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現代人の体質や病にネアンデルタールDNAの影

旧人の遺伝子多様体は、現代のチベット人が高地で生活していくのに役立っている。 Credit: XIN LU/GETTY

我々の祖先はえり好みの激しいタイプではなかった。ホモ・サピエンスがネアンデルタール人やデニソワ人をはじめとする近縁旧人種と性的な関係を持っていたことは、遺伝学的証拠によりすでに強固に裏付けられている。そして今回、現代人の大規模ゲノム解析を行った複数の研究チームが、先祖の性的交流が現代人の体質に複合的な影響を及ぼしていることを示す決定的な証拠を見いだし、分子生物進化学会(Society for Molecular Biology and Evolution)の年次総会で報告した。その影響は、ホモ・サピエンスがアフリカ外の環境に対処するのに役立つ能力の獲得から、喘息や皮膚病、ことによるとうつ病へのかかりやすさに至るまで、多岐にわたっている。

現代人のゲノムの中で近縁旧人種に由来する部分は小さい。欧州人とアジア人の多くはネアンデルタール人DNAを持っているが、その割合は2~4%であり1、メラネシア人2とオーストラリア先住民3のゲノムにはデニソワ人DNAが存在するが5%程度だ。他の遠縁の人類に由来する小さなDNA配列もおそらく、さまざまな地域で暮らす現代人のゲノムにちりばめられているのだろう4

しかし、こうしたわずかなDNA配列が、ヒトの生物学的性質に多大な影響を与えた可能性がある。ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の集団遺伝学者David Reichによれば、近縁旧人のDNAは、それに対応するホモ・サピエンスDNAとは大きく異なっている場合があり、それ故、有用な形質として取り込まれた可能性が高いという。「それが系統のわずか2~3%を占めているにすぎないとしても、系統的に十分に遠縁であるため、影響は思いの外大きかったのです」とReich。

2014年、2組の研究チームが、現代人の中に存在し続けるネアンデルタール人DNAのカタログをそれぞれ構築して発表した5,6。Reichはその一方のチームの中心的なメンバーである。この研究で、ネアンデルタール人から受け継いだ対立遺伝子の中にユーラシア人の皮膚や体毛に影響するものが見つかり、熱損失低減や濃い体毛に寄与した可能性が示唆された。しかし当時、そうした遺伝子が有益だったことを示す証拠はかなり弱かった。

ネアンデルタール人のDNAがヒトの生物学的性質をどのように形成したかをさらに深く解明するため、バンダービルト大学(米国テネシー州ナッシュビル)の進化遺伝学者Tony Capraと彼の研究室の大学院生Corinne Simontiは、いくつかの全ゲノム関連性解析(GWAS)の結果に目を向けた。その中には、特定の疾患や状態を有する人と有さない人で数千個の遺伝子多様体を比較したものがあった。

SimontiとCapraは、入院患者2万8000例の匿名化したゲノムデータと医療記録を利用し、特定の遺伝子の中にネアンデルタール版の多様体を有する人と、それのホモ・サピエンス版を有する人との間で形質および医療診断に違いが見られるかどうかを探した。その結果、ネアンデルタール人の多様体は骨粗鬆症や血液凝固異常症、ニコチン嗜癖といった状態のリスクをわずかに高めるらしいことが分かった。また、多数の遺伝子多様体による複合的な影響に注目した別の解析からは、さらに複雑な構図が浮かび上がってきた。ネアンデルタール版の遺伝子に、うつ病、肥満、およびある種の皮膚障害と関連する多様体が見つかったのだ。この中には、リスクを高めるものもあれば、リスクを下げるものもあった。Simontiはこのデータを、オーストリア・ウィーンで7月15日に開催された分子生物進化学会の年次総会で発表した。

ネアンデルタール人の遺伝子多様体は、多くのヒト多様体と同様に、これらの状態を生じるリスクにごく小さな影響しか及ぼさなかったとCapraは指摘する。しかし、日光への暴露で引き起こされる病変を含め、皮膚障害に関与するネアンデルタール遺伝子が確認されたことは、ネアンデルタールDNAを皮膚の生物学と結び付けた過去の複数研究とも符合すると彼は言う。

旧人の遺伝子の影響が時を経るとともに変化したと考えられるケースもある。SimontiとCapraは学会で、現生人類が経験した血液凝固異常症がネアンデルタール人の免疫遺伝子と関連付けられる可能性があることも報告している。ただし、過去の研究では、ホモ・サピエンスがアフリカの外で遭遇した疾患に対処するのに旧人の免疫遺伝子が役立った可能性が示唆されている。

同じ学会で、マックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ・ライプチヒ)の計算機生物学者Michael Dannemannを中心とする研究チームは、Toll様受容体(TLR、病原体を感知して迅速な免疫応答を繰り出すタンパク質)をコードする遺伝子に、ネアンデルタール人やデニソワ人の対立遺伝子を持っている現代人が多いことを報告した。さらに、旧人版の遺伝子を有する培養ヒト細胞は、ホモ・サピエンス版の遺伝子を持つ細胞と比較してTLRの発現レベルが高い傾向にあった7。また、過去のGWASでヘリコバクター・ピロリ感染(胃潰瘍を生じる場合がある)のリスクの低下と関連付けられた旧人の遺伝子多様体は、高率のアレルギー発症とも関連することが分かった。

カリフォルニア大学バークレー校(米国)の集団遺伝学者Rasmus Nielsenは、「1万年前に適応に役立った形質の多くは、現生人類の生活様式や食物などの変化によって今では適さなくなっている可能性があります」と指摘する。

旧人の形質の中には、現代人にとって明らかに有益なものが少なくとも1つある。デニソワ人のものに近いEPAS1という遺伝子だ。2014年にNielsenの研究チームは、血液の濃縮を防止するEPAS1が、現代のチベット人が標高4000mという高地で生活するのに役立っていることを報告した8

NielsenによるEPAS1の発見はデニソワ遺伝子の利益を極めて明確に示していることから、多くの研究者は、ヒトの旧人生物学に関する広告塔になると考えている。しかしReichによれば、そうした洞察を証明するには、マウスの遺伝子を組み換えて旧人の多様体を導入し、その生物学的性質を徹底的に調べるなど、困難な研究を遂行する必要があるという。「どの新発見にも大変な苦労が伴うのです」。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151014

原文

Neanderthals had outsize effect on human biology
  • Nature (2015-07-30) | DOI: 10.1038/523512a
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Green, R. E. et al. Science 328, 710–722 (2010).
  2. Meyer, M. et al. Science 338, 222–226 (2012).
  3. Rasmuseen, M. et al. Science 334, 94–98 (2011).
  4. Hammer, M. F., Woerner, A. E., Mendez, F. L., Watkins, J. C. & Wall, J. D. Proc. Natl Acad. Sci. USA 108, 15123–15128 (2011).
  5. Vernot, B. & Akey, J. M. Science 343, 1017–1021 (2014).
  6. Sankararaman, S. et al. Nature 507, 354–357 (2014).
  7. Dannemann, M., Andrés, A. M. & Kelso, J. Preprint at http://dx.doi.org/10.1101/022699 (2015).
  8. Huerta-Sánchez, E. et al. Nature 512, 194–197 (2014).