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分子マシンの時代がやってきた

Credit: KARL-HEINZ ERNST

1台のロボットが軌道上をゆっくり移動している。一定間隔で立ち止まってはアームを伸ばし、慎重に部品を取り上げ、自身の背中に取り付けていく。前進・停止・取り付けを繰り返すうちに、背中の部品はどんどんつながって大きくなっていく。精密な設計に従って部品をつなぎ合わせ、精巧な構造物を作っているのだ。

組み立てラインの長さが数ナノメートルでなければ、ハイテク工場のワンシーンに思えるかもしれない。このロボットは、マンチェスター大学(英国)の化学者David Leighが作製したもので、アミノ酸という部品をつなげて小ペプチドという製品を作り出す仕事をする。これまで考案された分子スケールのマシンの中で最も複雑な部類に入るといってよい。

これはほんの一例にすぎない。生細胞中では、微小な足場の上を歩くキネシンタンパク質や、遺伝暗号を読み取ってタンパク質を組み立てるリボソームなど、機械のような生体分子が活躍しているが、最近、そうした生体分子を模倣して分子マシンを作ろうとする化学者が増えている。Leighはその中の1人にすぎない。分子マシン研究者たちは、この25年間で、スイッチ、ラチェット、モーター、ロッド、リング、プロペラなど、数々の素晴らしい分子部品を開発してきた。これらの部品は、ナノスケールのレゴブロックのようにつなぎ合わせることが可能だ。分析化学ツールが改良されたことや、大きな有機分子を容易に合成できる反応が開発されたことが、人工分子マシン分野の加速度的な進歩につながった。

そしてこのたび、この分野は転機を迎えた。「これまでに50〜60種類のモーターを作製したでしょうか。でも今は、モーターを新たに作ることよりも、それを実際に使ってみることに興味があります」。フローニンゲン大学(オランダ)の化学者Ben Feringaはそう話す。

Feringaと同様の考えは、2015年6月には明確に聞かれるようになった。影響力の大きい米国のゴードン会議の1つの分科会が、分子マシンとその潜在的な応用の可能性について初めて重点的に取り上げたのである。これは、この分野が十分成長したことを示す明確な証拠だと、会議のまとめ役を務めたワイツマン科学研究所(イスラエル・レホヴォト)の化学者Rafal Klajnは言う。

「15年後には、分子マシンが化学と材料設計の中核と見なされるようになるでしょう」とLeighは話す。だが、その域に達することは決してたやすくない。それを実現するには、何十億個もの分子マシンを協調的に動かして、例えば、材料形状を人工筋肉として機能するように変化させるなどの、目に見える巨視的な効果を得る方法を研究者らが習得しなければならない。また、マシンの制御性を向上させるとともに、故障せずに無数の動作を実行できるようにしなければならない。

それ故、この分野の多くの研究者は、最初の実用化例は「精巧な構造を持つマシン」ではなく、「分子マシンの基本部品」になるとみている。例えば、標的薬物を放出する光駆動スイッチや、エネルギーを蓄えたり光に応答して伸び縮みしたりするスマート材料として、科学のさまざまな分野で使われるようになると予想している。従って、分子マシン研究者たちは、分子部品の恩恵を受けると思われる分野の研究者たちに働き掛ける必要があるとKlajnは言う。「分子部品がどれほど面白いものか、気付いてもらう必要があるのです」。

分子シャトル

今日の分子マシンの多くは、現在ノースウェスタン大学(米国イリノイ州エバンストン)に所属する化学者Fraser Stoddartが1991年に作製した、比較的単純なロタキサン構造のデバイスに起源を持つ。ロタキサン(rotaxane)は、ラテン語の輪(rota)と軸(axis)に由来する名のとおり、リング状の分子に棒状の「軸」分子が貫通した構造の分子集合体で、軸の両端には大きなストッパーが付いている。Stoddartは、軸の各末端付近にリングと結合可能な化学基を取り付けると、これらの2つの結合サイトの間でリングが往復することを見いだした1。これが初の「分子シャトル」だ。

