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心筋の治癒を促すタンパク質Fstl1

哺乳類の健康な心臓組織には、測定できるが、非常に低い再生能しかない1。ヒトの平均的な寿命では、一生のうちに心臓の筋細胞(心筋細胞)の約45%が更新されるが、残りの55%は出生時から存在する細胞である。この割合では、心筋梗塞あるいは心臓発作によって引き起こされる損傷を修復するには十分でないことがよく知られている。実際、梗塞が起こるとその領域を埋めるように繊維芽細胞が増殖し、収縮しないコラーゲン繊維性の瘢痕が形成されるため、心臓のポンプ機能は徐々に低下する。従って、心臓の再生治療ではどんな手法であれ、心筋を適切に治癒できる細胞を(外部の供給源あるいは体内から)損傷部位に持ち込む必要がある2。そうした手法として有望視されているものの1つに、ヒト幹細胞由来の未成熟な心筋細胞を使用するものがあり、現在、精力的な研究が行われている3,4。しかし、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)およびスタンフォード大学医学系大学院(米国カリフォルニア州)のKe Weiらは、幹細胞の利用とは異なる手法を用いて心臓の再生を促進したことを、Nature 2015年9月24日号479ページに報告した5。研究チームは、健康な心臓の心外膜領域に存在する(が、心筋梗塞後には心外膜から消失する)タンパク質Fstl1(follistatin-like 1)に、心臓の再生を誘導する能力があることを見いだし、それを用いたのである。

Fstl1は、これまでの研究から、トランスフォーミング増殖因子-β(TGF-β)ファミリーのタンパク質に結合してその機能を阻害することで、多くの臓器系の発生に関与していることが証明されている6。また、複数のシグナル伝達経路や炎症応答、免疫応答を活性化し、心臓発作から関節炎、肺繊維症、がんまでの広範な疾患に関与してもいる。つまりFstl1は、臓器系により、炎症促進分子7としても、あるいは細胞保護因子8としても機能できるし、免疫応答を誘導することもできるタンパク質なのである6

さらにFstl1は、心臓発生の調節因子として機能することも分かっており9、また心臓虚血(心臓に十分な血液が供給されない状態)、心肥大(心臓の異常な拡大)、末期心不全8の「マーカー」としても知られている。Fstl1のこうした役割は一見、矛盾するように思える。例えば、Fstl1はリン酸化されたキナーゼ酵素のAMPKを介してシグナルを伝達することで、心筋細胞をアポトーシスによる細胞死や肥大から防御するが、TGF-βファミリーに属するBMPのシグナル伝達を阻害することで幹細胞から心筋細胞への分化を抑制する。また、心臓におけるFstl1の存在は梗塞面積の減少と機能的な回復に相関するが、この効果は心筋細胞の形成ではなく、血管の再形成(血管再生)や細胞生存の増強に起因している10

今回Weiらは、Fstl1の生物学的機能の理解につながる新しい知見を示した。彼らの研究から、健康な心臓では、Fstl1タンパク質が発生初期から生涯を通して発現しており、その発現場所は発生初期は心筋であるが、胎児期(妊娠中期)以降は心外膜(心臓壁は外側から心外膜、心筋膜、心内膜の3層からなる)に変化すること、また、心筋梗塞によりFstl1の発現が心外膜から心筋に変化し、この発現の移行が心臓の再生能力を低下させることも観察した。心外膜にFstl1を再び発現させると、損傷を受けた心筋を再生できることがこの研究から分かったことは重要である。

Weiらは、心臓で梗塞が起こった際に心外膜上にFstl1を放出するパッチを置くと、それがFstl1の供給源として機能し、存在している心筋細胞の増殖を促進するのではないかと仮定した(図1)。この仮説を検討するために、心外膜細胞の培養上清(Fstl1を含む)、あるいは細菌のタンパク質発現系から精製したヒトFstl1のどちらかを含むコラーゲンパッチを作製し、心筋梗塞モデルマウスの心臓に貼り付けた。4週間後、パッチを使用した梗塞心臓では、パッチを使用しなかった梗塞心臓よりも、多くの心筋細胞が存在し、心筋マーカー遺伝子の転写も高く、また、心筋細胞の周期的カルシウム濃度変化(心臓のポンプ機能の指標)も大きいことが分かった。外見上では、繊維性瘢痕組織の形成も少なく、梗塞部位の血管再生もより良好だった。これらの知見から、このようなin situでの操作により、存在する心筋細胞の運命を制御することで、細胞移植を行わずに心臓の再生を達成できる可能性が示唆される。

