世界最短波長の原子準位X線レーザー
X線は、物質内部に容易に入り込み、元素の違いや化学的性質、磁気的性質の空間的変化から生じるコントラストを使って内部の三次元構造像を作り出すことができる。硬X線波長で動作するコヒーレンス(可干渉性)の高いレーザーが実現すれば、このような静的な構造決定以上のことが可能になり、物質の状態を極めて短い時間スケールで、原子レベルで探ることができる。例えば、化学結合の形成・変化、電荷移行、光誘起超伝導などの動的プロセスの観測や、生体などの高分子構造を損傷せずに決定することができる。X線レーザーは、1960年に物理学者Theodore Maimanが可視光波長で発振する最初のレーザーを開発して以来1、非常に有用なものとして待ち望まれてきた。今回、電気通信大学レーザー新世代研究センター(東京都調布市)の米田仁紀らは、これまでの典型的なX線自由電子レーザーと比較して、波長が安定し、コヒーレンスが著しく改善した原子準位X線レーザーを実現し、Nature 2015年8月27日号446ページに報告した2。今回の成果は、パルス持続時間にわたって時間方向(光の伝播方向)にも干渉性が保たれている、つまり、時間的コヒーレンスを持つオングストローム波長レーザーへの大きな一歩だ。
X線自由電子レーザー3–5は、109電子ボルトを超えるエネルギーで光速近くまで加速した高エネルギー電子ビームをレーザー生成媒質として使うもので、硬X線までの発振が実現したこと、波長を自由に選択できることでX線科学に革命を起こした。この電子ビームはビーム経路に沿って配置された磁石の列を通過する。磁石の列は100mもの長さがあり、SN極が周期的に交替するように配置されている。電子ビームが磁石の列を通過すると、加速度が加わり、光(X線)を放射する。X線自由電子レーザーは通常、「自己増幅自然放射」(SASE)という原理で発振する。つまり、加速する電子のインコヒーレントな放射が種になり、磁石の列の長さにわたる、電子ビームとの連続した相互作用によって増幅されてレーザーとなる。現状のシステムでは、電子ビームパルス幅を短縮し、持続時間がわずか数フェムト秒(1フェムト秒は10−15秒)の強いX線パルスを作り出すことができる。こうして得られたX線パルスは、1パルス当たり1兆個のX線光子を含み、従来のシンクロトロン光源によって作られる放射の10億倍のピーク輝度を実現する。
自己増幅自然放射は、伝播方向と垂直な面ではコヒーレントな、強く、波長の短いレーザーパルスを作るが、伝播方向では時間とスペクトルの強い変動が観測される。この変動は、X線自由電子レーザーを使う実験結果を著しく不明瞭にする可能性がある。一方、米田らのX線レーザーは、銅原子の2p軌道から1s軌道への電子の遷移によって生じる、1.54Åの明確な波長を持つ光を増幅している。この波長は、これまでに実現された原子準位レーザーで最短であり、これまでの最短波長だった、ネオンを使った原子準位レーザー6の波長(14.6Å)の約10分の1になっている。
米田らのレーザーは、1967年に提案された、銅の光イオン化励起7という方法を使っている。この方法では、適切な光源(励起光)によって銅原子の内殻電子を放出させ、低エネルギー準位に空席がある銅イオンが多い、「反転分布」と呼ばれる状態を実現する。高エネルギー準位にある電子は、空いた準位に自発的に落ちて光子を放出し、この光子は、反転分布している他の同一のイオンの経路に沿って伝播する間に増幅される。このプロセスは「増幅自然放出」(ASE)と呼ばれる。しかし、米田らは、単なる増幅自然放出ではなく、シード光(種光)を用いて、波長スペクトル幅がさらに狭いレーザー発振を実現した。
米田らはまず、SACLAを使い、短時間(7fs)の9keVエネルギーX線自由電子レーザーパルスを、厚さ20µmの銅箔の100nm大の大きさに集めることにより、1.54Å遷移の増幅を行った。このレーザーパルスは励起パルスと呼ばれ、箔の中の銅原子から1s軌道電子を選択的に追い出してイオン化し、反転分布しているイオンの波を作る(図1a)。このイオンの波は、生じる増幅自然放出と同一直線上を進むため、大きな増幅を短い距離で起こすことができる。米田らは、X線自由電子レーザーのパワーを2倍に大きくすると、出力レーザーの強度が約15倍に増加することを観測した。しかし、利用可能な範囲の励起光パワーで、レーザーの飽和は観測されなかった。つまり、励起光パワーの増加に対する、レーザーのエネルギー出力の増加の割合は、低下しなかった。
