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白内障の原因を解きほぐすラノステロール

一部の白内障は、水晶体のクリスタリンタンパク質の構造が変化して凝集することで生じる。四川大学(中国)、中山大学(中国広東省)、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)、北京ゲノム研究所(BGI)および清華大学(ともに中国北京市)の研究者からなるチームは、先天性白内障が生じる2家系の調査から、遺伝性白内障の原因が、水晶体に多く含まれるラノステロールというタンパク質を作る酵素、ラノステロールシンターゼ(LSS)をコードする遺伝子の変異であることを突き止めた。そして、ラノステロールの投与により、変異型クリスタリンタンパク質の凝集体がアミロイド様の繊維状構造であっても解きほぐすことができること、また抽出したウサギ白内障水晶体やイヌを使って、ラノステロールの投与により自然発症する白内障も効果的に治療できたことを、Nature 2015年7月30日号607ページに報告した1

図1 水晶体断面図
水晶体線維細胞はお互い密に存在しており、成熟して水晶体の中心部に移動するにつれて、核(青色)などの細胞内構造を喪失する。線維細胞は極めて規則正しく並んだクリスタリンタンパク質を含んでおり、その細胞内濃度は水晶体の内部に向かって増加している(上図ではピンク色が濃くなっている)。このような細胞構造と細胞内構造の組み合わせにより水晶体に透明性がもたらされる。 Credit: ttsz/istock/thinkstock

水晶体研究はこれまで、視覚過程の解明に加えて広範な、時には関係がないと考えられる分野の調査により科学的知見を拡大することで進歩してきた。今回の成果は、この伝統を体現しているようだ。眼の水晶体はおよそ2世紀にわたって精力的に研究されている。1833年に光学研究者デビッド・ブリュースター(David Brewster)は、タラ水晶体の詳細な構造を推定するために、1本のロウソクと1枚の金属製の板をうまく使って、水晶体には4.8mmの大きさの水晶体線維細胞が500万個含まれていると算出した2。1901年には、発生学者ハンス・シュペーマン(Hans Spemann)の水晶体の発生に関する研究から、胚発生過程での細胞間の相互作用による「誘導」という概念が示唆された3。19世紀後半には水晶体の生化学研究が始まり、水晶体には現在はクリスタリンとして知られる不均一な構造タンパク質が多量に含まれていることが報告された4。次に、疾患に関連することが初めて明らかになった。常染色体上の遺伝学的な位置の1つとして、白内障感受性座位が報告されたのだ5。また、初めて単離、クローニングされたメッセンジャーRNA(mRNA)分子の1つも水晶体に関係がある。ニワトリ水晶体のδクリスタリンmRNAはそうして研究されたものだ6

水晶体の機能は、網膜に光を伝え、網膜上に焦点を結ぶことである。こうした機能を担う水晶体は、水晶体上皮細胞という1種類の細胞と、その細胞から発生する水晶体線維細胞で構成されている。水晶体上皮細胞は水晶体線維細胞を覆う単層の細胞層で、その前極部と赤道部の間には増殖帯と呼ばれる領域がある。ここの細胞のみが増殖を繰り返し、前極部側で分裂した細胞は赤道部に向かって移動し、そこで前後方向に伸長し、水晶体二次線維細胞へと分化する。そしてこの細胞は、タマネギに似た両凸面形状の層状構造に規則正しく配列する。この過程で、細胞は多量のクリスタリンを合成する。その量は、おそらくどの組織に見られるタンパク質濃度よりも高い。また、細胞は中心に進むにつれ、細胞小器官が分解され、細胞外間隙が最小化され、細胞膜密度が細胞質密度近くまで上昇する(図1)。これらの変化全てが、光の散乱を減少させるのに寄与している7ことから、水晶体の透明性は、主に水晶体の微細構造と、密に詰め込まれた水晶体クリスタリンの組み合わせによって達成されているといえる。

ヒトクリスタリンは、αクリスタリンおよびβγクリスタリンの2つのファミリーに分けられる。これらを合わせると、水晶体の細胞に含まれる水溶性タンパク質の90%に及ぶ8。クリスタリンは非常に安定で、極めて規則正しく配列されており、屈折率は比較的一定であり、この性質が水晶体に透明性をもたらしている9。ただし、分化した水晶体線維細胞は新しいタンパク質を合成するための装置を喪失しているので、クリスタリンは代謝回転しない。つまり、水晶体の中央部のクリスタリンは体内で最も古いタンパク質の1つなのだ。従って、クリスタリンの構造と機能を保持することが水晶体混濁の防止にとって重要になる。水晶体はまた、加齢や外部からの刺激(紫外線、酸化ストレス、糖化など)による破壊や損傷から、クリスタリンの詰め込みや水晶体線維細胞の配置を補完している系を保護する役目も担っている。

