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海のプランクトンが雲を作る

Credit: Balakleypb/istock/thinkstock

海洋は、地球表面の3分の2を占めている。海水のほとんどは水と無機塩からなり、組成はかなり均一だ1。一方、海水には有機物もわずかに含まれている。有機物については、場所や時間によって濃度が変化する2こと以外あまり分かっていないが、大気中での氷の形成を促進する重要な成分である可能性がある。このたび、リーズ大学(英国)のTheodore W. Wilsonらの国際共同研究グループは、海面の最表層の数ミリメートル厚の海水層に濃縮される有機物が、大気中の水分を凍らせて氷雲を形成する「氷核生成」と呼ばれるプロセスに不可欠な結晶生成特性を持つことを見いだし、Nature 2015年9月10日号234ページに報告した3。この成果は、今後の気候の予測精度の向上につながるかもしれない。

雲の中での氷の形成は、雨や雪や氷が雲から落下するかどうかや、落下する時と場所を左右することから、一連の降水プロセスの中核をなす過程といえる。気候モデルでは、大気中に存在すると考えられる粒子のタイプや濃度などに基づいて、氷雲発生のタイミングや場所、それに伴う降水を計算する。例えば、氷の核となる粒子が存在しないとき、大気中で水が凍るには、温度がほぼ−40℃まで低下して、湿度も氷に対する相対湿度(その温度での氷の飽和水蒸気圧に対する水蒸気圧の割合)で100%を大きく超えなければならない4,5。しかし、温度や湿度がこうした値に達していなくても、微小な粒子が存在する場合にはそれが核となって氷の形成を促進することがある。この現象は、粒子が過冷却した(凝固点以下に冷えた)水の小滴と接触したり、粒子が過冷却した水の小滴に浸されたり、粒子上に水が凝縮したり、粒子上で水蒸気から氷が直接昇華したりして起こる(図1)。

Wilsonらは今回、北極海や大西洋、太平洋北東部で、海洋の最表層と深さ数メートルの層の海水をそれぞれ採取し、それらの微小な水滴が凍る様子を観察した。その結果、最表層の試料は深さ数メートルの層の試料よりも高い温度で凍結することが分かった。次に、上空での氷雲形成環境を再現して比較したところ、深さ数メートルの層の試料を乾燥させて得られた粒子は、無機塩と同程度の高い相対湿度でなければ凍結を引き起こさなかったのに対し、最表層の試料は陸地由来の塵(効果的な氷晶核)と同程度の低い相対湿度で凍結を引き起こした。最表層の試料に有機物を変質させるような熱処理を行うと、凍結を促す作用は低下した。また、試料に含まれる粒子の大きさをフィルター濾過を用いて測定したところ、最表層水で凍結を促した粒子の多くが0.2 µm未満であることが判明した。さらに、X線顕微鏡などで分析すると、これらの粒子が植物プランクトン(海洋性珪藻)の細胞壁や浸出液などからなるとみられることが分かった。これらの結果は、大気中に塵が少なく、氷を効率的に形成できない場所(あるいは時期)での氷雲形成に、海洋生物由来の有機物粒子が寄与している可能性を示している。

0.2 µm未満という大きさであれば、海洋の最表層に存在する有機物が、海面での泡の破裂により、大気中に粒子として舞い上がると考えられる。こうした粒子が氷雲の形成にこれまでの計算結果よりも大きな影響を及ぼしている可能性がある。Wilsonらが、全球大気シミュレーションにおける海のしぶき由来の粒子の効果を計算するモデル6に、今回測定された海水中の有機物の氷核生成能力を盛り込んだところ、大気中の塵の量が少ない高緯度領域での氷核生成に、海由来の有機物粒子がこれまで考えられていたよりも大きく寄与することが分かった。もしもこの結果が、地球全体の海由来の粒子についても正しいとすれば、気候シミュレーションにおける氷雲の発生状況は、相当変化する可能性がある。Wilsonらのモデルによると、こうした変化が最も顕著なのは、北太平洋や北大西洋、南大洋など、塵をもたらす大陸や砂漠地域が少ない高緯度だという。