1994年までに、Stoddartは設計を改良し、軸上に異なる2つの結合サイトを持つ分子シャトルを作った2。この分子シャトルの入った溶液の酸性度を変えると、リングが片方のサイトからもう片方のサイトへと可逆的に飛び移った。分子シャトルが可逆スイッチになったのだ。将来、同様の分子スイッチを利用することによって、熱や光や特定の化学物質に応答するセンサーが実現するかもしれない。他にも、ハッチをちょうどいいタイミングで開けて体内の狙った場所に薬物分子を送達するナノサイズのコンテナのようなデバイスが実現するかもしれない。

Stoddartのスイッチには2つの特性がある。1つは、リングと軸上の結合サイトとの結合が弱いことだ。つまり、分子内の原子間結合のような強い共有結合ではなく、弱くプラスに帯電した領域と弱くマイナスに帯電した領域の間に働く静電引力が利用されている。こうした結合は形成も切断も容易で、2本のDNA鎖の間で起こる水素結合の形成と切断に非常によく似ている。もう1つは、シャトルの往復に外部エネルギー源を必要としないことだ。シャトルは、溶液中の他の分子との衝突、すなわちブラウン運動というぶつかり合いの効果によって駆動される。この2つの特性は、その後登場した多くの分子マシンでも利用されている。

Stoddartの発表から間もなく、数多くの分子スイッチが次々と現れた。光や温度変化で制御されるスイッチもあれば、溶液中の特定のイオンや分子と結合することによって動作するスイッチもあった。後者は、化学シグナルに応答して開閉する細胞膜中のイオンチャネルに似ている。

ところが、Stoddartは意外な方向に研究を進めた。カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)のJames Heathと共同で、何百万個ものロタキサンを使ってメモリーデバイスを作製したのだ3。シリコン電極とチタン電極の間に挟まれたロタキサンは電気的なスイッチングが可能で、この現象を利用してデータを記録できた。この幅約13 µmの「分子そろばん」には、16万個のビットが含まれ、各ビットが数百個のロタキサンで構成されている。密度は1 cm2当たり約100ギガビットで、現在市販されている最高のハードディスクに匹敵する。

Stoddartのチームは、性能の良い24個のビットを使って、カリフォルニア工科大学の略称である「CIT」という文字を記憶させ、読み出した。しかし、このスイッチはあまり丈夫ではなく、大体100サイクル以下で壊れてしまった。壊れやすさの問題を解決する有望な方法として、金属有機構造体(MOF;metal-organic framework)という頑丈な多孔性結晶の中にスイッチを組み込むやり方がある。MOFはスイッチを保護するとともに、スイッチを組織化して精密な3Dアレイに仕立て上げる働きをする(Nature 520, 148–150; 2015参照)。

2015年にはすでに、ウィンザー大学(カナダ)のRobert SchurkoとStephen Loebが、1 cm3当たり約1021個の分子シャトルをMOFに充填できることを示した4。その年の8月、Stoddartは、スイッチング可能なロタキサンを充填した別のMOFを発表した5。このMOFを電極に載せて電圧を変化させることで、ロタキサンを一斉にスイッチングさせることに成功したのだ。

MOFを使ってこうした技術を開発している研究者らは、3D固体骨格を持たせることで、従来のシリコントランジスターを超える高密度スイッチが実現するばかりでなく、制御可能な方式で容易にスイッチングできるため膨大な量のデータ記憶が可能になると期待している。「SF的に考えれば、1分子は1ビットとして扱うのでしょうが、現実的に考えると、数百個のスイッチを詰め込んだMOFの粒を1ビットとして機能させることなら可能でしょう」とLoebは言う。MOF粒の中の大半のスイッチが正しく機能するかぎり、データは集団的に確実にエンコードされる、と彼は言う。

ロタキサンを使ってスイッチング可能な触媒を作った研究者もいる。2012年、Leighは、ロタキサンの軸の中央部に窒素原子を持つ系を報告した6。軸の中央部はリングでカバーされているが、酸を加えるとリングが片側に移動して窒素原子が露出するため、窒素が化学反応の触媒として機能する。さらに、2014年11月、Leighは異なる2つの触媒サイトを持つロタキサンシステムを報告した7。このシステムは、リングを一方の触媒サイトから他方の触媒サイトへと移動させることにより、ロタキサンの活性を切り替えることができる。従って、分子混合物中の分子を2種類の触媒反応でつなぎ合わせることができる。Leighは、現在、同一溶液中にスイッチング可能な数種の触媒を入れる研究を行っている。すると触媒が順番に切り替わり、各触媒反応に関わるそれぞれの分子から複雑な生成物を作ることができる。つまり、細胞中の酵素の働きとよく似た仕組みで合成することができるのだ。

