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タコのゲノムから、高知能の秘密に迫る

隠れ家の壷から外を覗くO. bimaculoidesの若い個体。 Credit: Caroline Albertin and Abigail Point

タコには、多数の吸盤が並んで物に巻きつくのに適した8本の腕、カメラ眼、高度な擬態(カムフラージュ)の能力、そして驚くほど高い知能が備わっている。こんな生物は、地球上で他に見当たらない。

そして今回、タコの際立った特徴がまた1つ明らかになった。それはゲノムサイズが極めて大きいことだ。Nature 2015年8月13日号220ページ1に報告されたタコの全ゲノム情報は、軟体動物の仲間が異世界から来たような生き物へとどのように進化を遂げたのかを解明するのに役立つはずだ。

「これは、エイリアンのような生物のゲノムを解読した初めての例だと言えるかもしれませんね」と、シカゴ大学(米国イリノイ州)の神経生物学者Clifton Ragsdaleは冗談めかして話す。今回ゲノムが解析されたのはマダコの一種Octopus bimaculoides(別名カリフォルニア・ツースポットタコ)で、Ragsdaleは論文の共同代表執筆者である。

この研究は沖縄科学技術大学院大学とシカゴ大学(米国イリノイ州)、カリフォルニア大学バークレー校(米国)を中心とするチームによって行われ、タコの全ゲノム解読の他に、12種類の組織の遺伝子発現についても解析された。

「我々にとってゲノムの解読は重要です。タコの高度な認知能力がどのように進化してきたかを知るための手掛かりが、ゲノムから得られるのですから」と話すのは、20年にわたってタコの神経生理を研究している、エルサレム・ヘブライ大学(イスラエル)の神経生物学者Benny Hochnerだ。タコは複雑な迷路の中を目的地まで進んだり、好物のカニの詰まった瓶の蓋を開けたりすることができる。これほど賢い生物が頭足類(遊泳生活をする軟体動物の一群)の仲間から出現した経緯について、研究者らはぜひ解明したいと考えている。

カリフォルニア・ツースポットタコ(Octopus bimaculoides)の若い個体。吸盤が並ぶ柔軟な腕がはっきりと認められる。 Credit: Michael LaBarbera

巨大な遺伝子ファミリー

今回の研究では、驚くべき事実が判明した。タコのゲノムサイズはヒトと同程度だったのだ。さらに、タンパク質をコードする遺伝子の数は、ヒトでは2万5000個以下なのに対してタコには約3万3000個もあった。

この遺伝子数の差のほとんどは、特定のいくつかの遺伝子ファミリーが拡大したために生じたのだとRagsdaleは話す。タコで著しく拡大した2つの遺伝子ファミリーのうちの1つがプロトカドヘリン類を発現する遺伝子群で、プロトカドヘリン類はニューロンの発生やニューロン間の短距離相互作用を調節するタンパク質群である。タコが持っているプロトカドヘリン類の遺伝子は168個と哺乳類の2倍以上もあり、これはタコの神経系が際立って大きいことや奇妙な構造をしていることと符合する。タコのニューロンの数はマウスの6倍に当たる約5億個だが、その3分の2は頭部ではなく腕に分布しており、神経情報の伝達には脊椎動物の脊髄に見られる長距離の神経繊維は関わっていない。また、タコの腕には独立した情報処理能力が備わっており、たとえ切断されても認知課題を遂行できることが知られている(Natureダイジェスト 2014年8月号「タコの足が絡まらない理由」参照)。このような他に類を見ない特徴から、タコは、Hochnerをはじめとする神経生物学者にとっても、柔軟で自在に動くロボットの開発に携わっているロボット工学者にとっても、魅力的な研究対象となっている。

タコで著しく拡大しているもう1つの遺伝子ファミリーは、発生に関わるジンクフィンガー転写因子群である。このファミリーは約1800個もの遺伝子を擁しており、動物で見つかったものとしては、ゾウの嗅覚受容体遺伝子ファミリーの2000個に次いで2番目に大きい。

今回のゲノム解析では他にも、タコに特異的な遺伝子が数百個見つかった。その多くは特定の組織で高度に発現しており、例えば吸盤では、神経伝達物質アセチルコリンの受容体をコードする遺伝子群に似た奇妙な遺伝子群が発現している。この遺伝子群によって、タコには吸盤で味を感じるという驚くべき能力がもたらされているらしい。

また解析からは「リフレクチン」というタンパク質の遺伝子も6個見つかった。これらのタンパク質はタコの皮膚で発現し、体表で光の反射方向を変化させて体色を自在に変える。これはタコの擬態方法の1つで、加えてタコは体表の質感や模様、明るさまで変えることができる。

ゲノムからはさらに、タコに高知能をもたらした基盤についてもヒントとなる発見が得られた。タコのゲノムにはトランスポゾンと呼ばれる可動性の遺伝因子が大量に含まれており、その割合はゲノム全体の半分近くにもなる。トランスポゾンは、動き回ることで遺伝子の発現を変化させたり位置を入れ替えたりするため、これが組織のタンパク質を迅速に調整して、タコの組織の機能を変化させるのに寄与したと考えられるのだ。その結果、タコでは神経ネットワーク特性において適応が生じ、驚異的な学習能力や記憶能力をもたらした可能性がある。この機構は、電気生理学者らによって予測されていたものとも一致する。

軟体動物門の中のタコの位置付けから、その驚異的な進化がよく分かるとHochnerは話す。「二枚貝のようにごく単純な軟体動物は、泥の中に生息し、濾過摂食をします。一方でタコは、殻を脱ぎ捨て、水中で極めて複雑な行動を進化させたのです」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151002

原文

Octopus genome holds clues to uncanny intelligence

参考文献

  1. Albertin, C. B. et al. Nature 524, 220–224 (2015).