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免疫機構に検知されない薬物運搬ナノ粒子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2015.151105

原文:Nature (2015-09-16) | doi: 10.1038/nature.2015.18380 | Nanoparticles disguised as blood-cell fragments slip past body’s immune defence

Elizabeth Gibney

血小板の細胞膜を身にまとった薬物運搬用のナノ粒子が開発された。このナノ粒子は、免疫機構を回避できる上に血小板の特徴も備えており、血管損傷部位に集積したり、細菌を効率的に吸着したりすることが可能だ。

血小板の細胞膜で被覆したナノ粒子の電子顕微鏡写真。バーは100nm、 | 拡大する

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体の免疫系をかいくぐることのできる新しい薬物送達法が、Nature 2015年10月1日号に報告された1。薬を閉じ込めたナノ粒子を血液成分である血小板に見えるように偽装するのだ。

今日の薬物運搬用の人工ナノ粒子はプラスチックや金属で作られており、体内の特定領域を狙って積み荷を届けるように設計することができる。しかし多くの場合、体には生来的な防御システムが備わっているため、そうした粒子は外部からの侵入者と見なされて攻撃され、排除されてしまう。

今回開発された偽装ナノ粒子は、免疫機構による検出を逃れるのみならず、血小板にもともと備わっている特性を利用しており、細菌感染の治療や損傷血管の修復を従来の薬物送達法よりも効果的に行うことができる、と研究チームは論文中で述べている。この研究チームを率いるのはカリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の張良方(Liangfang Zhang)だ。

張らは、生分解性ポリマーPLGAでできた直径100nmの粒子を、ヒトの血小板から採取した膜で覆った(血小板は血液中に存在する細胞で、組織が損傷した部位に蓄積して血液凝固を開始させる)。研究チームによれば、このナノ粒子が免疫系から逃れられるのは、血小板を偽装しているからだという。

この分野の研究者たちはこれまで、ナノ粒子に血小板の膜の重要な成分を付着させることで免疫による攻撃をかわそうと試みてきた。特に注目されていたのは、血小板のCD47タンパク質だ。ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)のナノ工学者Dennis Discherによれば、CD47は体の免疫系に対し「私を食べないで」というシグナルを発しているのだという。一方、張らが今回開発したナノ粒子はこれまでで最も完璧に近い膜タンパク質のセットを備えていると話すのは、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院(米国マサチューセッツ州ボストン)の医師でありナノ技術者でもあるOmid Farokhzadだ。彼は、News & Views記事2で今回の論文を解説している。

偽装した刺客

血小板の細胞膜に包まれたナノ粒子には、免疫機構の回避以外にも利点がある。例えばメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの細菌は、血小板に張り付くことができ、その特徴を利用して、免疫系の攻撃を逃れている。つまりこの類の細菌は偽装ナノ粒子と相互作用しやすいのである。血小板は、体内で組織の損傷が生じている特定の領域にも引き寄せられていく。

カリフォルニア大学サンタバーバラ校(米国)の化学工学者Samir Mitragotri(彼は今回の研究には加わっていない)も、このナノ粒子が血小板にもともと備わっている固有の能力を利用していることを指摘した上で、「これはとても革新的な手法です」と話す。

張らの研究チームは、偽装ナノ粒子に抗生物質を搭載し、これをMRSA感染マウスに静脈内投与したところ、肝臓と脾臓では、薬物送達ナノ粒子を使わずに抗生物質を投与したマウスと比較して、MRSAの細菌集団が1000分の1に減少した。このときの抗生物質の投与量は、薬物送達ナノ粒子を使わない対照群のわずか6分の1だった(他の臓器でも従来の投与法を上回る効果があったが、これほどの差は認められなかった)。

研究チームはさらに、血小板が損傷した血管に集積しやすい性質を利用した実験も行っている。ドセタキセルと呼ばれる血管壁などの平滑筋細胞の増殖を抑制する薬物を偽装ナノ粒子に搭載し、損傷を受けた動脈壁の過剰な肥厚(手術後に発生することがあり、血管の狭窄などの問題を引き起こす)を抑制できるかどうかを調べたのだ。血管損傷を有するラット(冠動脈再狭窄の実験的ラットモデル)にこのナノ粒子を静脈内投与することで、ナノ粒子はラットの健常組織よりも損傷部位に高濃度で集積した。そして、この送達法によるドセタキセル治療は、ナノ粒子を使わずに薬物を投与した場合よりも効果が高いことが示された。

マクロファージと呼ばれる免疫系の細胞は損傷部位にも集積するため、これまでの人工ナノ粒子の多くは、送達できても破壊されてしまうのが一般的だったが、この偽装ナノ粒子の多くはマクロファージの攻撃を回避して損傷部位に高用量の薬物を送達できる点がすばらしいと、Discherは説明する。

疑問符

ただ、投与したナノ粒子のうち一部は損傷部位に集積が見られたが、大部分は短時間のうちに肝臓と脾臓に集積している。そのため、このナノ粒子の偽装能力に疑問を抱いている人もいる。コペンハーゲン大学(デンマーク)でナノ工学医薬を専門とするMoein Moghimiは、「これらの臓器では、多数のナノ粒子が免疫機構によって捕捉されている可能性があります」と話す。彼は、ナノ粒子に対する体の免疫応答について、より厳密な試験を行う必要があると考えている。

張らの研究チームは今後、さらに大量の偽装ナノ粒子を作製し、大型動物での試験を経た後に、ヒトでの試験を開始する計画だという。血小板は、細菌以外に血中のがん細胞の周囲にも集積する傾向があるため、偽装ナノ粒子ががんの攻撃に利用できるかどうかもこれから調べる予定だ。

人工成分と生物由来成分とを組み合わせたハイブリッドナノ粒子による治療法の開発は、長くて多難な道のりだろう、とFarokhzadは予想する。たが、「これは信じるに足る技術かと言われれば、その答えはもちろんイエスです。大いに期待できると思いますよ」と自信を見せる。

(翻訳:小林盛方)

参考文献

  1. Hu, C-M. J. et al. Nature 526, 118–121 (2015)
  2. Farokhzad, O. C. Nature 526, 47–48 (2015)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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