ナノモーター

シャトルやスイッチを用いた初期の実験が行われた後、人工分子マシン分野は大きな一歩を踏み出した。1999年に、Feringaらによって初の合成分子モーターが作られたのだ8。それは、2個の「パドル」ユニットを炭素–炭素二重結合でつないだ単一分子だった。パドルは二重結合によって定位置に固定されているが、強い光を照射すると二重結合の一部が切れ、パドルが回転し始める。重要なのは、パドルが一方向にしか回転できないような作りになっていることだ。光と多少の熱を供給し続けるかぎり、モーターは回り続ける。

Feringaは次に、同様の分子モーターを用いて四輪駆動の「ナノカー」を作製した9。さらに彼は、液晶に微量の分子モーターを添加して、液晶にねじれを誘起した。そのフィルムの上に、長さ28µmのガラス棒(分子モーターの数千倍の長さ)を載せて光を当てると、ガラス棒はゆっくりと回転した10

分子モーターは愛らしいが結局それだけでは役に立たない、と主張する化学者もいる。「人工分子モーターにはずっと少々懐疑的でした。作るのもスケールアップも難し過ぎます」とルートヴィッヒ・マクシミリアン大学(ドイツ・ミュンヘン)の化学者Dirk Traunerは言う。

しかし、分子モーターの化学的原理は「非常に有用」といえるかもしれない。実際に、分子モーターと同じ光活性化機構を利用し、光に応答してオン・オフ切り替えが可能な「薬らしい」化合物が100種類ほど開発されているからだ。

例えば2015年7月、Traunerが率いる研究チームは、光でスイッチング可能なコンブレスタチンA-4を報告した11。コンブレスタチンA-4自体は強力な抗がん化合物だが、腫瘍細胞も健常組織も無差別に攻撃するため重大な副作用がある。しかし、チームが開発したスイッチング可能な薬物は、全身の副作用を劇的に減らせる可能性がある。Traunerの薬物分子には窒素-窒素二重結合が含まれており、この結合により分子は2つのセクションに分けられ不活性化されているが、青色光を照射すると二重結合が切れ、結合軸の周りで両セクションが回転できるようになり、分子が活性化する。生体内では、柔軟な管を通して光を送るか、埋め込み型デバイスを用いて光を照射することによって、幅わずか10 µmの組織領域を特異的に標的化できるという。Traunerは、この化合物の抗がん効果を調べるためのマウス実験を計画中だ。

Credit: NIK SPENCER/NATURE

また、Traunerは、こうした光スイッチング化合物を用いれば、光を感じる桿体細胞や錐体細胞が変性する黄斑変性症や網膜色素変性症などの患者の視力を回復できると考えている。「これは易しい目標です。眼の場合、光を当てる方法で悩まなくてもよいからです」と彼は言う。2014年、DENAQという光スイッチング分子を盲目マウスの眼に注射したところ、数日で視力が部分的に回復し、明暗の区別がつくようになった12。現在、チームはこの手法を霊長類に適用しようとしている。そして2年後には臨床試験を開始したいと考えている。

いちばんの難題は、慎重な製薬業界に「人での実績はまだないが、光スイッチング薬物には可能性がある」という確証を抱かせることだと、TraunerとKlajnは一致した見解を示す。「製薬業界に光薬学の面白さを知ってもらう必要があります。価値を分かってもらえれば、順調に進められるでしょう」とTraunerは話す。

DNAウォーカー

はるか昔、生き物が陸地に移り住むずっと前から、細胞は細胞機構の一部として足を使っていた。典型的な例は、キネシンと呼ばれる二股のタンパク質だ。キネシンは、細胞内で微小管という堅い足場の上を2本の「足」を交互に出しながら歩き、積み荷分子を運ぶ。

キネシンに着想を得て、DNAでできた足で「歩く」人工分子(DNAウォーカー)を作った研究者もいる。DNAウォーカーは概して複数の足を持っており、それらの足は、軌道上に配置されたDNA相補鎖と結合することによって適所に固定される。競合DNA鎖を加えると足が解放され、一歩前進することができる。最も印象的な例の1つが、ニューヨーク大学(米国)のNadrian Seemanによって2010年に報告された4つの「足」と3つの「手」を持つDNAウォーカーだ13。SeemanのDNAウォーカーは、折りたたんだDNAでできたタイルの上を動き回りながら、手を使って金ナノ粒子をつかみ取ることができる。

