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アルツハイマー病の治療薬開発で初の成果

アミロイド仮説に基づく治療薬の臨床試験で、進行を遅らせたという成果が初めて報告された。 Credit: Thinkstock

何年もの間、アルツハイマー病研究者たちは2つの問題でフラストレーションを感じてきた。1つは、患者の脳に蓄積するアミロイドβタンパク質は病気の原因なのか、あるいは1つの症状にすぎないのか、それをどうしても突き止めることができないでいること。もう1つは、疾患の原因を明確に理解できない中でも効果的な治療法を探す努力を続けてきたが、成果が挙がっていないことだ。しかし、最近、2つの抗体医薬の臨床試験から希望の持てる結果が得られた。これが先へと進む道を示してくれるかもしれない。

米国ワシントンD.C.で開かれた国際アルツハイマー病会議(AAIC)で7月22日、アミロイドを標的とする薬でアルツハイマー病の進行を初めて遅らせることができたと報告された。この研究結果は、アミロイド沈着がアルツハイマー病患者の認知機能低下を引き起こすという考え方を裏付けるものだ。

「我々は正しい方向に向かいつつあります。実りのない状況が大変長い間続いていたので、今回の結果は非常に大きな喜びです」と、マウント・サイナイ医科大学(米国ニューヨーク)の神経生物学者Samuel Gandyは言う。とはいえ、多くの研究者は、より大規模な治験でも先週報告されたささやかな改善と同じ結果が出るかどうかは分からないと懐疑的だ。

製薬会社のイーライ・リリー(米国インディアナ州インディアナポリス)は440人の患者を対象に行った臨床試験で、同社の薬ソラネズマブ(solanezumab)が軽症のアルツハイマー病患者の認知機能低下の進行を約30%遅らせたとみられる、という結果を報告した。症状が同程度のアルツハイマー病患者を治療グループとプラセボ(偽薬)グループに分け、18カ月にわたって投薬と認知機能低下の関係を調べた結果、治療グループの18カ月後の水準は、プラセボグループの12カ月時点の水準と同等であったという。

リリー社はこの小さな成功を辛くも勝ち取ることができた。2012年、同社は、18カ月間ソラネズマブを服用していた患者とプラセボ薬を服用していた患者の間に全く差が見られなかったと報告した。しかし試験データを分析し直したところ、治験開始時に症状が軽かった被験者でわずかながら改善が見られることが分かった。リリー社はさらに6カ月間試験を続けて、その時点で病気がさらに進行していたプラセボグループの440人にソラネズマブを投与し始めた。

同会議ではこの試験の最新の結果も発表された。その中で、「遅くスタートした」グループの認知機能の低下速度は減少し、研究の最初から治療を受けていた440人の被験者の低下速度と同等であることが示されている。つまり、ソラネズマブはアルツハイマー病の原因を標的としていると考えられるのだ。

製薬会社のバイオジェン(米国ケンブリッジ・ボストン)もこの会議で、同社のアデュカヌマブ(aducanumab)という薬を23人の被験者に中用量投与した結果を報告した。それによれば、アミロイド蓄積は減少したが、統計学的に有意な臨床的効果は見られなかったという。同社は3月に、低用量と高用量のアデュカヌマブを投与した試験結果について、高用量の同薬を1年間服用した27人の被験者では、プラセボ薬を服用した人々よりも認知機能の低下が有意に少なく、脳内のアミロイドも減少したと報告している。

多くの専門家はこれらの結果を歓迎しているものの、臨床試験のサイズが比較的小さいことから、手放しで喜んではいない。けれどもリリー社のアルツハイマー病研究者Eric Siemersはもっと楽観的だ。「ソラネズマブがこれほどの効果をもたらしたことに、私は本当に驚きました。病気の進行を遅らせる治療手段として非常に有望です」と彼は言う。

リリー社は2013年より大規模なソラネズマブの第3相試験を開始し、症状が軽度で脳内のアミロイド蓄積が少ない被験者2100人を登録している。この研究は2016年10月に終わる予定だ。一方のバイオジェン社は2014年12月に、18カ月にわたる2700人を対象とする第3相試験を開始予定と発表した。

南カリフォルニア大学(米国ロサンゼルス)のアルツハイマー病研究者Lon Schneiderは、これらの薬やアミロイド仮説についてしっかりとした検証がなされる前に大規模な治験を始めるという製薬会社の決定に対し、疑問を呈している。「これまでのところ有効性が証明されているものが1つもないのに、なぜこれほど多くの抗体医薬があるのでしょうか?」と彼は問い掛け、食事や運動といった行動的介入によってどんな薬にも負けないほどアルツハイマー病の進行を抑えられることが証明されているという事実に触れる1

しかし誰もがその意見に同意するわけではない。「大胆になるべきときなのです」とワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)の神経科医Randall Batemanは言う。「人間の苦しみの見地からみると、治験の遅れによるコストは、前に進むコストよりもはるかに高くつくと私には思えます」。

Batemanは、リリー社のソラネズマブと、ロシュ社(スイス・バーゼル)のガンテネルマブ(ganetenerumab)を用いたある臨床試験を指揮している。この試験は、脳が損傷を受ける前にアミロイドβタンパク質を破壊することでアルツハイマー病を防ぐことができるか調べる取り組みの1つで、アルツハイマー病の遺伝的リスクを持っているが症状は出ていない18歳〜80歳の160人が参加している。アミロイドβによる有害な作用は数十年にわたって起こるため2、多くのアルツハイマー病研究者は、治験では治療開始が遅過ぎて成果が出ないのではと考えているのだ。

ソラネズマブが効くのは軽症の患者のみというリリー社の研究結果はこの仮説を裏付けている。そして今回、アミロイド沈着速度を遅くすることで認知機能低下が緩やかになることが初めてヒトでも示されたと、バナーアルツハイマー病研究所(米国アリゾナ州フェニックス)の理事Eric Reimanは述べている。

これは重要である。なぜなら、米国食品医薬品局(FDA)は、臨床効果を証明する十分な証拠がなければ、アミロイド沈着を阻止する薬を認可するつもりはないと明言しているからだ。つまり、もしどこかの製薬会社がアミロイド蓄積とアルツハイマー病進行との因果関係を証明できれば、全ての会社が利益を得られると、クレネズマブ(crenezumab)の臨床試験を指揮しているReimanは説明する。クレネズマブはロシュ社の薬で、この薬も以前に大規模な治験に失敗している。

逆に、もしアミロイドを標的とした薬がより大規模な予防的臨床試験でつまずけば、アルツハイマー病研究全体が後退を余儀なくされることになる、とGandyは言う。「主な懸念はアミロイドを減らす薬の後ろに控えているパイプライン(医療用医薬品候補化合物)が実際かなり貧弱だという点です」と彼は言う。しかし、少なくとも3つの会社が、別の標的タウ(進行したアルツハイマー病でニューロンを破壊するタンパク質)に働き掛ける治療薬(そのうちのいくつかは抗体医薬)を開発中である。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151015

原文

Antibody drugs for Alzheimer’s show glimmers of promise
  • Nature (2015-07-30) | DOI: 10.1038/nature.2015.18031
  • Sara Reardon

参考文献

  1. Clarfeld, A. M. & Dwolatzky, T. JAMA Intern. Med. 173, 901–902 (2013).
  2. Bateman, R. J. et al. N. Engl. J. Med. 367, 795–804 (2012).