肝臓の細胞量維持に重要な細胞集団を発見
肝臓には顕著な再生力がある。肝臓には、損傷を受けた後に肝臓と胆管の両方を補充できる能力を持つ細胞が複数種あり、これらは活発に研究が行われている1。一方、細胞死が自然に起こった際に肝臓が自己再生する「恒常的再生」の仕組みはそれほど明確には分かっていない。後者は、肝臓が適切な細胞量を維持することを確保しているため、健康の維持・増進に非常に重要であるといえる。このほどスタンフォード大学医学系大学院およびカリフォルニア大学サンフランシスコ校(共に米国)のBruce Wangらは、マウスにおいて、損傷を受けていない肝臓に存在する、これまであまり評価されていなかった自己複製する細胞集団に注目して、肝臓の恒常的再生の仕組みを解明し、Nature 2015年8月13日号180ページに報告した2。この研究から、肝臓の細胞は、肝臓の特定の領域に位置しているときに、恒常性を維持するための「幹細胞」として機能できることが示唆される。
食事を取ると、栄養素は、食事に含まれるあらゆる毒素ともども腸で吸収され、血流に入って直接肝臓に輸送され、代謝処理を受ける。肝細胞は、肝臓での代謝を制御するとともに、毒素に対する防御機構の最前線で処理に当たっている。その過程で損傷を受けることがあり、損傷が慢性的になった状態は世界的に重要な健康問題となっている。そのため肝臓で損傷を修復できる細胞集団を突き止めようと、精力的な研究が行われてきた。
肝臓の血管網について考えてみよう。腸からやってきた栄養素が豊富な血液は、門脈を介して肝臓の入り口に到着する。そこは肝門と呼ばれ、門脈、胆管、肝臓の動脈が並行して存在している場所だ。血液はそこから肝細胞塊の類洞と呼ばれる毛細血管へと入っていき、接触する肝細胞によって代謝産物や毒素の交換が行われ、その後、中心静脈に集まる。従って、肝臓の入り口の方が中心部よりも毒素による損傷が大きく、また、それに対抗し得る能力が必要である。実際に、門脈周囲の肝細胞は、ほとんどの種類の肝臓損傷に応答し1,3-5、恒常的な細胞再生にも寄与していることが分かっている1,3。しかし、肝臓の解剖学的研究からは、より保護された細胞集団が中心部に控えている可能性があり、中心部は恒常的な自己再生に関与する細胞にとって都合の良い場所である可能性が示唆されている。
中心静脈のすぐ近くの中心静脈周囲領域の肝細胞は、正常な状態では他の肝細胞よりわずかに速く増殖し6、Wntシグナル伝達経路によって活性化される遺伝子を発現する唯一の肝細胞集団である7,8ことが知られている。Wangらはマウスにおいて、ある時点でWnt応答性遺伝子を発現していた細胞をその後永久に追跡できるように、遺伝学的技術を用いて蛍光標識した。こうすることで、その細胞や子孫細胞が蛍光を発するようになるので、この蛍光を発する細胞系譜を追跡することが可能になり、中心静脈周囲の肝細胞が自己複製すること、つまり、この細胞は中心静脈の近傍に存在し続け、通常他の肝細胞とは置換されないことを見出した。この細胞は、時間が経過すると中心静脈周囲領域の外に子孫細胞を生じ、正常な状態では肝臓の細胞量の最大40%を補充することができた(図1)。この知見は、中心静脈周囲の肝細胞が他の肝細胞とはどのように異なっているのか、また、このような差異は中心静脈に隣接することに依存しているのかという疑問につながる。これは、現在、幹細胞の独自性は肝細胞が存在する局所の環境から受け取るシグナルに依存する場合があることが分かっている9,10からだ。
