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わずか6種のタンパク質で染色体凝縮を再現

–– 「染色体の構築」という、生命現象の根幹部分を研究対象とされています。

平野: 光学顕微鏡でも観察可能な細胞分裂は、古くから研究されてきました。19世紀末にフレミングが報告した「分裂直前に現れ、均等に二分される棒状の構造」は、現在では染色体と呼ばれています。ヒトの染色体では、DNAが1万分の1の長さにまで凝縮されていますが、染色体の中にDNAがどのように折りたたまれているのか、いまだに多くの謎が残されています。私が大学院生として研究を始めた頃は、折りたたみの第一段階に当たるヌクレオソームの構造は解明されていましたが、より高次の段階については全く不明でした。一体どのようにして凝縮されているのか、そのメカニズムを知りたいと考えました。

現在の研究の発端は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)への留学時代に、アフリカツメガエルの卵抽出液の実験系を使い始めたことにあります。大量の未受精卵を遠心することで得られる細胞質の濃縮液は、細胞分裂のM期(分裂期)に同調しており、そこにアフリカツメガエルの精子核を投入すると、染色体様の構造に変化することが分かったのです1。この反応は、受精の際に起きる染色体の構造変化の一部を、試験管内に再現したものといえます。さらに、この抽出液はカルシウムを加えることで間期(非分裂期)を誘導することもでき、染色体構築の研究にはもってこいの実験系でした。

–– 卵抽出液中のどの成分が機能したのでしょうか?

図1 コンデンシンIの基本構造
コンデンシンIは5つのサブユニットからなる巨大な複合体。CAP-CとCAP-Eは共にSMCと総称されるATPaseファミリーに属し、互いに結合して特徴的なV字構造をとる。CAP-D2とCAP-G(緑色)は、CAP-H(灰色)を介してSMC二量体に結合する。

平野: まさにそれが、次の研究課題でした。そこで、卵抽出液中で形成される染色体を電気泳動し、バンドとして現れたタンパク質の解析を始めました。すると、DNAを巻いてヌクレオソーム構造を作るヒストンと、2本鎖DNAの絡み合いをほどくトポイソメラーゼIIという既知のタンパク質に加えて、未知のバンドが数本認められました。まず、そのうちの2つについて詳しく調べたところ、互いにアミノ酸配列がよく似ていること、両者がヘテロ2量体を作って分裂期の染色体に結合することが分かりました。さらに、抽出液に抗体を加えて機能を阻害すると、染色体凝縮が起きなくなりました。私たちは、それぞれのタンパク質にCAP-CとCAP-Eという名前をつけ、一連の成果を1994年に発表しました2

その翌年、コールド・スプリング・ハーバー研究所(米国)で研究室を主宰することになりました。そこでは、CAP-CとCAP-Eの構造と機能について、生化学的な解析を進めました3。その結果、これらがさらに別の3つのタンパク質(CAP-D2、CAP-G、CAP-Hと命名)と結合して巨大な複合体を構成していることを突き止め、「コンデンシン」と命名しました(図1)。電子顕微鏡で見るコンデンシンは、それまで誰も見たことのない奇妙な形をしており、この「未知の分子マシン」がどのようにして染色体を凝縮させるのか、夢は広がるばかりでした。

さらに数年後、ヒトの細胞にはもう1つ別のコンデンシン複合体が存在していることを見いだしました。そこで、既知の方を「コンデンシンI」、新たに見つかったものを「コンデンシン II」と呼ぶことにしました4。コンデンシンIIは、V字型のコア二量体部分はコンデンシンIと全く同じでしたが、その他の部分は異なっていました。アフリカツメガエルの卵抽出液を改めて調べてみたところ、ごくわずかですがコンデンシンIIも存在していました。現在では、多くの真核生物が両方のコンデンシンを持っていることが分かっています。ただし、一部の生物(酵母など)は進化の過程でコンデンシンIIを失っています。また面白いことに、ゲノムサイズの大きな生物においてコンデンシンIIの重要性が高い傾向にあることが示唆されています。

–– 今回の論文ではどのようなことに取り組まれたのでしょう?