図1 雲での氷形成
大気中の氷形成の支配的なプロセスは、高度とともに変化する温度と、氷の飽和水蒸気圧に対する水蒸気圧の比である相対湿度によって決まる。下層の混合相雲(水の小滴と氷粒子からなる雲)では、凍結は、過冷却した水の小滴が氷核生成粒子(氷晶核)と接触するときに最も効率的に起こる。中層の混合相雲と氷雲では、水蒸気が氷晶核に凝縮するか、氷晶核が水小滴に浸されて、氷の結晶ができる。氷の結晶は、氷晶核が過冷却した溶液(例えば塩や有機化合物の溶液)の小滴に浸されたとき、あるいは、氷晶核上への氷の直接の昇華によっても生じる。上層の氷雲は、氷晶核なしに、過冷却した小滴が凍結するか、水蒸気が結晶化することにより、均質にできる氷を含んでいる。Wilsonらは今回、海洋の最表層由来の粒子が、氷晶核として働き得ることを報告した3。(図は、参考文献4と5から改変)

海洋最表層に含まれる物質の氷核生成特性はこれまでほとんど測定されていない。従って、Wilsonらのモデルは必然的に、北極海や北太平洋、北大西洋という限られた場所の試料のデータを全球に拡張したものとなる。そのため、モデルの精度を高めるには、例えば南大洋の表層海水で得られた有機物粒子が、他の緯度の海洋で採取された粒子とどの程度異なるのかを調べる必要があるだろう。また、海由来の有機物と有機物粒子の凍結特性を変化させる季節的要因や生化学的要因を調べることでも、シミュレーションの改善が可能かもしれない。天候や、海洋に存在する利用可能な栄養素の量は年ごとに変動するため、これらが凍結を引き起こす有機物粒子の生成にどのように影響するのか、より長期間にわたる観測を行って評価することも必要だ。

Wilsonらの今回の成果は、今後数十年間に気候がどのように変化するかの予測にも影響するかもしれない。例えば、地球が温暖化すれば、海面付近の大気中での氷雲形成は減少するかもしれないが、同時に、海洋表面での風は強まり、凍結を開始させる海由来の有機物粒子をより多く巻き上げるとも考えられる。この2つの効果は、互いに打ち消し合う可能性がある。一方、植物プランクトンが減少すれば、凍結を促す有機物粒子の生成が減少し、これは氷雲の形成を減らす方向に働くだろう。

Wilsonらの研究はまた、産業革命以前の大気では、有機物を含む海由来の粒子が、天然の氷核生成粒子(氷晶核)の1つであったことを意味している。しかし、海由来の粒子全般については、分からないことがまだたくさんある。例えば、海由来の粒子はどのくらいの量が生成され、そのうちどれだけの割合が氷の凍結を促す有機物なのか。そして、これら2つの量に、海洋表面の風や海洋生態系、海の状態がどのように影響するのか。こうした根本的な疑問に取り組むには、さらなる研究が必要だ。

海面で泡が破裂して粒子が生成されるときに、その大きさと組成がどのような要因で決まるかについてはほとんど分かっていない。その解明にはまず、泡の破裂現象に関係する基本的な物理過程を理解することが不可欠だろう。大気中の海由来粒子の分布を計算する気候モデルを作りたくても、測定結果が限られ、パラメーター化も半経験的な現状では、その基礎ができているとはいえない。大気中の浮遊粒子の現在の分布についての情報は、衛星観測によりいくらか得ることができる。しかし、海洋における粒子の生成機構を理解しなければ、こうした粒子が気候変動にこれまでどのように寄与してきたのかを知り、今後はどのように寄与するのかを予測しようにも、その精度も確実性も乏しいままになってしまうだろう。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151232

原文

Sea-spray particles cause freezing in clouds
  • Nature (2015-09-10) | DOI: 10.1038/525194a
  • Lynn M. Russell
  • Lynn M. Russellは、カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリプス海洋研究所(米国ラホーヤ)に所属。

参考文献

  1. Holland, H. D. The Chemistry of the Atmosphere and Oceans (Wiley, 1978).
  2. Hansell, D. A., Carlson, C. A., Repeta, D. J. & Schlitzer, R. Oceanography 22(4), 202–211 (2009).
  3. Wilson, T. W. et al. Nature 525, 234–238 (2015).
  4. Hoose, C. & Möhler, O. Atmos. Chem. Phys. 12, 9817–9854 (2012).
  5. Wendisch, M. & Brenguier, J.-L. (eds) Airborne Measurements for Environmental Research: Methods and Instruments (Wiley, 2013).
  6. Burrows, S. M., Hoose, C., Pöschl, U. & Lawrence, M. G. Atmos. Chem. Phys. 13, 245–267 (2013).