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エボラの次の新興感染症に備える

Credit: MOHAMMED ELSHAMY/ANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

2014年7月、エボラウイルスに感染したリベリア人男性が空路でナイジェリアのラゴスに到着したことが判明したとき、世界中の公衆衛生の専門家は息をのんだ。当時、西アフリカの貧困国で猛威を振るっていたエボラ出血熱は制御不能の状態にあり、感染者の半数を死に至らしめていたからだ。この男性は、機内で嘔吐していた。エボラウイルスが、アフリカ最大の都市ラゴスの中心に位置する国際的なハブ空港に直接持ち込まれたのである。ラゴスの人口は2100万人で、その多くがスラム街に居住している。専門家たちは、エボラウイルスが瞬く間にラゴス全域に広まり、この空港で乗り継ぎをする国際線の乗客に運ばれて世界中に拡散してしまうのではないかと危惧した。

駐ナイジェリア米国総領事のJeffrey Hawkinsは当時、「世界最悪のニュースは、『エボラ』『ラゴス』の2単語が同時に入ったものです」と語っている。

結局、この黙示録的なシナリオは現実にはならなかった。ナイジェリアはポリオ根絶に向けた世界的な取り組みの中心地であるため、ウイルス学研究室や疫学者などの物的・人的インフラがある程度整備されていた上、大規模な啓発キャンペーンを展開する能力もあったからだ。当局が速やかにこれらの資源をエボラ出血熱対策に回したおかげで、ナイジェリアでの流行は感染者20人(うち死者8人)で終息した。ピーク時には1週間当たり数百人だったギニア、リベリア、シエラレオネでのエボラ出血熱感染者数も、現在は20~30人まで減少している(訳註:世界保健機関は2015年10月7日、同3国での新規感染者数が9月28日~10月4日の間ゼロだったと発表した)。しかし、将来エボラよりはるかに容易にヒトからヒトへ伝染する恐ろしい感染症のアウトブレイク(集団発生)に人類が遭遇し、今回の西アフリカのエボラ禍よりもはるかに恐ろしいエピデミック(大流行)やパンデミック(世界的流行)が起こる可能性に対する不安は消えない。

具体的にどんな病原体による感染症になるかは分からない。最悪のシナリオとしては、1918年の大流行により全世界で5000万人もの死者を出した(当時スペインかぜと呼ばれた)強毒性のインフルエンザウイルスのようなものが考えられる。別の科のウイルスにも注意が必要だ。研究者が警戒するウイルスの1つがポックスウイルスだ。ポックスウイルス科に属する天然痘ウイルスは20世紀だけで3億人もの死者を出した後、1980年に根絶されたが、自然界には動物を宿主とするポックスウイルスが現在も数多く存在し、いつヒトへの感染を始めるか分からない(Natureダイジェスト 2014年8月号「天然痘の監視は終わらない」参照)。パラミクソウイルスも心配だ。この科のニパーウイルスやヘンドラウイルスが引き起こす重篤な感染症は致死率が高く、これまでにも小規模なアウトブレイクが起きている。とはいえ、ウイルスについては不確実な点が非常に多い。米国立アレルギー・感染症研究所(メリーランド州ベセスダ)の感染症の専門家David Morensは、「病原体として私たちが2番目に心配しているのは予想外のウイルスですが、最も大きな懸念は想像もできないようなウイルスです」と言う。

エボラ出血熱の流行により、研究者や公衆衛生の専門家は、伝染病の脅威に対処するための世界的アプローチの抜本的な見直しを迫られた。彼らの主張によれば、必要なのは、新興病原体や再興病原体の監視の強化と、しばしば流行の最前線となる多くの貧困国での保健システムの強化だという。また、アウトブレイク発生時に迅速かつ強力に対応できる機敏な実動部隊と、治療薬やワクチンの速やかな開発を実現する数十億~数百億ドル規模の世界的基金も必要だという。

