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歯垢で探る古代人の健康と暮らし

Credit: MARKUS SCHIEDER/ISTOCK/THINKSTOCK

Christina Warinnerが診察している歯の中で最良のものは、ライマメほどもある大きな歯垢の塊がエナメル質にくっついているものだ。Warinnerは歯科医と同じ道具を使っているが、歯科医ではない。彼女はオクラホマ大学(米国ノーマン)の人類学者で、バイキングや石器時代の農民などに歯のクリーニングを施し、昔の人たちの生活について調べている。

出来たてのねばねばした歯垢は口の中のあらゆるものを取り込み、それが固まると植物や花粉、細菌、デンプン、肉、木炭、織物の繊維などさまざまなものを内部に閉じ込める。最近判明したように、化石化した歯垢は考古学的記録の中で最も豊富にDNAを含んでいる。「古代のDNAを調べる上での最大の問題は、サンプルの量が少な過ぎることです」とWarinnerは言う。歯垢はこの問題を解決する。他の試料に比べ、重量当たりで100~1000倍のDNAを含んでいるからだ。

Warinnerの研究室が今最優先で取り組んでいるのは、世界中の博物館が収蔵している遺骸や各地の遺跡発掘現場で見つかった遺骸から歯垢を採取してDNAのリストを作ることだ。人々の健康と食習慣が歴史を通じてどう変化してきたかを明らかにするために、さらに時代をさかのぼったさまざまな人へと調査の手を広げつつある。

3つの歯垢調査プロジェクト

乳のついた歯

古代の人たちは歯磨きの習慣がなかったので、化石化した歯垢は食べかすを保存したタイムカプセルとなる。例えば牛乳を飲んだずっと後になっても、牛乳が豊富に含んでいたβラクトグロブリンという非常に長寿命なタンパク質が歯に残っている可能性がある。Warinnerらは古代人の歯垢の中にこのタンパク質を探し、他の哺乳動物が乳児期以降に乳を消化する能力を失うのに対して多くの人が新鮮な牛乳を飲んでも平気なのはなぜなのかを解明しようとしている。乳製品への耐性はさまざまな文化に見られるが、最初にこれが進化した時期については議論が続いている。歯垢を分析すれば、その古代人が動物の乳を飲んでいたかどうか、それがどの動物の乳だったか(ウシかヒツジかラクダかなど)を特定できる。この方法は、古代の陶器に付着した乳脂肪を探すといった他の考古学的手法の曖昧さを部分的に回避できる。Warinnerらは昨年、歯垢中のβラクトグロブリンを解析することで、欧州と南西アジアの一部で青銅器時代から牛乳が飲まれていたことを示す初の直接的証拠を発見した。現在は、人類が初めて動物を家畜化した新石器時代の歯垢を調べている。

歯周炎の起源

歯を清潔に保とうとする努力のいかんにかかわらず、どの人の歯の表面にも何百種もの細菌がいる。Warinnerらは昨年、ドイツの中世の墓地で採掘した遺骸に極めて現代的な口内マイクロバイオームを発見した。過去1000年間で衛生状態と食事が変化したにもかかわらず、中世の歯垢に歯周炎に関係する細菌が見られた。歯周炎は歯が抜け落ちる原因となる病気で、現代の米国人の約50%がかかっている。こうした歯の病気がいつ頃広がったのか、それが食事や環境、文化とどう関連しているのかを詳しく知るため、Warinnerらは石器時代の人骨や、ヒトに最も近縁なチンパンジーから歯垢を集めて調べている。

古代のゲノムを探る

凍土に埋まっていた骨には遺伝物質が非常に良好な状態で保存されている。これまでに解読された最古の全ゲノムは、カナダ北西部の永久凍土で発掘された70 万年前のウマの足の骨から採取されたものだ。解読予定の最古のヒトゲノムはシベリアで見つかった4 万5000 年前の大腿骨から抽出された。だが、全ての試料が天然の冷凍庫で見つかるわけではない。高密度に石化した歯垢は多孔質の骨よりも頑丈なので、凍土中でもそれ以外でも無傷のDNAの理想的な供給源になるだろう。Warinnerらはこれまでに1万年前の歯垢からDNAとタンパク質を確実に抽出しており、現在さらに古い遺伝物質を収集しつつある。Warinnerが知る最古の歯垢保存試料は800万年以上前のもので、オランウータンの祖先の化石から採取された。

翻訳:粟木瑞穂

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151107a