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脳スキャンデータで個人を特定できる

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2015.151205

原文:Nature (2015-10-12) | doi: 10.1038/nature.2015.18541 | Brain scans pinpoint individuals from a crowd

Rachel Ehrenberg

脳領域間の神経接続のパターンには明確な個人差があり、「指紋」として利用できることが実証された。実際に個人を特定できるだけでなく、知能検査の成績を予測することもできるという。

脳スキャンデータに基づいた、前頭葉と側頭葉の神経回路の接続パターンを利用すれば、個人を識別することができる。 | 拡大する

thanaphiphat/istock/Thinkstock

私たちの脳の配線には非常に明確な個人差があり、脳スキャン画像を用いるだけで個人を特定できるという報告が、2015年10月12日にNature Neuroscienceに報告された1

この研究結果は、エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の博士課程学生Emily Finnが、ヒト・コネクトーム・プロジェクト(Human Connectome Project)により収集されたデータのうち、記憶テストや言語テストなどの認知課題を遂行する際の脳活動をスキャンした成人126人のデータを分析して得たものだ。データを収集したヒト・コネクトーム・プロジェクトは、4000万ドル(約48億円)を投じて1200人の神経系の活動を調べ、その接続の幹線道路地図を作成する国際的な取り組みである。

エール大学の研究チームは、接続パターンを調べるため、まず被験者の脳スキャンデータを268の領域(ノード)に分割して、同時に活動している領域を探した。各ノードの大きさは約2cm3で、数億個のニューロンから構成されている。神経科学を専攻しているFinnは、「268人編成のオーケストラで、同時に鳴っている楽器はどれかを調べるようなものです」と言う。

分析の結果、一部の脳領域(基本的な視覚や運動スキルを制御するネットワークに関わる領域など)では、ほとんどの人の神経回路はよく似た接続パターンになることが分かった。これに対し、前頭葉などの接続パターンには個人差があるようだった。研究チームは、特定の被験者があるセッションで視覚課題を遂行しているときの脳活動のスキャンデータを、同じ被験者の別のセッションでのスキャンデータと対応させることができた。また、被験者がセッションのたびに異なる課題を与えられていても、対応付けは可能だった。

スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の認知神経科学者Russell Poldrackは、「各人の脳の接続パターンがどの程度固有なのか、私たちはこれまでしっかりと理解していなかったのです」と言う。

接続パターンと知能の相関

研究チームによれば、接続パターンの多様性は、知能検査の成績とも相関しているという。ただし、ある人の頭の良し悪しが脳スキャンのデータから推定できるというわけではなく、「接続パターンの固有さと認知機能との間に、何らかの結び付きがあるように見えるのです」とPoldrackは説明する。特に、前頭前野内と側頭葉内、および両者の間の接続が強い人は知能検査の成績が良かった、とFinn。これらは通常、難しい認知課題を遂行する際に特に活性化する領域だ。

神経接続パターンの「指紋」の特徴は、100%信頼できるわけではない。例えば、ある日、MRI装置で安静時の被験者の前頭葉、頭頂葉、側頭葉の神経回路をスキャンする。このデータを使えば、同じ被験者が別の日に撮った安静時の脳スキャンデータを98~99%の精度で当てることができる。しかし、被験者が撮像の1回目と2回目で異なる認知課題を遂行していた場合には、予想の精度は80~90%まで低下してしまう。

Finnは、個人の脳神経回路に関する知識は、将来的には、臨床医が患者1人1人の治療法を決定する際に役立つかもしれないと考えている。「神経精神疾患の治療薬は何百種類もありますが、個々の患者の治療薬を決めるまでにはいまだに多くの試行錯誤があり、それを踏んでも治療に失敗することがあるのです。この技術は治療薬選択のヒントの1つになるかもしれません」と彼女は言う。

ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の神経科学者Jeff Lichtmanは、接続パターンの基礎にある脳の物理的構造の個人差について、「これから解明しなければならないことがたくさんあります」と言う。オーケストラの比喩でいえば、ティンパニとバイオリンが一緒に鳴っていることが多いのは分かるが、オーケストラがなぜそのように演奏しているのかは分からないし、「大きい音を出す」「小さい音を出す」「音を出さない」といった指示がどこから来ているのかも分からない。

「問題は『なぜ?』ということです。私たちは、この多様性の物理的な基礎が何なのかを知りたいのです」とLichtmanは言う。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. Finn, E. et al. Nature Neurosci. 18, 1664–1671 (2015).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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