同時に、リスクは大局的に捉えなければならないと研究者らは言う。感染症の専門家でオックスフォード大学ジェンナー研究所(英国)の所長であるAdrian Hillによると、歴史的に見て、新興感染症の大規模な流行は「極めて稀」であるという。映画の設定によく見られるような、感染者の多くを速やかに死に至らしめる病原体もあまりない。多くの新興感染症は、多剤耐性結核菌のようにじわじわと広まる代わりに、累計の死者数ははるかに多くなる。このような現実に対し、マスコミや政治家が注目するアウトブレイクは、短期間に爆発的に広まるものだ。ただ、短期間で大規模な流行が起こると、一度に多くの人命が失われ、経済的にも深刻な影響が出る。これに伴うパニックと混乱が、病原体そのものより大きな打撃をもたらすのである。新規感染者数が減少している現在でもエボラ出血熱の流行は終息しておらず、再燃する恐れもある。

世界保健機関(WHO)の陳馮富珍(Margaret Chan)事務局長は2015年3月に、「エボラ出血熱はモーニングコールです。アフリカだけでなく全世界が眠りからたたき起こされたのです。二度とこのような事態を繰り返してはなりません」と述べた。

感染症の脅威が最も大きくなるのは、空気感染などによって広まりやすく、ヒトがほとんど(あるいは全く)免疫を持っていない、未知の病原体が現れた場合である。最近では、重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行がこれに近かった。2002年末に中国の広東省で発生したSARSは、瞬く間に29カ国に広まった。国際的な努力により2003年7月には制圧されたが、それまでに少なくとも8098人が感染し、774人が死亡している。SARSコロナウイルスがもう少し広まりやすかったら、さらに多くの犠牲者が出ていた可能性もある。「SARSは、あと少しで制御不能なパンデミックになるところでした。本当に、危ないところだったと思います」とMorensは言う。

危険を察知する

コウモリが起源と考えられているSARSと同様、今後発生する新興感染症のほとんどが動物からやって来ることになるだろう。実際、現在知られている新規ヒト疾患の約4分の3が、動物由来である。科学者たちは、現在のエボラ出血熱のアウトブレイクは、ギニア南部の森林地帯で遊んでいた2歳の男児がフルーツコウモリに接触し、エボラウイルスに感染したのが始まりだったと推測している。また、2012年に出現した中東呼吸器症候群(MERS)の原因となるMERSコロナウイルスは、おそらくラクダからヒトに感染した。さらに、2011~2013年の間にはドイツでリスのブリーダー3人が相次いで脳炎を発症して死亡していたが、2015年7月に、リスが保有する新型のボルナウイルスが原因だったことが明らかになった。

理論的には、このような知識は世界がウイルスの脅威に備えるのに役立つはずだ。科学者は、動物集団やその近くに暮らすヒト集団でウイルスを注意深く監視することで、宿主の種の壁を越える能力を示すものなど、潜在的に危険なウイルスを特定することができる。こうした基礎研究が行われていれば、ワクチンや治療薬を開発する必要が生じた場合にも、好スタートを切ることができるだろう。けれども、ウイルスの脅威を予想する科学はまだ揺籃期にある。動物の病原体がヒトに感染する仕組みや、さらにヒトからヒトに感染するようになる仕組みは、ほとんど解明されていない。このプロセスには、ウイルスがヒトの細胞内に侵入し、そこで自分の複製を作る能力など、多くの要素が絡んでいるからだ。Morensは、「知識の欠落の中で最も問題なのは、新興病原体が出現する仕組みがほとんど判明していないことです」と指摘する。

さらに厄介なことに、感染症の研究や監視の大半は先進国で行われているが、新興疾患や再興疾患のほとんどは開発途上国で発生している。Morensは、「疾患が現に発生している場所や、新たに発生しそうな場所に赴いて、その源を探る必要があるのです。米国で研究棟の実験室に閉じ込もっている場合ではありません」と言う。彼は現在、ギニアでエボラ出血熱の研究に取り組んでいる。

