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スマホのカメラが分光計に?

図1 コロイド量子ドット(CQD)
微粒子のコロイド懸濁液であるCQDは、紫外光で励起されると粒子サイズに応じて異なる色の蛍光を発する。BaoとBawendi2は、こうしたCQDのユニークな光吸収特性を利用して、光のスペクトル特性を分析する強力なツールとなる小型分光計を開発した。 Credit: PLASMACHEM

1857年、マイケル・ファラデーは英国王立研究所で大勢の聴衆を前に講義を行い、「光と物質の相互作用」に関する先駆的実験研究1を発表した。この研究は、粒子による光の反射や吸収といった基本特性が、粒子のサイズを徐々に小さくしていくとどう変化するのか調べたもので、講義では具体的に、金の微小粒子を液体中に分散させると鮮やかな色を呈するのに対し、大きな粒子ではこうした発色が見られないことが示された。実は、ファラデーが調べた金粒子の分散液は、後に「コロイド量子ドット(CQD)」として知られることになる特殊な微粒子懸濁液だった。もちろん彼は当時このことに気付いていなかったが、優れた洞察力に基づき「特徴的な発色は金粒子の微小なサイズに起因する」と結論していた。それから約160年、清華大学(中国、北京)のJie Baoおよびマサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)のMoungi G. Bawendi2は、CQDのこうしたユニークな光学特性を利用して、スマートフォンカメラとの一体化や小型センサーとしての使用が可能な手持ち式小型光学分光計を開発し、Nature 2015年7月2日号67ページに報告した。

ファラデーが垣間見た現象は、特殊な条件により発現した粒子の量子的性質であり、彼の研究は後のナノ科学や量子理論の方向性を示すものとなった。しかし、彼が観察した発色現象の原理が「量子サイズ効果」によるものだったと判明する3には125年もの年月を要した。今では、CQDに光を照射するとCQD中の電子の一部が光子からエネルギーを得て励起されることが分かっている。大きな粒子やバルク材料と違い、CQD粒子はナノスケールサイズと微小であるため、電子がその狭い領域に閉じ込められて自由度が制限され、結果として基底状態と励起状態とのエネルギー差は拡大する。これが量子サイズ効果であり、状態間のエネルギー差は粒子のサイズに依存する。一方で、CQDは電子が高エネルギー状態から低エネルギー状態へと緩和するときに光を放出する(図1)が、その光の色はエネルギー差の値で決まるため、粒子サイズと密接に関係する。こうした原理が、CQD分光法の実現を可能にしているのだ。

分光器を初めて開発したのは、アイザック・ニュートンである。彼は、シンプルなガラスのプリズムを使って太陽光を分散させ、白色光が多くの色の光から構成されることを証明した4。現在、分光計は、さまざまな分野の複雑な科学的調査において、光の色(波長)の分布を測定するのに不可欠な計測機器となっている。例えば、天文学者たちは、生命維持に必要な大気が存在し得る太陽系外惑星の光学スペクトルを収集し分析するために分光計を使い5、惑星科学者たちは火星探査ローバーに分光計を搭載して火星表面の土壌や岩石の組成を分析することで、火星の過去の環境を知る手掛かりを探し、微生物の生育に適した条件だったかどうか調べているのだ6。分光計はまた、生物医学研究や創薬、再生可能エネルギー、法医科学、環境モニタリング、化学検出など、私たちの日常生活を支える活動に常に役立っている。

195個のCQDフィルターをデジタルカメラのCCDアレイセンサーと組み合わせたCQD分光計。大きさは10円硬貨よりやや大きい程度。 Credit: Jie Bao

こうした用途に用いられる分光計は、高精度の光学部品や機械部品が数多く使用されており、しかもそれらの部品を厳密に配列する必要があるため、複雑で高価になりがちである。また、多くの部品を通過して分析用検出器に到達するまでに、入射光の大部分が散乱もしくは吸収されてしまうため、スループットが低くなる可能性がある。さらには、近接する2つの波長を区別もしくは分解しようとすると、概して、大型の分光計が必要になってくる。