Leigh らが2010 年に発表した分子ウォーカーの概念図。
ヒドラジドの足(赤)と、チオールの足(青)を使って、短い直線軌道をピボットで歩くこ とができる。酸性条件下ではヒドラジドの足を動かすことができ(上)、塩基性条件下ではチオールの足を動かすことができる(下)。 Credit: Nature Chemistry 2, 75–76 (2010)

その後間もなくDNAウォーカーの変種が他の研究室から続々と発表された。DNAウォーカーもその変種も、後退を防止するラチェットシステムを備えていなければ、あてもなくさまよい歩くことになる。多くのウォーカーでは、ラチェットは、足が結合する化学反応と足を解放する化学反応の相対速度と、解放された足を前に動かす激しいブラウン運動に基づいている14

この数年で、こうした「ブラウン・ラチェット」機構が化学的に駆動される全ての分子マシン(多くの生物モーターも含む)の基礎となることが、詳細な化学研究や分子動力学シミュレーションによって示された。例えば、2013年、ミシガン大学(米国アナーバー)の化学生物学者Nils Walterが率いるチームは、スプライセオソームにおいてまさに同じ機構を見いだした15。スプライセオソームとは、遺伝情報が翻訳されてタンパク質が合成される前に、RNAの一部を切り取る細胞内機械だ。「キネシンもリボソームも、そしてスプライセオソームも同じ機構を使うのです」とWalterは言う。

つまり、生物マシンも合成分子マシンも同じ原理に支えられていることが分かったのだ。従って、それぞれの分野に携わる研究者の間で知識を共有できる可能性がある。「現在、生物マシン分野と合成分子マシン分野は全く別の分野です。2つの分野の研究者が同じテーブルに着けば、次のブレークスルーが生まれると思います」とWalterは語る。

小さなロケット

Credit: apartment/istock/thinkstock

一方、1966年のSF映画『ミクロの決死圏』(原題:Fantastic Voyage)に出てくるミクロ化した治療用潜航艇に着想を得て、液体中をロケットのように勢いよく進むマイクロメートルサイズの粒子やチューブを数多く作製した化学者たちがいる。

これらのモーターの中には、周囲の液体(過酸化水素が用いられることが多い)から泡の流れを作ることによって推力を発生させる触媒を積んだものもあれば、光や外部電場または磁場から直接推力を得るものもある(これらはチューブの誘導にも利用できる)。「こうしたナノモーターは、1秒間に全長の1000倍の距離を進むことができます。驚異的です」とカリフォルニア大学サンディエゴ校のナノエンジニアJoseph Wangは言う。彼は、最も有望な応用は高速薬物送達や環境汚染物質の低コスト浄化にあると考えている。ただし、この分野の多くの研究者は、ナノモーターが従来法に勝るものになるかどうか現段階では何とも言えない、と指摘する。

過酸化水素は強力な酸化剤なので、体内ではなかなか使えない。「全ての研究に過酸化物を使っていたときは、大変懐疑的な見方をされてしまいました」とWangは認める。しかし、2014年12月、彼は生きた動物での試験に適したマイクロスケールのモーターを報告した16。そのモーターは長さ約20 µmのプラスチックチューブでできており、内部に亜鉛の芯が充填されている。亜鉛と胃酸が反応して発生した水素の泡が、推進力を生み出す仕組みだ。

Wangはこの「ロケット」チューブを使って、金ナノ粒子を周りの胃組織に運び込んだ。マウスに投与されたチューブは、約10分間マウスの胃の中を問題を起こさずに駆け回り、胃内膜中の金の量は、金ナノ粒子だけを投与したマウスの3倍であった。

薬物や造影剤を微小ロケットに搭載すれば、迅速かつ効果的に胃組織に送達できるかもしれない、とWangは示唆する。「今後5年間で、実用的な生体内応用に移行していく予定です。まさに『ミクロの決死圏』の世界を実現しようとしているのです」と彼は言う。

