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超音波で線虫の脳細胞をスイッチオン

微小気泡を加えた培地上ではい回る線虫に超音波を照射すると、Ω(オメガ)のような形に体をくねらせ、反対方向にはい始めた。 Credit: REF.1

2015年9月15日、神経科学者のチームが超音波を使って線虫の個々の脳細胞を刺激することに成功し、Nature Communicationsに報告した1。ソーク 生物学研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の神経生物学者Sreekanth Chalasaniの率いるチームは、「音遺伝学(Sonogenetics)」と名付けたこの技術の応用で、ラットなどのより大きい動物のニューロンも活性化できるのではないかと期待している。

音遺伝学では、機械刺激を感知し伝達する「チャンネル」として働くタンパク質であるTRP-4を利用している。TRP-4を遺伝子工学的に挿入した特定のニューロンに超音波パルスを当てるとチャネルが開き、イオンの流入によって活性化するわけだ。

Chalasaniによれば、超音波を使って特定の細胞タイプあるいは個別のニューロンを刺激する方法は、電極や光ファイバーケーブルを移植する方法よりも侵襲性が低いだろうという。「私たちは、強度の異なる超音波それぞれに対して特異的に反応するチャネルを複数作成し、ツールとして利用可能にしたいと考えています」とChalasaniは言う。

「素晴らしく斬新なアイデアであるばかりか、彼らは実際に、このアイデアが実行可能であることを示してくれました」とテキサス大学オースティン校で線虫の一種Caenorhabditis elegansの研究をしている神経科学者、Jon Pierce-Shimomuraは言う。「今回の成果によって、遺伝学的なコードで記述可能な手段を介して非侵襲的に神経系を操作するための、全く新しい道が開けるかもしれません」。

細胞を照らす

この研究は光遺伝学の足跡を追うものだ。光遺伝学は10年ほど前から使われるようになった人気の高い手法で、ニューロンを遺伝子工学的に改変して光による活性化を可能にする。光遺伝学では光感受性のチャネルタンパク質をニューロンに挿入する。光ファイバーケーブルなどを介して脳に送られてきた特定の色の光を浴びるとチャネルが開き、イオンを細胞内へ流入させる(Natureダイジェスト2013年8月号「革命的な科学の手法を生み出す男」参照)。

アリゾナ州立大学(米国テンピ)で超音波脳刺激を専門にしている神経工学者William Tylerは、「音遺伝学が光遺伝学に取って代わることはないでしょうが、この論文で、新たな手法がもたらされたといえるでしょう」と述べる。

超音波は長い間、医療で用いられてきた実績がある。低出力超音波は医師による胎児や心機能のモニタリングに、高出力超音波パルスは病変組織の加熱・破壊に利用されている。そのため、動物だけでなくヒトにも使える非侵襲的な脳・神経刺激法として、近年、超音波の使用に研究者たちの関心が集まっているとTylerは言う。彼の研究チームは、この分野の研究報告の先駆けの1つであるヒトでの超音波脳刺激に関する論文を、2014年にNature Neuroscienceで発表している2

以前の研究では、脳の特定の領域を刺激していた。今回、我々は音遺伝学により特定の細胞タイプあるいは個別のニューロンを標的にできることを証明したとChalasaniは説明する。彼のチームは、イオンチャネルTRP-4が線虫の超音波振動の感知に重要な役割を果たすこと、そしてこのチャネルを操作すれば劇的な効果を引き起こせることを見いだしたのだ。

超音波は空気中を伝わりにくいことから、研究者たちはまず、線虫を置いた培地入りのペトリ皿を水槽に入れ、一部が水に浸かるようにした。次に、水中の装置から短い超音波バーストを送るのだが、振動に共鳴しているペトリ皿の培地表面には、低圧力波を増幅するための微細な脂質の気泡が加えられている。

自由にはい回っている線虫にはそれぞれ、異なる機能を持つニューロンにTRP-4タンパク質が挿入されている。短い低圧力超音波パルスを送ると、挿入されたニューロンに応じて方向転換、方向転換の停止、頻回で急激なターンをするのが観察された。

大きな野望

究極的には、この技術を他の動物でも使えるようにしたいとChalasaniは考えている。現在マウスでこのシステムを試験するための準備を進めているが、マウスは自然状態ではTRP-4チャネルを産生しないため、このタンパク質がどのようにふるまうのか、またもっとうまく機能する他のイオンチャネルが存在するのかも不明だ。

だが、Chalasaniのチームは、手掛かりをいくつか見つけている。線虫で少なくとももう1つ別のイオンチャネル(今回のほとんどの実験で用いた超音波よりもわずかに高い圧力の超音波に反応する)を見いだしたのだ。この発見により、用途に応じて異なるイオンチャネルを選択するやり方はもちろんのこと、イオンチャネルを個別に遺伝子操作することすら可能となり得る、と彼は言う。

たとえ音遺伝学が基礎研究で広く使われるようになったとしても、イオンチャネルの発現を遺伝的に操作するという壁があるため、ヒトへの応用は制限される可能性があるとChalasaniは指摘する。「光遺伝学と音遺伝学、どちらの分野にも、『いかにしてこのチャンネルを安全に、標的細胞あるいは細胞タイプに送達し、組み込むのか』という難題が立ちはだかっています」。

しかしTylerは、音遺伝学をヒトで利用するのに、この技術の前提とされている侵襲的な遺伝子操作は不要かもしれないとも考えている。ニューロンは、遺伝子操作されたものであろうとなかろうと、タイプによってチャネルタンパク質や物理的構造が異なっている。このため、異なる超音波パルスシーケンスに対して生来的に感受性を持っている可能性がある。もしそうであれば、超音波によって制御できる可能性もあるのだ。

「この論文は、実に魅力的な可能性を切り開いてくれたのです」とTylerは語る。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151104

原文

Worm’s brain cells switched on with ultrasound
  • Nature (2015-09-15) | DOI: 10.1038/nature.2015.18368
  • Helen Shen

参考文献

  1. Ibsen, S., Tong, A., Schutt, C., Esener, S. & Chalasani, S. H. Nature Commun. 6, 8264 (2015).
  2. Legon, W., et al. Nature Neurosci. 17, 322–329 (2014).