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無痛のスマートインスリン・パッチ登場!

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2015.151133

原文:Nature (2015-08-06) | doi: 10.1038/524039a | Diabetes: A smart insulin patch

Omid Veiseh & Robert Langer

血糖値の上昇を感知してインスリンを放出するよう設計された小型のパッチが開発された。このパッチには微細な針がたくさん付いているが、皮膚に貼り付けても痛くないという。実用化すれば、インスリン注射が必要な糖尿病患者の苦痛や不便さを解消できそうだ。

世界の糖尿病患者数は2億8000万人を超えており、糖尿病は21世紀最大の医療課題の1つとして広く認識されている1。糖尿病患者は、血糖値(血液内のグルコース濃度)を毎日自分で測定し、血糖値を正常範囲に維持するために適切な量のインスリン(血糖降下作用のあるホルモン)を皮下注射しなければならない2。この血糖値の調節法は、軽微ながらも痛みを伴い煩わしいだけでなく、正確さに欠ける上、差し迫った生理的要求に応じたインスリン投与量を厳密に調節しなければ深刻な問題が起こり得るなどの欠点があるため、改善が求められてきた3。このたびノースカロライナ大学チャペルヒル校(米国)のJicheng Yuらは、血糖値が上昇するとインスリンを放出するグルコース応答性マイクロニードルパッチを開発し、Proceedings of the National Academy of Sciences 2015年7月7日号で報告した4。このパッチには多くの微細な針(マイクロニードル)が取り付けられているが、皮膚に貼付しても痛くないという。

血糖値上昇に応じて自動的にインスリンを放出するグルコース応答性のインスリン療法は「スマートインスリン」と呼ばれ、病状管理を改善するとともに、インスリン過剰投与による過度の血糖値低下という致命的影響を抑制することができると期待されている3。この治療法が膵臓のように患者の生理的要求を正確に反映するものになるためには、高血糖値に直ちに応答し、健康な膵臓のインスリン分泌動態によく似た動態でインスリンを放出する仕組みが求められる。

スマートインスリン療法の1つに、マイクロコンピューター制御のインスリン送達システムを利用したものがある。このシステムは、体内に埋め込み可能な持続血糖モニター(CGM)と自動ポンプを組み合わせたもので、皮下に挿入したカニューレチューブを通してインスリンを投与する仕組みだ。このインスリン送達システムは、現在臨床評価中だが、規則的に目標の血糖値を達成するのに役立つことが分かっている5,6。しかし、携帯型血糖計(一般的には指先に針を刺し採血する)を使ってCGMのセンサーを1日に何度も較正しなければならない上、測定した血糖値は実際の血糖値よりも5~15分遅れた値となってしまうため、正常範囲を維持することが難しい3。また、このシステムはポケベル程度の大きさがあり、埋め込まれたセンサーとカニューレにより感染リスクが増大する他、体内の免疫応答に対抗すべく頻繁にメンテナンスと交換を行う必要があるため、患者は不便さ、不快感、負担を強いられる3

図1 グルコースを感知してインスリンを放出するマイクロニードルパッチ
Yuら4は、121本の微細な針を備えたスマートインスリン・パッチを開発した。皮膚にパッチを貼り付けると針が皮下細胞間の間質液に押し込まれるが、痛くはないという。それぞれの針には、インスリンとグルコースオキシダーゼ(グルコースを感知して酸化し、グルコン酸に変換する酵素)を低酸素応答性ポリマーで包んだ構造のナノ粒子が埋め込まれている。グルコース濃度の増加に応答してグルコースオキシダーゼの活性が高まると、ナノ粒子内の酸素が消費されて低酸素環境が生じる。これを低酸素応答性ポリマーが感知すると、ナノ粒子が分解され、インスリンが放出される。 | 拡大する

Yuらが開発したマイクロニードルパッチは、大きさが6 mm2で、121本の円錐形の針が取り付けられている。針の半径は根元で150 µmだが先端部は10 µmで、針の長さは600 µmだ。針には、Yuらが設計したナノ粒子が埋め込まれており、それぞれのナノ粒子はインスリン、グルコースオキシダーゼ、そしてこれらを包むヒアルロン酸ベースのポリマーの3成分からなる。グルコースオキシダーゼは、グルコースを酸化してグルコン酸に変換する酵素で、変換過程でナノ粒子内の酸素を消費する。すると、低酸素環境に反応して変形するよう設計されたポリマーが分解し、インスリンが放出される。この系では、グルコースオキシダーゼがグルコースセンサーとして、ポリマーがインスリンを放出するアクチュエーターとして機能する。