チュレーン大学(米国ルイジアナ州ニューオーリンズ)のウイルス学者Robert Garryは、リディーマーズ大学(ナイジェリア・リデンプションシティー)で、アフリカの研究者とともにアフリカ感染症ゲノミクス中核的研究拠点(African Center of Excellence for Genomics of Infectious Diseases;ACEGID)の国際プロジェクトに従事している。2014年5月に開始されたこのプロジェクトでは、地域の村で発熱した患者から血液サンプルを採集し、次世代遺伝子シーケンサーで解析して新しい病原体を探すだけでなく、新旧の病原体の診断法の開発も行う。最初の4年間の予算は約800万ドル(約9億6000万円)で、米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)と世界銀行から支援を受けている。

Credit: ADAPTED FROM N. D. WOLFE ET AL. NATURE 447, 279–283 (2007)

研究者は、行き当たりばったりに危険なウイルスを探している訳ではない。地形、気候、文化などの要因は、新興感染症が発生しやすい「ホットスポット」の特定に役立つことが分かっており、またほとんどのホットスポットは低緯度地域にある。それに、ヒトと動物との接触が危険を格段に大きくしていることも明らかだ。科学者の国際的なネットワークであるエコヘルス・アライアンス(EcoHealth Alliance;米国ニューヨーク)と、米国際開発庁の新興パンデミック脅威対策プログラムは、世界中のホットスポットの動物とヒトからウイルスを採集して、農業、交易、森林伐採、狩猟、野生動物の肉を食べる習慣などが新興感染症の発生にどのように影響しているかを解明しようとしている。

こうしたプロジェクトから、アレナウイルス、フレボウイルス、コロナウイルス、ラブドウイルスなど、さまざまな科のウイルスが数百種類発見された。今後も多くのウイルスが発見されるだろう、とGarryは言う。しかし、新しいウイルスを発見できても、そのうちのどれが重大な脅威となり得るかを予想するのは困難だ。Garryは、近年で最大のパンデミックとなった後天性免疫不全症候群(エイズ)を例にとって説明する。エイズはヒト免疫不全ウイルス(HIV)というレトロウイルスが引き起こす感染症だが、エイズが発生したばかりの頃に、この疾患がレトロウイルスによって引き起こされると推測した研究者はほとんどいなかったはずだという。当時は、主要な感染症の中でレトロウイルスに関連するものは知られていなかったからである(「新興感染症の脅威」参照)。

特定のウイルスが脅威になるかどうかは、ヒト細胞表面の受容体との親和性についての分析や、実験動物間における広まりやすさの評価で、ある程度は推測することができる。こうしたアプローチで最も進んでいるのは、おそらくインフルエンザウイルスに関するものだろう。インフルエンザウイルスは数十年ごとにさまざまな深刻度のパンデミックを引き起こしているからだ。世界中の研究者が、インフルエンザウイルスがパンデミックを引き起こす潜在的な危険を見積もろうとしており、その際、ウイルスがフェレットに、あるいはフェレット間で伝染する能力、ヒトの受容体に結合できるか、どの程度の人数が免疫を持っているかなどの一連の判定基準を用いて評価を行っている。こうして得られた情報は、脅威になりそうなウイルスに対するワクチンを優先的に開発するために利用されている。けれども、この情報からどのインフルエンザウイルスがパンデミックを引き起こすかを予想することは不可能だ。

研究者らは、新興病原体の危険察知のためにできることや、実現すべきことがまだ数多くあると言う。最重要課題の1つは、特定のグループの人々が突然相次いで重篤な病気に罹患した際、何が起きているのかを迅速に分析できる医療研究体制を各地域で整備することである。こうした体制づくりには、微生物学者、疫学者、臨床研究者などの訓練されたスタッフと、さまざまな疾患の臨床サンプルを検査可能な診断研究室などを各地域に配備することが必要となるが、貧しい国々では十分でないことが多い。生物医学研究を支援する英国の慈善団体ウェルカムトラストは、ベトナムでのこうした体制づくりを支援した実績を持つが、その会長Jeremy Farrarによると、低所得国であれば年間1200万ドル(約14億円)でシステムの整備が可能だという。

