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硫化水素が最高温度で超伝導に

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2015.151111

原文:Nature (2015-08-20) | doi: 10.1038/nature.2015.18191 | Superconductivity record sparks wave of follow-up physics

Edwin Cartlidge

ごくありふれた物質が、これまでで最も高い温度で超伝導状態になることが分かった。最高温度の更新は21年ぶりで、この意外な実験結果に今、追試や理論研究が次々と行われている。

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ktsimage/istock/Thinkstock

硫化水素(H2S)が、これまでで最高の203K(-70℃)という温度で、電気抵抗がゼロの「超伝導状態」になることを、マックス・プランク化学研究所(ドイツ・マインツ)のMikhail Eremets、Alexander Drozdovらが発見し、Nature 2015年9月3日号に報告した1。H2Sは腐った卵の臭いの原因であり、火山ガスにも含まれる、ありふれた化合物である。今回の発見は、これまでの超伝導転移温度を大きく上回る新記録であることに加え、従来の高温超伝導体とは全く異なる物質で確認されたこと、高い転移温度が望めないと考えられていた機構で実現しているとみられることから、大きな注目を集めている。

研究者たちは長い間、室温で超伝導になる物質を探し求めてきた。今回の研究は、この大きな目標への確実な一歩といえよう。Eremetsらの最初の報告は、2014年12月にarXivプレプリントサーバーに投稿され2、2015年6月には追加報告が投稿されている3。これら2つの報告は、今回のNature論文の掲載前からすでに、高温超伝導研究者たちの間に興奮の渦を巻き起こしており、研究者らは先を競って追試と理論研究を進めている。

テキサス大学ダラス校(米国)の物理学者Fan Zhangは、「まさに歴史的な発見です。影響は広範囲に及ぶでしょう」と話す。室温超伝導が実現すれば、発電や送電に革命をもたらし、医用撮像装置に使われている巨大な超伝導磁石など、すでに実用化されている超伝導技術の利用も促進されるだろう。Nature論文と同時に掲載された解説記事「News & Views」の中で、米国海軍研究所(ワシントンD.C.)のIgor Mazinは今回の発見を「超伝導体の究極の目標」と表現している4

Eremetsらが今回、H2Sを超伝導の研究対象に選んだのは、比較的扱いやすく、超伝導に有利とみられる軽い水素原子を含み、約80Kという高い転移温度を持つと最近になって理論的に予測されていたためだった。そして、圧力と温度をさまざまに変化させて調べた結果、この物質が、約150GPa(約150万気圧)という超高圧下で、203K以下に冷却すると、「電気抵抗がゼロになる現象」と「マイスナー効果」という超伝導の典型的な特徴を示すことが分かったのである。マイスナー効果とは、超伝導体に磁場を加えたときに磁力線が超伝導体の内部に侵入せず、内部の磁場がゼロになる現象で、超伝導体以外の物体では見られない。

これまでにない従来型

この結果に、他の科学者たちは強い関心を寄せている。グラーツ工科大学(オーストリア)の物理学者Christoph Heilはその理由について、「今回の高温超伝導は、銅酸化物のような特殊な超伝導体を使わずに達成されたことが重要です」と説明する。これまでの超伝導転移温度の最高記録は、1気圧では133K(-140℃)、高圧では164K(-109℃)で、いずれも銅酸化物によるものだった。

超伝導は当初、数十Kという低温でしか確認されていなかった。その機構については後に、結晶の格子振動を介した電子間引力により、電子が「クーパー対」と呼ばれる安定な電子対を形成するためであることが明らかになったが、こうした「従来型」の超伝導体の転移温度は30〜40K程度までと予測されていた。そんな中、銅酸化物で桁外れの転移温度が記録され、その機構は格子振動に起因するクーパー対では説明が付かなかったことから、超伝導には別の機構も存在するらしい、と考えられるようになった。その後、従来型ではない別の物質でも高い転移温度が確認され、高温超伝導はこうした「非従来型」の特殊な超伝導体でしか起こらないという認識が広まった。ところが今回、転移温度の最高値を記録した高圧下のH2Sは、こうした予想に反して従来型の超伝導体であるらしいのだ。ピエール・マリー・キュリー大学(フランス・パリ)のMatteo Calandraらは早速、今回のH2Sの高温超伝導が、格子振動に起因する従来型の低温超伝導理論を改良することで説明できることを理論計算で見いだし、2015年4月にPhysical Review Lettersに報告している5

しかしながら、Eremetsらの今回の結果が独立した研究チームによって実験的に再現されるまでは、こうした理論解析はあまり意味がないと考える研究者もいる。現在、複数の研究グループが再現実験に取り組んでおり、その1つに大阪大学大学院基礎工学研究科の清水克哉の研究チームがある。清水の研究チームは、Eremetsらと協力して超伝導状態のH2Sの結晶構造を放射光を使って明らかにし、arXivに投稿した6ほか、独立に高圧下のH2Sで電気抵抗がゼロになることを確認した。しかし、マイスナー効果についてはまだ観測を試みていないという。また、Natureのニュースチームが連絡を取って調べたところ、2015年8月20日現在、中国の3つの研究グループと米国の1つの研究グループが追試を行っているが、いずれのグループもまだ電気的効果も磁気的効果も確認できていないという。これに対して清水は、「今回の高温超伝導を実現するには、まず低温にした上で、そこから圧力をかけるという手順が必要なのですが1、他のグループはこの手順に従っていないのかもしれません」と指摘する。

こうした再現実験を通してEremetsらの結果が実証されれば、硫黄(S)の代わりに、例えば白金(Pt)、カリウム(K)、セレン(Se)、テルル(Te)などが水素と結合した化合物も高温超伝導体の有望な候補になるかもしれない、と見られている。一方、Zhangと北京理工大学(中国)のYugui Yaoらは、H2Sの硫黄(S)原子の7.5%をリン(P)で置き換えて、圧力を250GPaに上げれば、超伝導転移温度を280Kまで押し上げることができるかもしれない、と予測している7。ここまで転移温度が上がれば、273.15Kという水の凝固点をも超えることになる。Eremetsらはすでにホスフィン(PH3)で実験を行っており、200GPa以上で100K以上の超伝導転移温度を観測した8

(翻訳:新庄直樹、編集:編集部)

参考文献

  1. Drozdov, A. P., Eremets, M. I., Troyan, I. A., Ksenofontov, V. & Shylin, S. I. Nature 525, 73–76 (2015).
  2. Drozdov, A. P., Eremets, M. I. & Troyan, I. A. Preprint at http://arxiv.org/abs/1412.0460 (2014).
  3. Drozdov, A. P., Eremets, M. I., Troyan, I. A., Ksenofontov, V. & Shylin, S. I. Preprint at http://arxiv.org/abs/1506.08190 (2015).
  4. Mazin, I. I. Nature 525, 40–41 (2015).
  5. Errea, I. et al. Phys. Rev. Lett. 114, 157004 (2015).
  6. Einaga, M. et al. Preprint at http://arxiv.org/abs/1509.03156 (2015).
  7. Ge, Y., Zhang, F. & Yao, Y. Preprint at http://arxiv.org/abs/1507.08525 (2015).
  8. Drozdov, A. P. et al. Preprint at http://arxiv.org/abs/1508.06224 (2015).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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