皮膚にパッチを貼付すると、皮下の細胞周囲の間質液中にマイクロニードルが押し込まれる。血糖値が高いと、グルコースオキシダーゼの酵素活性が高まり、ナノ粒子内に局所的な低酸素環境ができる。これが引き金となってナノ粒子が分解され、インスリンが放出される仕組みだ(図1)。Yuらは、こうした化学的手法を用いることによって、グルコースに応答して素早くインスリンを放出するシステムが実現でき、患者の要望に応えられるのではないかと考えた。

Yuらは、パッチがグルコースに対してきちんと応答してインスリンを放出すること、またグルコースオキシダーゼの濃度を変えることによってインスリン放出速度を調節できることを確認した。さらに、糖尿病マウスモデルを使った生体内試験を行い、1枚のパッチで血糖を効果的に調節できることを明らかにした。マウスに過剰なグルコースを投与すると、パッチは予想どおり応答してインスリンを放出し、血糖値は30分以内に正常範囲まで低下した。最も重要なのは、血糖値が正常値に達するとパッチはインスリンの放出をやめることだ。この特性により、過度な低血糖に起因する合併症リスクを効率よく最小限に抑えることが可能となる。研究チームは最後に、糖尿病マウスにパッチを連続して貼付し、長期的な血糖補正が可能であることを示した。

マイクロニードルパッチは、注射を必要とするあらゆる治療法に代わる魅力的な代替法となる7。研究者らは、現在、ワクチン接種、遺伝子治療、定期的な投与を必要とするホルモンの送達などに、マイクロニードルパッチの利用を検討している。Yuらの研究で革新的なのは、血糖値に応じた量のインスリンをマイクロニードルから放出できることである。この手法の臨床利用の可能性を確認するためには、大型の動物を使った研究やインスリン放出速度の詳細な解析が必要だ。また、患者がこのパッチを使用できるようになるまでには、パッチの各成分に繰り返しさらされることによって起こり得るあらゆる免疫反応の評価が必要だろう。とはいえ、今回のマイクロニードルパッチ技術がグルコース応答性インスリン送達システムの開発に有望であることは明らかだ。

現在、糖尿病に対する根本的治療法はない。従って、Yuらが開発したような、安全かつ簡単な症状管理に役立つ技術が早急に必要とされている。根治の可能性を秘めた別のアプローチとして、膵臓のβ細胞(正常な血糖値を維持するためにグルコースを感知してインスリンを分泌する細胞)を置換もしくは再生する技術が芽生えつつある8Natureダイジェスト2015年1月号「幹細胞から成熟β細胞の作製に成功」参照)。実際、β細胞置換技術の開発や、受容者への安全で効果的な移植を可能にする技術の開発に向けて大きな進歩が見られている。だが、こうした根本的治療法が確立されるのは、おそらくずいぶん先のことだ。それまでの間は、安全で痛みのない効果的な症状管理方法が大いに歓迎されるはずである。

(翻訳:藤野正美)

Omid VeisehとRobert Langerはマサチューセッツ工科大学およびボストン小児病院に所属。

参考文献

  1. Shaw, J. E., Sicree, R. A. & Zimmet, P. Z. Diabetes Res. Clin. Pract. 87, 4–14 (2010).
  2. American Diabetes Association. Diabetes Care 36 (Suppl. 1), S11–S66 (2013).
  3. Veiseh, O., Tang, B. C., Whitehead, K. A., Anderson, D. G. & Langer, R. Nature Rev. Drug Discov. 14, 45–57 (2015).
  4. Yu, J. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 112, 8260–8265 (2015).
  5. Russell, S. J. et al. N. Engl. J. Med. 371, 313–325 (2014).
  6. Skyler, J. S. Nature Rev. Endocrinol. 11, 75–76 (2015).
  7. Schoellhammer, C. M., Blankschtein, D. & Langer, R. Expert Opin. Drug Deliv. 11, 393–407 (2014).
  8. Dolgin, E. Nature Med. 20, 9–11 (2014).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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