とはいえ現時点では、新興病原体の監視体制は、科学者の新興病原体に関する知識と同程度に限定されている。現状を鑑みれば、我々人類が次の大流行を引き起こす新興病原体に警戒態勢を敷くことができるのは、おそらく、かなり深刻な事態になってからだろう。

危機に対処する

ひとたび新興病原体の危険を察知したら、世界は速やかに対応しなければならない。今回のエボラ出血熱については、それができなかった。エボラ出血熱の最初の集団発生は2013年12月にギニア南東部の森林地域で確認されていた。だが、原因がエボラウイルスであることが明らかになったのは、2014年3月末であった。この時点で報告された感染者は49人、地域も県をまたがるなど、アウトブレイクは広がってしまっていた。国際人道組織「国境なき医師団」(スイス・ジュネーブ)による早期の警告は無視され、国際的な対応は2014年9月になるまで本格化しなかった(Nature 513, 469; 2014)。国境なき医師団インターナショナル会長のJoanne Liuは、2015年5月に開催された保健指導者の会合において、「エボラ出血熱が制御不能に陥ったのは、資金不足のせいでも、早期警報システムの不在のせいでも、連携不足のせいでも、医療技術がなかったせいでもありません。感染の広がりを食い止めるために必要な政治指導がなく、断固たる決意を欠き、責任が果たされなかったからです」と演説した。

こんなはずではなかった。近年のSARSの流行やH5N1亜型鳥インフルエンザのアウトブレイクを機に、WHOの国際保健規則は、疾患のアウトブレイクへの迅速な対応を可能にするために2005年に大幅に改正されていたからだ。WHOに加盟する196カ国全てが同意している改正国際保健規則は、事実上、世界の緊急時対応計画と見なされている。

今回のエボラ禍によって、国際保健規則はその脆弱さを露呈することになった。この規則では、アウトブレイクへの対応は基本的には当事国が当たることとなっており、また、2012年までに疾患の監視・対応能力を強化するという目標を定めてはいるものの、最貧国の目標達成に向けた支援には触れていなかった。この弱点は以前から認識されていたが、対策は講じられていなかった。「誰もが認識しているのに、あえて触れようとしない問題のことを『部屋の中の象』と言いますが、これは『救命救急室の象』です」と、インディアナ大学(米国ブルーミントン)の国際・国内安全保障法の専門家David Fidlerは言う。規則の改定が採択されてから今年で10年になるが、加盟国の3分の2は目標を達成できていない。

国際保健規則では、大規模なアウトブレイクに対応できる国際的な緊急対応チームを設置すると定められているが、これもまだ創設できていない。Fidlerによると、WHOのアウトブレイク対応チームは、今回のエボラ出血熱のような大規模な流行に対応できるようなものではないという。それどころか、予算とスタッフの削減により、以前より縮小されていると危機感を募らせる。「今回のエボラ禍により、国家規模や地域規模のアウトブレイク時に、それに対処できるような国際的な公衆衛生チームを派遣する能力がないことが明らかになったのです」とFidler。

各国政府や国際機関は、次の重大なアウトブレイクの拡大を阻止するためのさまざまな提案を検討している。そうした提案には、低所得国と中所得国への財政援助増額によるアウトブレイクの監視・対応体制の整備や、エボラ出血熱への対応の遅さで厳しい批判を受けているWHOの改革なども含まれている。WHO改革案の1つは、政治問題化や官僚主義を排するためにWHO内に独立の緊急事態準備対応センターを創設し、他の国連機関、世界銀行、人道組織、非政府組織(NGO)、産業界と連携してアウトブレイクに対応させることである。アウトブレイク時にスタッフを現地に迅速に派遣することや、飛行機やヘリコプターを使った大規模な医療器具の輸送を担う「国際医療予備隊」を創設することも提案されている。

公衆衛生の専門家は、全世界で5000万人もの死者を出した1918年のインフルエンザのパンデミックが繰り返されることを恐れている。 Credit: UNIVERSAL HISTORY ARCHIVE/UIG VIA GETTY IMAGES

