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脳の小断片の3D画像化に成功

マウス脳の微小片のこの3Dマップでは、個々の神経細胞のパーツが可視化されている。 Credit: N. KASTHURI ET AL./CELL (2015)

ピースをつなぎ合わせて、汗の一粒よりもはるかに小さい微小組織片の構造を再構築するのに6年かかると言ったら、とても長い時間のように思われるかもしれない。しかしそれが、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の細胞生物学者Jeff Lichtmanの率いる研究チームが、哺乳動物の新皮質組織の一片を初めて完全に再構築するのに要した時間なのである。

この再構築結果1は、本質的には3Dデジタルマップである。1500µm3(1µmは10-3mm)の組織片中にある個々の細胞の全てのパーツの詳細と相対的位置を見ることができるようになっており、生物学者たちにとって脳が機能する仕組みを明らかにする助けとなるはずだ。

ヒトの脳全体を再構築することは、神経科学者たちの最終目的の1つである。だが、ヒトの脳が約1000億個の細胞からなっていることを考えると、今回の研究成果はそれには遠く及ばない。これに対しアレン脳科学研究所(米国ワシントン州シアトル)の所長のChristof Kochは、脳の再構築に関係しているさまざまな技術はこの先の10年間に「すさまじく」スピードアップするであろうと述べる。「私は今回の成果を、非常に胸躍る約束手形のようなものと考えます」とKoch。

Lichtmanのチームは、1mm3の齧歯類の新皮質を再構築するというさらなるチャレンジを視野に入れている。これは今回の成果の60万倍以上の大きさの組織だ。研究者たちはこれをあるコンソーシアムの研究の一環として行うことになる。このコンソーシアムは2015年7月に、ハイリスクだが利益率の高い研究を促進する米国の情報機関の研究部門IARPA(Intelligence Advanced Research Projects Activity;情報高等研究計画活動)から研究資金提供の予備承認を得たのだ。

シナプスの詳細を捉える

新皮質はいちばん最近進化した脳の領域で、神経科学者たちがとりわけ強い関心を寄せている場所である。新皮質の機能は、他の脳領域と同様、個々のニューロンがシナプスと呼ばれる構造を介してどのようにお互いに連結し合うかによって決まる。シナプスは電子顕微鏡でしか観察できないほど小さいが、化学的あるいは電気的シグナルの細胞間の伝達を担っており、動物が周りの環境に適応するときに除去されたり新たに作られたりする。

これほど詳細なレベルでの再構築には、多くのステップからなる手順が必要とされた。まず、体性感覚野と呼ばれるマウスの新皮質領域をダイヤモンドの刃で切って、数千枚の切片にする。次に、それらの切片を連続的に24時間に1000枚の速度で、1本の長い帯状の特殊なプラスチックテープにのせて巻き取っていく。その後、得られた各切片を高分解能走査電子顕微鏡により画像化する。この顕微鏡は、シナプス中にある、神経伝達物質と呼ばれる化学シグナル分子を含む微小な小胞さえも捉えることができるほどの性能を備えている。

この組織小片を再構築するために、チームは、2つの隣接するニューロンの指のような形をした樹状突起の周囲に最も高い分解能で狙いを定めた。彼らは、それぞれの切片のデジタル映像を、各細胞のパーツが隣接した切片画像上のそれらの位置と一致するように並べた。たくさんの異なる切片を通して個々の細胞をたどるため、彼らはコンピューター・プログラムを開発し、自動的にあるいは研究者の入力により、全ての細胞に特定の色を割り当ててそれぞれを追跡した。

使われた組織の体積は細胞全体を含めるには小さすぎたが、およそ1700個のシナプスとともに、1600個以上のニューロンと少なくとも6種類の異なるタイプの他の脳細胞の各断片が含まれていた(この情報は現在、科学者たちが自由に閲覧できるよう公開されている)。

機械学習に活用する

この再構築によって、ある1つの特徴が明らかになった。これまで一部の神経科学者が予想していたのとは違い、1個のニューロンはただ物理的に近くにあるからといって別のニューロンとシナプスを形成するわけではないということだ。つまり、ニューロンは明確に特定の隣人を選んでいる。この特徴はすでに網膜と海馬で観察されており、どちらの領域も新皮質より進化的に古い。こうした選択性を授けるものは何だろう? その答えは、現在進行中の各シナプスの分子成分を明らかにするための研究から分かるかもしれない、とエディンバラ大学(英国)の神経科学者Seth Grantは言う。

Lichtmanのチームは現在、生後6日のマウスから採取した同様のサイズの皮質の再構築を行っており、シナプスが発達のより初期の段階でも同じようにふるまうかどうかを調べようとしている。また、外科手術で採取されたヒトの脳の一部を再構築することにも取り組んでいる。

このような再構築は、脳についての我々の理解を深めることに加えて、新しいコンピューター解析法のヒントになる可能性がある。現在IARPAと交渉しているコンソーシアムはハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)(米国ケンブリッジ)に拠点を置き、13の研究室からなっている。予備的な契約では、コンソーシアムはIARPAの「大脳皮質の神経ネットワークに基づく人工知能」(Machine Intelligence from Cortical Networks;MICrONS)プログラムの一部となる予定で、5年にわたって数千万ドル(数十億円)の研究資金援助を受け取ることになるだろう、とMICrONSのヘッドを務めるJacob Vogelsteinは述べる。このプログラムの一般的な目標は「脳で見つかったコードからリバースエンジニアリング(分解して細部を分析し、それにより明らかになった全体の仕組みを活用する手法)によって、機械学習に革命を起こすことです」と彼は言う。さらに「IARPAは神経科学にも資金を提供していますが、それは我々も、人々がどのようにふるまい、どのように決定を下すかといった認知能力を理解することに興味を持っているからです」と彼は付け加えた。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151108

原文

Crumb of mouse brain reconstructed in full detail

参考文献

  1. Kasthuri, N. et al. Cell 162, 648–661 (2015).