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脳機能解明へ、日本でプロジェクト始動

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150112

原文:Nature (2014-10-09) | doi: 10.1038/514151a | Marmosets are stars of Japan’s ambitious brain project

David Cyranoski

霊長類の高次脳機能解明を目指すBrain/MINDS計画では、マーモセットを使ってヒトの神経・精神障害の研究が行われる。

Thinkstock

欧州で1つ、合衆国でも1つ。そして今、日本でも新たに脳マッピングプロジェクトが開始され、神経科学研究競争に加わることになった。

欧米のプロジェクトとは異なり、日本のプロジェクトは珍しいリソースに基づいている。日本の科学者たちが過去10年間に開発してきた「マーモセット」の大きな集団を使うのである。また、このプロジェクトでは新しい遺伝学的技術も用いられる予定で、この技術によってこの非常に社会的な動物の遺伝子を改変できると期待されている。10年計画のBrain/MINDS(Brain Mapping by Integrated Neurotechnologies for Disease Studies;革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト)の目標は、霊長類の脳をマッピングしてアルツハイマー病や統合失調症などのヒト疾患に関する理解を加速することである。2014年9月11日、文部科学省はグループのリーダーたちの名前とプロジェクトの組織を発表した。

Brain/MINDSの初年度の予算は30億円で、おそらく2年目は約40億円に引き上げられることになっているが、欧州連合(EU)のヒューマン・ブレイン・プロジェクトと米国のBRAIN(Brain Reserch through Advancing Innovative Neurotechnologies)イニシアチブと比べると規模は小さい。欧米のプロジェクトはどちらもこの先10年間で少なくとも10億ドル(約1200億円)が支給されることになっている。しかし、それらのプロジェクトに関わっている研究者たちは、霊長類を用いる日本のBrain/MINDSが、マウスなどの小型実験動物の疾患モデルとヒトの脳のモデルとの間にある重要なギャップを埋めてくれると考えている。小型実験動物ではヒトの脳の異常を模擬できないことが非常に多く、ヒトに適用する正当性を証明できるデータが必要なのだ。

「認知について、そして統合失調症やうつなどの脳の認知性疾患について研究するためには遺伝学的な霊長類モデルが不可欠です。そういった研究に適するマウスモデルはありませんから」と、ソーク研究所(米国カリフォルニア州ラホーヤ)の神経科学者Terry Sejnowskiは言う。彼は米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)のBRAINイニシアチブ・ワーキング・グループのメンバーである。「米国と中国の別のグループも、トランスジェニック霊長類プロジェクトを始めていますが、日本のプロジェクトほど規模は大きくなく、また日本のものほど組織化されてもいません」。

EUのプロジェクトのリーダーを務めるスイス連邦工科大学(ローザンヌ)の神経科学者Henry Markramも「非常に素晴らしいことです。途方もない計画をまとめ上げたことで、日本は賞賛されるべきです」と、Brain/MINDSを歓迎する。

Brain/MINDSプロジェクトで最も重要な点は、認知機能を解明するために、そしてヒトの脳疾患のモデルとして利用するために、トランスジェニックマーモセットを作出したことである。チンパンジーなどの霊長類ほど人間に近縁ではないとはいえ、マーモセットはいろいろな意味で脳研究に理想的な実験動物だ。小型で多産性であるため、霊長類モデルとして一般的に使用されるアカゲザルよりも、実験動物として扱いやすく効率的だ。

また、マーモセットの脳は8gしかなくコンパクトなので、分析するのが比較的簡単だ。さらにマーモセットは、同程度の脳を持つ他の動物に比べて前頭葉(ヒトの精神疾患に関わる脳領域)がよく発達していて、ヒトの前頭葉に似ている。それに加え、マーモセットの行動には人間と共通する特徴も見られる。例えば、人間と似た家族単位での生活や、アイコンタクトを攻撃の形式の1つとしてではなくコミュニケーションの手段として使うことなどだ。こうした特徴は他のサルだけでなく、チンパンジーにさえも見られない。

このような理由から、マーモセットはパーキンソン病やアルツハイマー病などの疾患研究の良いモデルになると期待されている。アイコンタクトなどといった社会的行動に異常が起こる原因が分かれば、自閉症の基盤となるメカニズムを明らかにする助けになるだろう、とマーモセットを使った研究を行っている京都大学の神経科学者、中村克樹は述べる。

また、最近の研究の進歩によって、マーモセットの遺伝子組換えがより効率的に行えるようになるかもしれない。2009年に、川崎にある実験動物中央研究所のトランスジェニック動物専門家の佐々木えりかが率いるチームが、初めて霊長類に遺伝子を導入し、その遺伝子は生存能力のある次世代に受け継がれることが示された。そして今、CRISPRと呼ばれる遺伝子編集技術により、正確にDNAを改変することができるようになり1,2、トランスジェニックサルの作製にその技術が使用されている3Natureダイジェスト 2014年2月号、10ページ参照)。

時を同じくして、遺伝学者たちは統合失調症や自閉症などのヒト疾患に関与する重要な変異をいくつか特定してきた。「霊長類の遺伝的モデルを開発するのに、今はまさに絶好のタイミングです」と、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)のマクガヴァン脳研究所のディレクターRobert Desimoneは言う。

Brain/MINDSは3つのグループに分かれている。慶應義塾大学(東京都)の岡野栄之共同プロジェクトリーダーが率いるグループは、機能的磁気共鳴画像装置などの技術を使用して脳の機能を構造にマッピングする。同グループは、疾患のトランスジェニックモデルを使用し、マクロスケールの機能(脳内の長距離経路)の研究を、特定のニューロンを突き止めその特徴を調べるミクロスケールの研究に結び付ける。プロジェクトのもう1人の共同リーダーである、理化学研究所脳科学総合研究センター(埼玉県和光市)の宮脇敦史が率いる第2のグループは、17の独立したチームからなり、マッピング研究をサポートする技術を開発する。そして、東京大学の笠井清登が率いる3番目のグループは、脳スキャン結果など、患者から得た情報を集める。これを使えば、精神医学的疾患、神経学的疾患、そして血管系疾患の固有の特徴が明らかになり、それをマーモセット研究者にフィードバックできるだろう。

この種の研究での霊長類の使用に関する日本の規則は、欧州や米国の規則ほど厳格ではないが、それでもやはりこのプロジェクトは動物虐待の問題をめぐって倫理的なハードルに直面する可能性がある。「日本のマーモセットプロジェクトにとって、将来必然的に起こるであろう倫理的問題を慎重に検討しておくことが重要でしょう」と、Sejnowskiは言う。

Brain/MINDSは技術の面で野心的である。佐々木と共同研究を行っている米国立神経疾患・脳卒中研究所(メリーランド州ベセスダ)の神経科学者Afonso Silvaは、CRISPRがマーモセットでうまく働くかどうかはまだ明らかになっていないと指摘する。また彼は、プロジェクトの研究者たちは手を広げ過ぎないようにするべきだと言い足す。「多くの疾患を扱いたいでしょうが、私は1つの重要な疾患について深く詳細な研究がなされることを期待しています。1つの疾患でこのアプローチが有効であることが証明できれば、他の疾患でもこのプロジェクトを繰り返し行うことができるからです」。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Cong, L. et al. Science 339, 819-823 (2013).
  2. Mali, P. et al. Science 339, 823-826 (2013).
  3. Niu, Y. et al. Cell 156, 836-843 (2014).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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