世界銀行やWHOなどの組織は、深刻なアウトブレイク時にWHOや各国政府やその他の団体の活動をカバーするため、緊急用積立金を迅速に送金できる「パンデミック緊急融資制度」の創設も計画している。

問題は、こうした壮大な計画を実現できるかどうかだ。多くの人が、2015年6月にドイツのエルマウで開催された主要国首脳会議(G7)でアウトブレイクへの準備と対応を強化するための方策が強く約束されることを期待していた。しかしG7は感染症対策への支援を表明するにとどまり、具体的な決定を行うことはなかった。国境なき医師団の必須医薬品キャンペーンの最高責任者であるManica Balasegaramは、この声明に失望して、「私たちが必要としているのは現実の金銭です。政治的関与と資金援助が欲しいのです」と言う(Natureダイジェスト 2015年9月号「感染症の流行に対応できる保健医療体制づくりを急げ」参照)。

これに対してFarrarは、政府首脳が関心を表明したのは良い兆候だと考えている。彼は、過去にも主要国首脳会議の約束に基づいて大規模な公衆衛生イニシアチブが設立されていると言い、その例として、2000年のG8(当時はロシアも参加していた)で感染症対策が議題の1つとなったことが契機となり、2002年に数百億ドル規模の世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)が創設されたことを挙げる。2015年のG7が発表した声明は「基調と方向性を示したものとして見るべきです。重要なのは、そこから何が生まれるかです」とFarrar。

ワクチンと治療薬の開発

新興感染症のアウトブレイクに世界が速やかに反応したとしても、配備すべき有効なツールがなければ話にならない。ワクチンがあればエボラ出血熱の広まりを抑えられたかもしれないが、当時入手可能だったワクチンはヒトでの臨床試験が行われていなかった。治療薬もまだ実験段階にあった。今回のようなアウトブレイクでは、医療従事者はしばしば隔離、消毒、手洗いの推奨など、昔ながらの公衆衛生対策に頼らざるを得ない。

明日もし最悪の新興感染症が流行し始めたとしても、おそらく筋書きは同じだろう。公衆衛生の当局者は、問題は世界の治療薬やワクチン開発のシステムにあると指摘する。医薬品の開発は、基本的には大きな製薬会社に任されており、彼らの目指すところは、世界の保健にとって最も切迫した問題(開発途上国の感染症であることが多い)の解決ではなく、商品の購買者(先進国によくある疾患を持つ、先進国の住人)の治療だからだ。「人類が本当に必要としているものなど、考慮されません。それが大儲けの方程式なのです」とMorensは言う。

アウトブレイク時、候補段階ではあれ、エボラ出血熱のワクチンや治療薬は開発されていた。Balasegaramによると、この開発を主導したのは世界の保健衛生に対する関心ではなく、生物兵器研究の予算だという。SARSからデング熱まで、有効なワクチンや治療薬がほとんどない危険な伝染病や、リーシュマニア症などのいわゆる「顧みられない疾患」は非常に多く、次のパンデミックを引き起こす可能性が高いほとんど全ての病原体に対して、世界は無防備な状態にある。

顧みられない疾患のための非営利の新薬開発イニシアチブDNDi(Drugs for Neglected Diseases Initiative)のスポークスマンJean-François Alesandriniは、エボラ禍を経験した今が「現状を変える好機」だと主張する。

2015年5月に主だった研究者と公衆衛生の当局者が発表した論文では、研究機関、政府、慈善団体、民間製薬会社が協力して、国際保健の脅威となるがほとんど市場がない多くの疾患に対処するための医薬品の研究・開発・製造を行う非営利の国際製薬組織を設立することが提案されている(M.Balasegaram et al. PLoS Med. 12, e1001831; 2015)。

