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死線を越えると遺伝的多様性が高まる

キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の実験結果から「赤の女王仮説」が裏付けられた。 Credit: janeff/istock/thinkstock

細菌や寄生虫に感染した後、生き延びた雌のショウジョウバエは、健康な雌よりも遺伝的に多様な子を生み出すことが、2015年8月13日にScienceに発表された1

この発見は、生物は高温2や飢餓状態3といった過酷な環境下に置かれると、より遺伝的多様性の高い子孫を残して生き残りを図る傾向があるという、古くから提唱されている生物学的原理(赤の女王仮説と呼ばれる)を裏付けるものだ。DNAレベルで多様性があれば、少なくともある程度の子孫は生き延びる可能性が増すというわけだ。

同様の効果は細菌や寄生体による感染の後にも表れる可能性がある。しかし現在まで、この考えを裏付ける証拠は試験的なものしか得られていなかった4

今回の研究で、ノースカロライナ州立大学(米国ノースカロライナ州ローリー)の生物学者Nadia Singhが率いる研究チームは、雌のキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)に意図的にさまざまな細菌株を感染させた後、生き残った個体を交配させた。その結果得られた子ハエでは、染色体間で遺伝子が混ぜ合わされて新たな遺伝子群を生み出す「遺伝的組換え」と呼ばれる事象が、感染経験のない親から生まれた子よりも多く起こったと考えられることが分かった。このような組換えは通常、卵細胞が最初に生じるときに起こる(雄のハエが精子を作るときには起こらない)。

だが、感染を経たハエの子にDNAの遺伝的組換えがより多く生じていた訳は正確には分からないとSinghは話す。というのも、親ハエの体内に感染前から存在していた卵から孵った子に、このような影響が見られたからだ。従って、これは卵発生過程での遺伝子交換が感染によって増加したという単純な事例ではない。

遺伝子をかき混ぜる

むしろ、感染という出来事に直面した際に、何らかの仕組みにより、すでに存在していた卵のうち遺伝的組換えをより多く経ていた卵の方が、胚になりやすくなった可能性がある。「その仕組みを明らかにするために計画している実験が山ほどあります」と、Singhは言う。

さらに彼女は、今回の研究で最も驚いたことの1つとして、ハエの幼虫を寄生バチ(Leptopilina clavipes)に曝露した実験の結果を挙げた。このハチはハエ幼虫の体腔内に卵を産みつける。ハエ幼虫の体内で孵化したハチの幼虫は、宿主の免疫系により排除されなければ、その体を食べて成長する。寄生バチに卵を産みつけられた雌のハエは、その時点では卵巣が完全には発達していなかった。それにもかかわらず、生き延びた雌のハエから生まれた子には、成虫での細菌感染実験と同様、より大きな遺伝的多様性が観察されたのだ。

ハエの生活環におけるこれほど早期の感染で、次世代の遺伝的多様性を増加させるシグナルが生じる仕組みは分かっていません、とSinghは言い、さらに「このシグナルが何であるのか、まるで見当がつかないのです」と付け加える。

バース大学(英国)の生物学者で、ストレスに起因する遺伝的多様性が進化を支える仕組み5を研究しているNick Priestは、「この研究は進化過程についての私たちの理解を大きく前進させました」と言う。

感染をうまく除去できる親ハエは、強力な免疫系を子孫に伝達できる可能性がより高いといえる。このため生き延びた個体の子に遺伝的組換えが生じることは、同時に子孫が生存に有利な遺伝子を失うリスクを冒すことも意味していると、Priestは指摘する。つまり、諸刃の剣であるため、子の遺伝子が最も多くかき混ぜられているのは、感染と必死に闘った結果重症を負い、背に腹はかえられない状況に追い込まれたハエなのではないかと、Priestは予想している。「これは次の非常に重要な課題です」と、彼は言う。

Singhは、感染が遺伝的多様性に及ぼす影響がハエに特有であるべき理由は全くないと言う。「他の種でも見られる事象なのか知りたいと思っています。親が子の潜在的適応度に影響を与えることができる新しい経路だからです」。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151103

原文

Flies that fight off parasites produce offspring with greater genetic mix
  • Nature (2015-08-13) | DOI: 10.1038/nature.2015.18182
  • Richard Hodson

参考文献

  1. Singh, N. D. et al. Science 349, 747–750 (2015).
  2. Stern, C. Proc. Natl Acad. Sci. USA 12, 530–532 (1926).
  3. Neel, J. V. Genetics 26, 506–516 (1941).
  4. Fischer, O. & Schmid-Hempel,P. Biol. Lett. 1, 193–195 (2005).
  5. Zhong, W. & Priest, N. K. Behav. Ecol. Sociobiol. 65, 493–502 (2011).