哺乳類細胞は通常、各染色体を2コピー持っているが、ほとんどの肝細胞は、この染色体組を複数コピー持ち、分裂の際には染色体不均衡を示すことから、肝臓の細胞を補充する細胞集団として理想的な候補であるとはあまり考えられていなかった11。Wangらは、中心静脈周囲の多くの肝細胞が正常染色体組を持っており、そのため分裂の際にはゲノムを忠実に複製するのにより適していると考えられることを見いだした。最後にWangらは、中心静脈を構成する内皮細胞から放出されるWntシグナルにより中心静脈周囲の肝細胞が増殖し維持されることから、今回明らかになった肝細胞補充機能にWntシグナルが必要であることを見いだした。
中心静脈周囲の肝細胞が、他の肝細胞1,3とともに肝臓の恒常性に寄与するという発見から研究に多くの道が開かれた。例えば、肝臓の恒常的再生に対するこれらの細胞種の寄与の相対的な割合は分かっていない。また、肝臓が門脈周囲ではない領域で損傷を受けた場合に起こる再生に中心静脈周囲の肝細胞が果たす役割も解明されていない。中心静脈周囲の肝細胞の理解が深まれば、自己再生を増強できるだろうか? in vivoでWnt経路を操作することで、これらの疑問を解消する手掛かりが得られるかもしれない。Wnt経路はin vitroで肝臓「オルガノイド」を増殖させることが示されている12。
おそらく、最も重要な疑問は中心静脈周囲の肝細胞がニッチ依存的な幹細胞集団9,10としてふるまうかどうかということだ。つまり、中心静脈周囲領域に位置させた全ての肝細胞が、内皮のWntシグナル伝達の影響を受けて、Wnt応答性の増殖速度の速い細胞になり、もともと中心静脈周囲に存在する細胞のように機能するかどうかということだ。この非常に重要な疑問に対する答えは、例えば、ジフテリア毒素の一過性誘導により中心静脈周囲の肝細胞を除去した上で、他の肝細胞でも中心静脈周囲の肝細胞と同じ役割を果たすかどうかを明らかにすることにより、得られるかもしれない。仮に、どんな肝細胞も(少なくとも正常な染色体組を持つどんな肝細胞も)、中心静脈周囲領域に位置させたり、あるいは正しいWntシグナル伝達に曝露したりすることで「活性化」でき、肝臓の恒常性を維持するより効率的な細胞になるのであれば、慢性肝疾患の治療に役立つと考えられる。
しかし、ほぼ全ての肝細胞は、肝臓での位置にかかわらず、自己再生でき、肝臓の恒常性に寄与できる1,3。従って、1つの肝細胞集団のみを真の恒常的幹細胞であると考えることは適切ではないのかもしれない。むしろ、一部の肝細胞の方が他の肝細胞よりも自己再生に適しているかどうかという観点から捉えることが妥当かもしれない。
さらに特筆すべきは、Wangらが、中心静脈周囲の肝細胞が転写因子Tbx3を発現する唯一の成体の肝細胞集団であることを見いだしたことである。Tbx3は初期胚において肝細胞や胆管細胞の前駆細胞である肝芽細胞の発生に不可欠である13。胚性肝芽細胞は、隣接する内皮細胞からの直接のシグナル伝達により増殖が促進される14。従って、中心静脈周囲の肝細胞は、胚での肝発生と特徴を共有する環境に生存しているといえる。しかし、肝芽細胞は二分化能を持つが、中心静脈周囲の肝細胞は肝細胞のみを生じると考えられることから、これらの細胞種を調節するネットワークには違いがあると考えられる。中心静脈周囲の肝細胞と肝芽細胞、中心静脈周囲の肝細胞と肝臓の他の肝細胞の類似性や差異をそれぞれ理解することは、肝臓研究や再生研究の分野での重要な知見になると確信している。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2015.151129
原文
Regenerative biology: Maintaining liver mass- Nature (2015-08-13) | DOI: 10.1038/nature15201
- Kenneth S. Zaret
- Kenneth S. Zaretはペンシルベニア大学ペレルマン医学大学院(米国ペンシルベニア州フィラデルフィア)に所属。
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