この研究は、発生過程で保存されている調節経路を誘導して心臓の再生を促した素晴らしい例である。大動物モデルでさらなる研究を行い、このような手法が実際に有効であるかどうかを見極める必要があるが(著者らはブタで予備的研究を行ったが、3群に分けた6匹のみ)、今回提案された心外膜でのFstl1発現の再誘導は心筋梗塞治療の全く新しい手法につながる可能性がある。

図1 パッチによる治癒の促進
心筋梗塞(心臓発作)が起こると、心臓の筋細胞(心筋細胞)が大量に消失するので、損傷を受けた部位を適切に再生し、心臓のポンプ機能を回復できるように治癒させなければならない。Weiらは5、タンパク質Fstl1が、通常は心筋(筋肉)を包む心外膜層に発現しており、心筋細胞の増殖を誘導できるが、心筋梗塞後にFstl1の発現が心筋に移行すると、この心形成的活性が喪失することを示した。しかし、梗塞直後にマウス心臓の心外膜にFstl1を含むコラーゲンパッチを使用すると、このタンパク質の心形成的活性が再び誘導され、心筋の再生が起こることが示された。

Fstl1はいまだにほとんど特性が分かっていない謎のタンパク質であるが、今回、心臓病の診断や治療に大きな可能性を秘めていることが示された。ただ、この研究で観察された効果の根幹にある生物学的現象について、疑問も残っている。

興味深い疑問の1つは、梗塞によって誘導された心筋でのFstl1の発現、あるいは実験的に誘導した心筋でのFstl1の過剰発現でさえ、心臓の再生を誘導できないのに、パッチを利用して心外膜でFstl1を発現させると心臓の再生を誘導できるのはなぜか、ということである。著者らも、この結果に矛盾があることは分かっていて、測定した心外膜のFstl1と心筋のFstl1では糖鎖付加の程度(Fstl1に付着する炭水化物分子グリカンの数)に差があり、それによりグリカン構造に差異が生じ、Fstl1の機能に影響を与えているのではないかと考えている。これらの差異が起源細胞特異的であるのかどうか、再生能力に糖鎖付加がどれほど重要であるのか、また、ヒト心臓の再生を誘導できるパッチに必要な特性は何であるのかは、まだ分かっていない。

今回観察された結果を組み合わせるとさらなる疑問も浮かび上がってくる。例えば、心筋のFstl1は心筋細胞を作り出さないが、未成熟な心筋細胞を保護している。一方、パッチによる心外膜に供給されたFstl1は心筋細胞の増殖を増強するが、細胞保護的な働きはしない。Weiらが提案しているように、糖鎖付加が心保護的効果と心形成的効果の間の主要な決定要因であるかどうかを、さらなる研究で調べる必要がある。最後に、この研究から非常に未成熟な心筋細胞だけがFstl1に反応することが示唆された。このFstl1に反応する細胞の遺伝学的な特徴や起源(もともと心臓に存在しているのか、動員されてくるのか)もまだ分かっていない。

これらの疑問解明は、さらに研究を進める動機になると考えられる。また、幹細胞生物学と組織工学の狭間で素晴らしい手法が次々と登場している。ヒト心臓組織の忠実度の高いモデルと今回のような知見を組み合わせれば、量的生物学研究や、新知見を心臓病の治癒を促す治療へとつなげる臨床トランスレーショナル研究が大きく前進するだろう。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151230

原文

A protein for healing infarcted hearts
  • Nature (2015-09-24) | DOI: 10.1038/nature15217
  • Gordana Vunjak-Novakovic
  • Gordana Vunjak-Novakovicはコロンビア大学(米国ニューヨーク州)に所属。

参考文献

  1. Bergmann, O. et al. Science 324, 98–102 (2009).
  2. Laflamme, M. A. & Murry, C. E. Nature 473, 326–335 (2011).
  3. Chong, J. J. et al. Nature 510, 273–277 (2014).
  4. Menasché, P. et al. Eur. Heart J. 36, 2011–2017 (2015).
  5. Wei, K. et al. Nature 525, 479–485 (2015).
  6. Sylva, M., Moorman, A. F. M. & van den Hoff, M. J. B. Birth Defects Res. C 99, 61–69 (2013).
  7. Miyamae, T. et al. J. Immunol. 177, 4758–4762 (2006).
  8. Ogura, Y. et al. Circulation 126, 1728–1738 (2012).
  9. Mercola, M., Ruiz-Lozano, P. & Schneider, M. D. Genes Dev. 25, 299–309 (2011).
  10. van Wijk, B., Gunst, Q. D., Moorman, A. F. M. & van den Hoff, M. J. B. PLoS ONE 7, e44692 (2012).