そんな中、BaoとBawendiは今回、デジタルカメラに使用されているイメージセンサーとナノテクノロジーとを的確に組み合わせることで、複雑さや価格、サイズといった欠点の多くを克服した。彼らの分光計は、広帯域吸収フィルターを利用した設計に基づいている。吸収フィルターとは、紫外線をさえぎるためにサングラスに塗布するコーティング膜のようなもので、今回使われた吸収フィルターは、それぞれが固有の粒子サイズを持つ一連のCQDからできている。

この設計コンセプトを理解するために、まず1個のセンサーと1個の広帯域光吸収フィルターを使用した場合を考えてみよう。このセンサーは可視光を検出するが、フィルターには固有のカットオフ波長があり(この値は事前に測定して決定しておく必要がある)、それより短い波長の光はフィルターに完全に吸収されるため、理想的には、カットオフ波長を超えて効率よくフィルターを透過した光のみがセンサーに検出される。

次に、センサーをもう1個と、カットオフ波長が最初のものとは少し異なる吸収フィルターを1個追加してみる。そして、これら2組のセンサーとフィルターに未知の色内容の光を照射すると、2つのセンサーが記録した信号の差が、2つのカットオフ波長間の入射光強度の尺度となる。原理的には、センサーの数と、カットオフ波長の異なるフィルターの数を増やしてこの方法をスケールアップすることで、測定可能な色の範囲を広げ、2つの隣接した色の分解能を向上させることができる。

BaoとBawendiは今回の研究で、195種類のCQD広帯域吸収フィルターをピクセル構成イメージセンサー上の数百の位置に塗布するとともに、拡張したスペクトル再構成法を用いて多数のセンサーの読み値を処理することによって、スケールアップを行った。

Credit: Alex_Schmidt/istock/thinkstock

今回の開発では、ナノテクノロジーの商業的発展が、量子ドット合成の単純化とドットサイズの精密制御につながったといえる。CQDは、粒子サイズを変化させるとスペクトル吸収と発光特性の両方が変わるため、目的に合わせて調節可能な広帯域吸収フィルターとして用いることができる。現在の技術では、粒子のサイズや形状、組成を調節することにより、深紫外から近赤外まで幅広い光に対応した、カットオフ波長が少しずつ異なる多様なCQDの合成が可能だ。そしてこうしたCQDの懸濁液は、インクジェット法や直接コンタクトプリント法でイメージセンサーのピクセル上に直接印刷することで、パターンを形成できる。さらに、パターン形成された量子ドットの長期安定性も、妥当なデバイス寿命が得られるほど改善されている。今回のCQD分光計の開発を可能にしたのは、こうした一連の要因であり、一方で設計の単純さが従来型分光計の欠点の克服につながったのである。

今後は、ナノテクノロジーがさらに進歩し、そうした技術の商業化も見込まれることから、可視域を超えたスペクトル測定に必要なCQD材料が全てそろうようになるかもしれない。特に有望な研究領域としては、発光特性と光吸収特性が波長の長い赤外領域で見られるカルコゲナイドCQD関連が挙げられる7。CQD材料を改良し光学損失を減らすためには、さらなる技術的課題の克服が必要になってくるが、イメージセンサー上への実用的な自動量子ドットパターン形成法が実現すれば、コストが削減され、家庭用電化製品への応用の道も開けるだろう。将来、超小型の高分解能CQD分光計が、宇宙ミッションで、あるいはインターネットに接続した家庭用機器のユビキタスセンシング素子として活用されるようになるかもしれない。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151029

原文

Colourful particles for spectrometry
  • Nature (2015-07-02) | DOI: 10.1038/523039a
  • Norm C. Anheier
  • Norm C. Anheierは太平洋岸北西部国立研究所(米国ワシントン州リッチランド)に所属。

参考文献

  1. Faraday, M. Phil. Trans. R. Soc. Lond. 147, 145–181 (1857).
  2. Bao, J. & Bawendi, M. G. Nature 523, 67–70 (2015).
  3. Ekimov, A. I. & Onushchenko, A. A. JETP Lett. 34, 345–349 (1981).
  4. Newton, I. Opticks (Smith & Walford, 1704).
  5. Kaltenegger, L. et al. Astrobiology 10, 89–102 (2010).
  6. Wiens, R. C., Maurice, S. & the ChemCam Team. Geochem. News 145, 41–48 (2011).
  7. Kershaw, S. V. et al. Chem. Soc. Rev. 42, 3033–3087 (2013).