米田らはさらに、原子準位レーザーのシード光を用いた発振を実現した(図1b)。彼らは、9keVと8keVのエネルギーの2つのX線自由電子レーザーパルスを発生させ、前者を励起光に、後者をシード光に使用した。この2つのパルスは自由電子レーザー内で1つの電子ビームから作られるため、パルス同士が時間的・空間的に確実に重なるようになっている。米田らは、シード光を使わない場合、発振したレーザーの線幅は意外なことに、励起光のパワーが大きくなると広くなることを見いだした。しかし、シード光を使った場合はレーザーのスペクトル線幅は1.7eVまで狭くなることが分かった。このため、シード光を用いたレーザー出力は、スペクトルがよりコヒーレントであり、波長安定性が大幅に高まった。また、元のX線自由電子レーザー(40eV幅)に比べ、桁違いに改善されたレーザーをX線領域で作ることに成功した。
今回のような硬X線波長で発振する原子準位X線レーザーの実現に、Maimanによるレーザー開発後、なぜ50年以上もかかったのだろうか。主な障害は、反転分布を作るために必要な励起源強度が発振レーザー波長の4乗に反比例することだった。つまり、可視光である7000Åで発振するレーザーから1.54Åで発振するレーザーに到達するためには、励起光のパワー密度を約1015倍に上げることが必要になる。
X線自由電子レーザーの登場以前には、このような大きなパワー密度を達成するために、核爆弾励起レーザー8や、光(あるいは赤外)励起法9,10など、多くのアプローチがあった。光励起法では、ローレンスリバモア国立研究所(米国カリフォルニア州)の研究チームが、532nm波長レーザーをセレンの薄片に集めてセレンイオンと電子のプラズマを作り、外殻電子を失ったセレンと電子との衝突により、3pから3sへの遷移を用いて209Åのレーザーを発生させている9。対照的に、今回の研究で使われた光イオン化励起法7は、内殻1s電子を選択的に追い出すことにより、1つのステップで直接、反転分布を作ることができる。しかし、この方法に必要なX線パワー密度を得るためには、X線自由電子レーザーの実現を待たなければならなかった。
X線レーザー開発における大きな一歩が米田らによって達成されたものの、彼らの原子準位銅レーザーは、一般的な用途にすぐに使えるというわけではない。米田らのシード光を用いたレーザーは飽和を達成しておらず、また、絶対エネルギー、発散角度、出力パルス時間幅は測定されていない。米田らのシミュレーションによると、レーザーの変換効率(入力パワーに対する出力パワーの比)はわずか2%である。これは、約1マイクロジュール(µJ)のレーザーエネルギーに相当する。これに比べると、原子準位ネオンレーザー6は約10%の変換効率で飽和を達成しており、そのエネルギーは約15µJである11。
原子準位レーザーの絶対波長安定性とコヒーレンスを求めるユーザーのためには、今回のレーザーより少し長い波長ではあるが、代替物がある。卓上光レーザーパルスを励起光に使い、ニッケル様電子配置を持つ元素の4dから4pへの遷移で発振する軟X線原子準位レーザーが実現されている。これらは、パルス繰り返し率が1Hzと低いものの、パルス当たり数µJのパワーで7.3nmのレーザーを放つ12。最近、高い平均パワー(1パルス当たり1µJ:パルス繰り返し率100Hz)を持つ卓上原子準位レーザーも13.9nmで実現されている13。また、卓上赤外レーザーによる高調波放射を用いる方法で、光で励起された原子準位X線レーザー12,13と比較して、パルスが短く、波長幅が広く、パルスエネルギーが低い、超高速コヒーレントX線パルスを作ることができる14。
時間的コヒーレンスが高く、波長幅が狭く、波長が調節可能なX線レーザーを求める研究者のために、高エネルギーX線領域における自己シード15や、自由電子レーザーでの高調波生成(イタリア・トリエステにある研究施設「FERMI」)16を含め、さまざまな方法がX線自由電子レーザーを使って実証されてきた。米田らの研究は、自己増幅自然放射を超えるX線レーザー実現に向けた他のさまざまな取り組みとともに、研究者が多様な用途で超短波長レーザー源を活用できる日が遠くないことを示したといえる。
翻訳:新庄直樹、編集協力:米田仁紀
Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2015.151131
原文
Photonics: A stable narrow-band X-ray laser- Nature (2015-08-27) | DOI: 10.1038/524424a
- Linda Young
- Linda Youngは、アルゴンヌ国立研究所X線科学部門(米国イリノイ州)に所属。
参考文献
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