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雄の線虫で「ミステリー」ニューロン発見

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2015.151202

原文:Nature (2015-10-14) | doi: 10.1038/nature.2015.18558 | Surprise ‘mystery’ neurons found in male worms

Kerii Smith

調べ尽くされたと考えられていた線虫の神経系で、新たなニューロンが発見された。雄にしか見られないこの謎のニューロンに、神経科学者たちは関心を寄せている。

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HeitiPaves/istock/Thinkstock

線虫の一種 Caenorhabditis elegansについては、全神経系のマッピングがすでに完了したと神経科学者たちは考えていた。ところが今回、そんなC. elegansで新たに、対をなす2個のニューロンが発見された。

「これには少々驚かされました」と語るのは、発見者の1人であるロンドン大学ユニバーシティカレッジ(UCL;英国)の発生生物学者Richard Pooleだ。問題のニューロンは、別の目的の研究中に偶然見つかり、雄の線虫だけに見られることからMCM(mystery cells of the male;「雄のミステリー細胞」の意味)と名付けられた。MCMは、線虫が食餌よりも交尾を優先させるべきタイミングを学習するのに役立っているらしい。一見単純に見える線虫の脳において、性によって様式の異なる複雑な行動を学習できることは実に興味深い。今回の成果は、Nature 2015年10月15日号385ページで報告された1

C. elegansは、神経回路が非常に単純で、全てをマッピングできることから、神経科学研究で使われることの多いモデル生物である。雌雄同体と雄の2種類の性を持ち、より研究が進んでいる雌雄同体は、302個のニューロンを持つことが分かっている。これに対し、雄には生殖器官に関連した性特異的なニューロンが多く、今回発見されたMCM 2個を加えるとその総数は385個になる1

MCMの発見は実に予想外なものだった。Pooleの同僚であるArantza Barriosが、C. eleganspdf-1と呼ばれる神経ペプチド(ニューロンで発現していることが多い)の分布を調べていたときに、線虫の頭部の先端付近の両側で細胞が光るのが観察されたのである。この場所は、雌雄同体では神経細胞体自体が存在せず、そもそも光るはずのない場所だった。そこで研究チームが、pdf-1と神経系に特有のタンパク質をそれぞれ標識して構造の再構築を行ったところ、これらの細胞(MCM)がニューロンであることが確認された。さらに、MCMの発生が性成熟期であることも突き止められた1

異性か餌か?

MCMの働きを調べるため、研究チームはまず、塩を飢餓と関連付けることにより塩を嫌悪するよう線虫を条件付けし、それから塩のある場所に交尾相手を置いた。雄の成虫では通常、学習された塩に対する嫌悪が異性の存在によって無効化されてしまう。しかし、発達中にMCMを除去した雄は、異性に近づこうとはしなかった。これは、線虫が交尾と食餌のどちらかを選択する際にMCMが影響を及ぼしていることを示している。

MCMはまた、多数のニューロンが非常に密に接続し合っている「神経環」と呼ばれる部位の近くに位置している。このことから、ケンブリッジ大学(英国)でC. elegansの神経回路を研究しているBill Schaferは「MCMはおそらく極めて重要な行動を制御していて、神経回路においても重要な意味を持つのでしょう」と推測する。

研究チームがこのニューロンの起源をさらに詳しく調べたところ、完全に分化した「グリア」と呼ばれる非神経細胞から発生することが分かった。脊椎動物ではすでに同様のプロセスが確認されており、例えばラットでは、グリアは発達中の脳でニューロンに変わることが知られている2。しかし、無脊椎動物でグリア細胞がニューロンに変わることが示されたのは、今回が初めてだ。

それにしても、これほど重要な細胞が、最も解明が進んでいる動物モデルの1つである線虫で、なぜ見逃されてきたのだろう? Schaferは、C.elegansでは、雌雄同体の方が雄よりもはるかに詳しく研究されてきたことを指摘する。「雄の神経回路については、実はよく分かっていないことが多いのです」と彼は言う。また、雄の研究をしていても、性差がより明白な尾などの部分に注目しがちだった。「おそらく、頭部や脳には十分な注意を向けてこなかったのでしょう」とPooleは述べる。

研究チームは今後、MCMが学習を支配する神経回路にどのように関与するのか、そしてMCMがどのように脳に性差を与えるのかについて、明らかにしていきたいと考えている。「詳細を理解しようとしている細胞が数百個なのが幸いです。これが哺乳類なら数千億個の細胞を扱わなければなりませんからね」と、Schaferは言う。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Sammut, M. et al. Nature 526, 385–390 (2015).
  2. Noctor, S. C. et al. Nature 409, 714–720 (2001).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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