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ゾウはなぜ、がんになりにくいのか

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2015.151206

原文:Nature (2015-10-08) | doi: 10.1038/nature.2015.18534 | How elephants avoid cancer

Ewen Callaway

「Petoのパラドックス」と呼ばれるこの問いに、答えの1つとなり得る発見があった。

ゾウががんになりにくいのは、がん抑制遺伝子p53のコピーを多数持っているおかげなようだ。 | 拡大する

Digital Vision/Thinkstock

ゾウはめったにがんにならない。その理由について2つの独立した研究チームが、ゾウは進化の過程で、抗がん作用を持つ遺伝子のコピーを多数持つようになったためだと報告した1,2

「ゾウはなぜ、がんになりにくいのだろうか?」。これは、1970年代にオックスフォード大学(英国)の疫学者Richard Petoが投げ掛けた有名な難問である3。Petoは、動物のがん発生率と体サイズや年齢との間には概して相関性がほとんどないことを示した。これは実は不思議なことである。体の大きい、もしくは高齢の動物の細胞は、体が小さい、もしくは若い動物よりも多くの細胞分裂を経ているはずであり、そのためランダムな変異がより多く蓄積して、がんを生じやすくなると考えられるからだ。Petoは、動物が年を取り体が大きくなっても、細胞ががん化しないようにする生物学的機構がもともと備わっているのではないかと推測した。

2015年10月初旬に相次いで出された2つの研究チームからの報告は、この「Petoのパラドックス」に対する解答の1つといえそうだ。ゾウのゲノムには、がん抑制因子をコードするp53(別名TP53)遺伝子のコピーが20個もあることが分かったのだ。p53は、細胞がDNA損傷を受けると活性化してp53タンパク質を量産する。このタンパク質は転写因子として機能し、DNA損傷部分を修復する一連の遺伝子を誘導して修復を助け、また損傷が激しい場合には、その細胞死を誘導する遺伝子を活性化して異常な細胞を消し去る。ただ、ヒトやその他の哺乳類には1コピーしか存在しない。

ゾウの物語

ユタ大学(米国ソルトレークシティー)の小児腫瘍医で科学者のJoshua Schiffmanは、p53が「Petoのパラドックス」に関わっているという着想を得てから論文発表にこぎ着けるまでに約3年かかった。彼が「Petoのパラドックス」について初めて知ったのは、3年前に開催された進化に関する会議だった。現在はアリゾナ州立大学(米国テンピ)にいる進化生物学者Carlo Maleyが、その会議の場で、アフリカゾウのゲノム内に多数のp53を見つけたことを明かしたのだ。

Schiffmanは、p53の2つの対立遺伝子のうち1つがない(この状態はがんにつながる)子どもの治療を専門に行っている。そのため彼は、Maleyの話を聞いて、自分の患者を助けるのに役立ちそうな生物学上の手掛かりをゾウから得られるのではないかと考えた。そこでSchiffmanは、まだ研究結果を発表していなかったMaleyとチームを組み、ソルトレークシティーの動物園のゾウ飼育係に、p53タンパク質が哺乳類の白血球でどう働いているのかを調べるために血液を分けてくれるよう頼んだ。

一方、それとほぼ同時期の2012年中頃に、シカゴ大学(米国イリノイ州)の進化遺伝学者Vincent Lynchは、「Petoのパラドックス」に関する講義の準備をしながら、これを説明できそうな機構をいろいろ考えてみた。そして、「講義の直前にゾウのゲノムのp53を検索したところ、コードする部位が20カ所見つかったのです」とLynch。

こうして、SchiffmanのチームはJournal of the American Medical AssociationJAMA)で論文を発表し1、一方LynchのチームはプレプリントサーバーbioRxiv.orgで論文を公開することで2、それぞれ独自に知見を発表した(Lynchらの論文は現在、オープンアクセス学術誌eLifeで査読中である)。

Schiffmanのチームは、動物園で死亡した、シマクサマウスからゾウまでさまざまなサイズの哺乳類36種の解剖記録を使って解析したが、体サイズとがん発生率の間に何の相関性も見いだせなかった(飼育されたゾウ数百頭の死亡例に関するSchiffmanらの解析によれば、ゾウの約3%ががんになるという)。

またSchiffmanらは、ゾウがp53タンパク質を大量に産生していることや、ゾウの白血球が電離放射線によるDNA損傷に非常に敏感だとみられることを明らかにした。ゾウの白血球は、ヒト白血球に比べてDNA損傷に高率で応答して、アポトーシスと呼ばれる制御された自己破壊機構を起動するのである。こうしたことから、ゾウの細胞は、DNAが損傷したらそれを修復するのではなく、発生した腫瘍を早めに摘み取るために自身を殺すように進化したのではないかとSchiffmanは考えている。「これは、Petoのパラドックスに対する1つの明快な答えとなります」と彼は話す。

マンモスの遺伝子セット

Lynchのチームは、サンディエゴ動物園(米国カリフォルニア州)から入手したアフリカゾウとアジアゾウの皮膚細胞を調べ、Schiffmanらと同様の結果を得た。Lynchらはさらに、絶滅したマンモス2種にはp53遺伝子が約14コピーあるが、ゾウに近縁な現生哺乳類のマナティーやハイラックス(別名イワダヌキ)には1コピーしかないことも見つけた。Lynchは、現在のゾウにつながる系統が体サイズを拡大するにつれて、p53コピー数が徐々に増えていったのだろうと考えている。ただし彼は、Petoのパラドックスには他の生物学的機構も関与しているとみている。

Lynchのこの見解に、ロンドン大学がん研究所(英国)のがん生物学者Mel Greavesも賛同している。大型動物は成長して体が大きくなるにつれて動作がどんどん緩慢になり、そうすることで代謝速度や細胞分裂の速度を遅くしているのだとGreavesは話す。そして、がんに対する防御機構であっても、できることには限度がある、と彼は付け加える。「もしゾウが喫煙したり劣悪な食餌を取ったりしたらどうなるでしょうか。それでも本当にゾウはがんにならずに済むのでしょうか。そうは思えません」。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Abegglen, L. M. et al. J. Am. Med. Assoc. 314, 1850–1860 (2015).
  2. Sulak, M. et al. Preprint at bioRxiv http://dx.doi.org/10.1101/028522 (2015).
  3. Peto, R., Roe, F. J., Lee, P. N., Levy, L. & Clack, J. Br. J. Cancer 32, 411–426 (1975).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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