こうした取り組みは新しいものではない。15年ほど前からさまざまな官民パートナーシップが誕生しており、DNDiもその1つだ。今回提案されたイニチアチブも似たようなものになるものの、その規模は毎年100億ドル(約1.2兆円)の資金を調達するという大きなもので、新興感染症の脅威に立ち向かうだけでなく、顧みられない疾患の治療薬や、大いに必要とされている新しい抗生物質の開発も行うという。この組織は限りある資源を共有し、持続的な資金調達を確保することにより、一貫性のある長期計画を可能にする。「新興病原体のアウトブレイク対策の官民パートナーシップはまだありません。今こそ設立するときです。逆に、速やかに設立しなければ、そのうち世界から注目されなくなって、機会は失われるでしょう」とHillは言う。

製薬会社はおおむねこの提案を支持している。こうした事業はしばしば産業界にしかない膨大な薬物ライブラリ、ワクチン技術基盤、製造能力を利用する必要があるため、製薬会社の支持は重要だ。

Hillは、このような枠組みの中で、MERSやマールブルグ熱(エボラウイルスと同じフィロウイルス科のマールブルグウイルスが引き起こす致死率の高い疾患)など、優先順位の高い疾患から迅速にワクチンを開発していくべきだと考えている。彼は、動物実験は行わずに、ヒトでの安全性と投与量を直接調べる第1相試験を行えるワクチンを少量開発することを提案している。動物実験には、ウイルスの封じ込めが可能なバイオセーフティー・バイオセキュリティーレベルの高い実験施設が必要である上、多くの時間と費用がかかるからだ。そのワクチンが安全で、良好な免疫反応を誘発すれば、有効である可能性が高い。第1相試験で良好な結果が出たら備蓄用のワクチンを製造していつでも第2相試験で有効性を調べられるように準備しておき、アウトブレイクが発生したら直ちに臨床試験を行って、初期の段階で食い止めるのだ。研究者らは、2015年7月末にエボラ出血熱ワクチンの臨床試験で有望そうな結果が出たことに大いに勇気づけられている(Nature 524, 13; 2015参照)。

それでも未知の病原体の脅威は残り、これに備えることは困難だ。コロンビア大学(米国ニューヨーク州)のウイルス学者でアウトブレイクの専門家であるIan Lipkinは、未知の病原体のアウトブレイクに対処する方法の1つは、その疾患の生存者の血漿を患者に輸血することだと言う。生存者の血液には、しばしばそのウイルスに特異的な抗体が大量に含まれているため、未知のウイルス疾患の手っ取り早い治療法になることが多いのだ。治療薬やワクチンを開発しようとしたら、何年も待たなければならない。

このアプローチは、今回のエボラ出血熱のアウトブレイクで有名になった。2014年12月には「回復期血漿」を用いた臨床試験が始まり(Nature http://doi.org/6dr; 2014参照)、その結果は数カ月後に発表される予定である(Nature 517,9–10; 2015)。貧しい国では血液と血漿を採集・処理するための設備がないことが多く、Lipkinは、そのためのインフラが整備されることを期待している。

研究者にとっては、直ちに臨床試験を始められるよう、アウトブレイクの前に臨床試験のデザインも規制当局に承認されているのが理想的だ(Nature 524, 29; 2015参照)。これに取り組んでいるのが、アウトブレイクの専門家の国際的なネットワークである国際重症急性呼吸器・新興感染症コンソーシアム(ISARIC;英国オックスフォード)の研究者らだ。彼らは、どんな伝染病の脅威にも適用できる一般的な臨床試験プロトコルの開発を目指している。

世界の感染症対応体制を改革するのは容易ではない。公衆衛生の専門家たちも、エボラ出血熱の脅威が去った後、改革の気運が弱まってしまうことを危惧している。けれども一方で、西アフリカで遺体が路上に放置されていた光景や、国家規模の隔離、経済の崩壊といった衝撃的な出来事の数々は、多くの人の心に消すことのできない跡を残したとも考えている。

Morensは、今回の西アフリカのエボラ禍が、重大な感染症に対する世界の備え方を大きく変えると考えている。彼は、エボラ後の時代が、それまでとは全く違ったものになることを願っている。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151114

原文

How to beat the next Ebola
  • Nature (2015-08-06) | DOI: 10.1038/524022a
  • Declan Butler
  • Declan Butlerはフランス在住のNautureのシニアレポーター。