。彼は1980年代に、紫外線や発がん物質により損傷したDNAを酵素を使って除去した後に修復する「ヌクレオチド除去修復」という機構を明らかにした。

そして1989年、デューク大学医学系大学院(米国ノースカロライナ州ダーラム)に所属するModrichが、第3の機構である「ミスマッチ修復」に関する研究論文を発表した。これはDNA複製の際に生じるエラーを校正する仕組みだ。

細胞がDNAの損傷を修正する機構の研究には、2015年9月に権威あるアルバート・ラスカー基礎医学研究賞も贈られている。しかし、これを受賞したのは今回の3人とは別の研究者で、ラトガース大学(米国ニュージャージー州ニューブランズウィック)のEvelyn Witkinとブリガム・アンド・ウィメンズ病院(米国マサチューセッツ州ボストン)のStephen Elledgeの両氏だ。

広範囲への影響

ストックホルムで行われたノーベル賞受賞記者会見で、LindahlはDNA修復の理解が人間の健康と密接に関係することを指摘した。修復系に異常のある人は、有害な変異が放置される可能性が高いため、がん発症のリスクも高くなる。また、がん細胞自体もDNAの修復酵素を利用して損傷を切り抜けていることから、現在は腫瘍細胞のDNA修復経路を標的とする治療法に関心が集まっている(Natureダイジェスト 2014年9月号「息を吹き返した抗がん剤「PARP阻害薬」参照」)。「人間にとって、DNA修復機構は必要なものですが、がん細胞にDNA修復能があっては困るのです」とLindahlは言う。

この分野の研究は、他の領域にも影響を及ぼした。Lindahlの研究の影響力が明らかになったのは、古代DNAの抽出と解析が行われ始めた1980~90年代だ。Lindahlが特徴を明らかにしたDNA損傷のパターンは現在、出土したDNAが古代のものであって現代の汚染ではないことを示す信頼のしるしとして利用されている。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151211

原文

DNA-repair sleuths win chemistry Nobel
  • Nature (2015-10-15) | DOI: 10.1038/nature.2015.18515
  • Daniel Cressey