変異すると白内障を引き起こす遺伝子は、これらの生物学的経路の1つに関与するタンパク質、あるいは水晶体の恒常性に重要な機能的タンパク質群をコードしている傾向がある。変異遺伝子により先天性白内障のリスクが高い家系では、水晶体クリスタリンの変異が50%弱の人に見られ、それがない人でも、増殖因子あるいは転写因子、膜タンパク質、シャペロンタンパク質、タンパク質分解に関わる酵素における変異が見られるという特徴がある10。研究チームは、先天性白内障の原因としてLSSの変異を見つけ出したことで、白内障発症のこれまで知られていなかった経路を明らかにした。

多くの遺伝性白内障で見られるクリスタリンの構造変化は壊滅的であることから、水晶体を保護している系全体が機能不全に陥っていると考えられ、研究チームが明らかにしたラノステロールの活性に抵抗性を示す可能性もある。だが、加齢に伴う白内障に見られるクリスタリンの進行性変性ならば、ラノステロールが治療に有効な可能性がある。加齢に伴う白内障では、損傷を受けたβγクリスタリンタンパク質にαクリスタリンが結合すると、αクリスタリンはシャペロン(他のタンパク質の折りたたみ、あるいは折りたたみ構造の解除を補助するタンパク質)様の機能を発揮して、変性したβγクリスタリンを再び正常に折りたたんで可溶化し11、光の散乱を減少させる。しかし、時間の経過とともにさらに多くのクリスタリンが損傷を受け、互いに結合して大きくなると、そのタンパク質複合体自体が光を散乱するようになる11,12。結局、このような複合体は沈殿し、不溶性タンパク質分画(高分子量の凝集体と呼ばれる)を形成する。このような凝集体は一般的な加齢に伴って体内で増加し、特に白内障の水晶体に多く見られる。これは、少なくとも一部の症例では、白内障はタンパク質ミスフォールディング病であることを示している13

混濁した水晶体を除去する外科的手術は効果的で安全であるが、世界的な老齢人口から、次の20年で白内障の手術は倍増すると予測されている14。同じ人口動態から、白内障感受性の人において加齢に伴う白内障の発症を10年ほど遅らせることができれば、手術の必要性はほぼ半分に減少させることができると考えられている15。加齢に伴う白内障の発症前スクリーニングは簡単で、また、眼に薬剤を局所投与することも容易である。研究チームは、ラノステロールを含む点眼薬で、イヌで自然発症した白内障の治療に成功した。この知見は、ヒト白内障のトランスレーショナル研究として、実用的な薬理学的予防、あるいは治療につながり得る初の成果だ。その上、この手法はさまざまな組織系や臓器系に影響を与える他のタンパク質ミスフォールディング病のモデルになる可能性もある。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151033

原文

Cataracts dissolved
  • Nature (2015-07-30) | DOI: 10.1038/nature14629
  • J. Fielding Hejtmancik
  • J. Fielding Hejtmancikは国立眼病研究所(米国メリーランド州ロックビル)に所属。

参考文献

  1. Zhao, L. et al. Nature 523, 607–611 (2015).
  2. Brewster, D. Phil. Trans. R. Soc. Lond. 123, 323–332 (1833).
  3. Spemann, H. Vehr. Anat. Ges. 15, 61–79 (1901).
  4. Zhang, T. et al. Hum. Mutat. 30, E603–E611 (2009).
  5. Renwick, J. H. & Lawler, S. D. Ann. Hum. Genet. 27, 67–84 (1963).
  6. Zelenka, P. S. & Piatigorsky, J. Proc. Natl Acad. Sci. USA 71, 1896–1900 (1974).
  7. Michael, R., van Marle, J., Vrensen, G. F. & van den Berg, T. J. Exp. Eye Res. 77, 93–99 (2003).
  8. Bloemendal, H. et al. Prog. Biophys. Mol. Biol. 86, 407–485 (2004).
  9. Benedek, G. B. Appl. Optics 10, 459–473 (1971).
  10. Shiels, A. & Hejtmancik, J. F. Clin. Genet. 84, 120–127 (2013).
  11. Rao, P. V., Huang, Q.-L., Horwitz, J. & Zigler, J. S. Jr Biochim. Biophys. Acta 1245, 439–447 (1995).
  12. Datiles, M. B. III et al. Arch. Ophthalmol. 126, 1687–1693 (2008).
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