今のところ、微小ロケットの研究と分子マシンの研究に重なる部分は少ない。「しかし、他分野の研究から多くのことが得られる可能性があります」とKlajnは言う。例えば、マイクロモーターを光応答性分子スイッチで覆うことで、マイクロモーターの動きをもっと正確に制御できるようになるかもしれません、と彼は示唆する。

分子ポンプ

研究者たちは、実際に役立つ分子マシンを創り出そうと、数種の部品を組み合わせたデバイスを作り始めている。2015年5月、Stoddartは、溶液中で2つのリング分子を選び取って、軸である保管用の分子鎖に移す人工「分子ポンプ」を発表した17。それぞれのリングは、鎖の一端に取り付けられたストッパーを滑るように越え、スイッチング可能な結合ポイントに引き寄せられる。スイッチを切り替えると、2つ目のバリアを越えてリングが押し込まれ、保持エリアに到達する(「ナノマシン」参照)。

この分子ポンプシステムは、他のタイプの分子を選んで保管することはできない。つまり、分子マシンで分子濃縮ができるのだ。システムの開発で数多くの試行錯誤を経験したStoddartは、「長い道のりでした」とため息をつく。生物がイオンや分子の濃度勾配を作ることによって大量のポテンシャルエネルギーを蓄えるのと同じように、分子マシンを使って化学系を平衡から遠ざけられることを証明したのだ。「私たちはエネルギーラチェットの設計の仕方を習得しつつあるのです」と彼は言う。

分子マシンの開発は主として2つの方向に発展していく可能性があるとStoddartは言う。1つ目は、ナノの世界にとどまること。つまり、分子マシンに、他の方法ではできない分子スケールの仕事をさせる技術の追求だ。2つ目は、巨視的な世界に踏み出すこと。例えば、アリの大群のように、何兆個もの分子マシンを同時に使って材料を整形したり、大きな荷物を動かしたりする技術を追求していくことだ。

おそらく、前者のナノアプローチの典型例は、Leighの分子組み立てラインだろう18。このデバイスはリボソームに着想を得たもので、ロタキサンシステムを利用している。軸に取り付けられたアミノ酸をつかみ取ってはつなげていき、ペプチド鎖をどんどん成長させていく。しかし、このデバイスは巨視的な応用も考えられる。36時間にわたって、1018個のデバイスを一斉に作動させると、数mgのペプチドができる。「このデバイスは、研究者が実験室で30分かけてもできないようなことをやってくれるわけではありません。そうはいっても、軌道上を移動しながら分子ブロックをつかみ取って組み立てていくマシンが手に入るようになったのです」とLeighは言う。現在Leighは、ブロックを順次つなげていく方式で、目的の材料特性を持つポリマーを組み立てるマシンを研究している。

逆にいうと、何兆個もの分子マシンを一斉に働かせれば、巨視的に見て材料特性を変えることができるかもしれない。例えば、光や化学物質に応答して伸び縮みするゲルは、調節可能なレンズやセンサーとして利用できるようになるかもしれない。「これからの5年で、間違いなく初のスイッチ内蔵型スマート材料が誕生するでしょう」とFeringaは言う。

ロタキサンに似た分子がすでに市販品に応用され始めている。2012年に日産自動車が発表したスクラッチシールドiPhoneケースは、東京大学の伊藤耕三らの研究に基づくもので、8の字形に連結した2個のたる形シクロデキストリン分子にポリマー鎖を通した分子集合体でできている。通常のポリマーコーティングは、圧力をかけると鎖と鎖の間の結合が切れるため傷ができる。しかし、スクラッチシールドでは、シクロデキストリン環が滑車のような働きをするため、圧力がかかってもポリマー鎖は切れずに滑る19。こうしたポリマー材料は保護膜としても使うことができる。もろいスクリーンも保護膜で覆ってしまえばハンマーで叩き続けても壊れないというわけだ。

Stoddartによると、こうした例から、分子部品がすでに実用化の時期を迎えたことが分かるという。「人工分子マシンの分野は大きく進歩しました。これからは、分子マシンが役立つことをアピールしていかなければなりません」とStoddart は言う。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151222

原文

March of the machines
  • Nature (2015-09-03) | DOI: 10.1038/525018a
  • Mark Peplow
  • Mark Peplowは英国ケンブリッジを拠点とする科学ジャーナリスト。

参考文献

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