平野: 卵抽出液の実験系は、何千種類というタンパク質から構成される高濃度の溶液です。この中でいくつのタンパク質が染色体を作るために必要なのか、見当もつきませんでした。そこで、研究員の新冨圭史君の発案で、必要最小限の精製タンパク質を用いた実験系を開発できないかと考えました。

抽出液中で形成された染色体を単離してみると、そのタンパク質組成は驚くほど単純です。ヒストン、トポイソメラーゼII、そしてコンデンシンIの3種です。そこで、これらに「ヒストンをうまく働かせる」ヒストンシャペロン2種を加え、計5種の精製タンパク質を準備しました。精子核をこの5種と混ぜれば、凝縮した染色体が構築されるのではないかと期待したのです。

–– 染色体ができたのでしょうか?

平野: いいえ、完全に失敗に終わりました。何かが足りなかったのです。長い試行錯誤の後、「卵抽出液を生化学的に分画し、活性を持つ分画を精製する」という古典的な手法をとることにしました。一筋縄ではいきませんでしたが、最終的に「FACT」と呼ばれる別のヒストンシャペロンにたどり着きました。そして、先の5種に精製FACTを加えると、今度は、精子核がきれいに凝縮しました5。論文発表時には、「たった6種のタンパク質で染色体ができるのか!」と驚きの声があがりましたが、私たちの結論は、これまでの知見をきれいに統合する、大変理解しやすいものだったと思います(図2)。

図2 試験管内で染色体を再構成
精子クロマチン(ヒストンH3-ヒストンH4を含む)を、ヒストンH2A-ヒストンH2Bと2種のヒストンシャペロン(NpmとNap1)と混ぜると、ヌクレオソームが形成されバナナ状のクロマチンができる。ここに、トポイソメラーゼIIともう1つのヒストンシャペロンFACTを加えると、雲状のクロマチンへと変換する。最後に、リン酸化されたコンデンシンIを加えると、線維状の染色体様構造が再構成される。以上6種のタンパク質のうちいずれか1つが欠けても、染色体は形成されない。

6種を同定できたのは大きな一歩でしたが、これは必要最小限のコンポーネントに過ぎません。さらに付加すべき因子がないか今後も検討を続ける予定です。また、それぞれのタンパク質の分子レベルでの機能も理解しないとなりません。特に、コンデンシンIがヌクレオソーム線維に対してどのように働くのかという未解決の問題に力を入れています。

–– 疾患との関連や、成果の医療応用はどうでしょうか?

平野: コンデンシンは細胞の増殖に不可欠なので、その機能を完全に欠損すると個体を形成できません。ただし、ごくわずかな制御異常が何らかの疾患に関与する可能性はあります。実際に、ある種のがん細胞ではコンデンシン遺伝子に変異が蓄積されやすいことや、小頭症の責任タンパク質の1つがコンデンシンIIの制御因子であることなどが報告されています。

今回発表した「染色体の再構成系」は、精子核が卵に侵入したとき、つまり受精時に起きる反応の一部を試験管内で再現しているともいえます。もしかしたら、精子に同様の前処理を施すことで人工授精の効率を上げることが可能かもしれません。また、iPS細胞やES細胞のクロマチン制御の理解にも役立つ可能性があります。ただし、私自身は基礎研究に徹して、自ら発見したコンデンシンの分子メカニズムの解明をライフワークにしたいと考えています。

–– ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

平野 達也(ひらの・たつや)

理化学研究所 平野染色体ダイナミクス研究室 主任研究員。1989年、京都大学大学院理学研究科 博士過程修了。理学博士。米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校のポスドクを経て、1995年よりコールド・スプリング・ハーバー研究所で研究室を主宰。2003年、同教授。2007年より現職。

平野 達也氏

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151228

参考文献

  1. Hirano, T. & Mitchison, T. J. Cell Biol. 120, 601–612 (1993).
  2. Hirano, T. & Mitchison,T. J. Cell 79,449–458 (1994).
  3. Hirano, T. et al. Cell 89, 511–521 (1997).
  4. Ono, T. et al. Cell 115, 109–121(2003).
  5. Shintomi, K., Takahashi, T. S. & Hirano, T. Nature Cell Biology 17, 1014–1023 (2015).