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素早いゲノム解析で赤ちゃんを救え!

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150108

原文:Nature (2014-10-02) | doi: 10.1038/514013a | Fast sequencing saves newborns

Sara Reardon

不可解な病気を持って生まれた赤ちゃんに迅速な診断と治療を行うために、スピーディーなゲノム解析を行うプロジェクトが米国で始まった。

病気の赤ちゃんのゲノム塩基配列を24時間以内に解読することが現在では可能であり、その結果をみて担当医は迅速に診断を下せる。

CONRAD BORNMAN/GALLO/GETTY

2013年の春先に生まれたある男児は、マーシー小児病院(米国ミズーリ州カンザスシティー)で誕生以来ずっと新生児集中治療室(NICU)で過ごし、医師らは異常の原因を突き止めようと奮闘した。しかし4月には、この男児の肝臓が機能不全を起こしたため、医療スタッフは両親に見通しが厳しいことを告げた。

その時点で、同じ病院に所属する遺伝学者Stephen Kingsmoreのチームがこの幼い患者を引き受けた。彼らは赤ちゃんと両親のゲノムの塩基配列を3日足らずで解読し、3人全員に共通する非常に珍しい変異を見つけ出した。その変異は、免疫系が働き過ぎて肝臓や脾臓を傷つけてしまう病気に関連していることが分かった。診断ができたので、担当医らは免疫応答を弱める薬を投与した。生後2カ月目まで死に瀕していたこの男児は現在、自宅で健やかに暮らしている。もし、DNA試料を通常のゲノム検査システムに回していたら、診断を下すまでに1カ月以上かかってしまい、おそらくその間に、幼い命は失われていただろう。

Kingsmoreのチームはこれまでに、24時間で診断できる解析プロセスを44人の赤ちゃんに適用してゲノムを解析しており、今回の男児もその1人である。44人のうちの28人の病気を診断することができ、そのうち約半数に対して治療の変更を勧告することができた。Kingsmoreはこうした成果を、2014年9月19日に米国メリーランド州ポトマックで開催された「ありふれた疾患のゲノミクス(Genomics of Common Diseases)」会議で報告した。彼のチームは同年10月6日に、数百人の赤ちゃんのゲノム塩基配列を解読するという大規模なプロジェクトをスタートさせる。これは、4つの「新生児塩基配列解読研究(newborn-sequencing studies)」の中で最初のプロジェクトであり、それぞれの研究には2013年9月に米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)から数百万ドルの研究助成金が授与されている。不可解な病気を持って生まれる赤ちゃんに、近い将来ゲノム解析を標準的に適用することになると予想されるため、これらの研究で、そのプロセスの実現可能性と倫理的問題の両方について検討していく予定だ。

Kingsmoreのチームは今後5年かけて、マーシー小児病院のNICUで治療を受けた赤ちゃん500人のゲノムを解析し、それらの赤ちゃんの臨床転帰を、従来の遺伝子検査や代謝検査で診断された500人のNICUベビーの転帰と比較することにしている。チームはさらに、迅速なゲノム解析を行うことで赤ちゃんが不要な検査や無益な治療を受けずに済むかどうか、また、致死的な病気があると診断された場合に両親が治療に関する判断を下す際の助けになるかどうかも評価する。Kingsmoreによれば、たとえ赤ちゃんが死亡した場合でも、赤ちゃんのゲノム塩基配列と診断結果を他者に開示しないことを選択でき、その一方で両親の遺伝学的な状況についてさらに情報を提供することも可能という。

Kingsmoreはこの迅速なゲノム解析法を「ファクトリー方式」と呼んでいる。4、5人の専門家がプロセスの各段階(採血から最終的な診断まで)をそれぞれ担当し、できるだけ速く遂行する方式だからだ。まず両親と赤ちゃんの両方からDNAを採取して、赤ちゃんのゲノムにある変異を素早く特定する。続いて赤ちゃんのDNAの配列解読を行い、特注ソフトウエアを使って、症状に基づいてゲノムの特定領域を対象に検討する。遺伝子に基づいて診断を行い、主治医に必要な情報を提供した後、塩基配列データは今後の研究で使うために、機密の保たれたデータベース内に匿名化して格納される。

ゲノミクス政策に詳しいデューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)のMisha Angristは、この24時間ゲノム解析プロセスは素晴らしいものだが、新生児のゲノム解析がすぐに標準的手法になるかどうかはまだ分からないと話す。ゲノム解析の費用を支払うのは誰なのか、得られたデータは誰が利用できるのか、扱っている疾患と無関係だが手に入るゲノム情報について医師はどこまで抽出していいのか、といった多くの問題がまだ解決されていないからだ。そして、この迅速な解析プロセスがどの程度有益かという疑問もある。「とにかく、これらの実験を行うことが重要なのだと思います。そうすれば、どんな収穫があるかが見えてくるでしょう」とAngrist は言う。

今のところ、臨床試験の開始許可が下りたのはマーシー小児病院のチームだけである。同病院には米国食品医薬品局(FDA)に認可された臨床検査室がある。これによって、極めて重篤な症状の赤ちゃんの塩基配列解読が可能となっている。通常、医学的な検査は患者の診断に用いる前に実験で妥当性を証明する必要がある。「今回の場合は非常に先駆的な研究ですから。これがFDAの新しい取り組み方のきっかけになるかどうか、また、今後も同様の研究でこうした措置がされるかどうかを、誰もが知りたがっていると思います」とKingsmoreは説明する。

NIHに資金提供を受けた他の研究チームは、FDAもしくは国際的な倫理審査委員会からの承認を待っているところだ。米国マサチューセッツ州ボストンでは、ボストン小児病院の医師Alan Beggsとブリガム・アンド・ウィメンズ医院の医師Robert Greenの率いるチームが、健康な赤ちゃん240人とNICU で治療を受けている赤ちゃん240人の調査を計画している。このチームは、各集団の赤ちゃんの半数について無作為にエキソーム(ゲノム内のタンパク質コード領域の総体)の塩基配列を解読し、それらのデータだけで赤ちゃんの健康を改善できるかどうかを判定することにしている。エキソームの配列解読は全ゲノム配列解読よりも総合性で劣るが、費用は安く済む。

ノースカロライナ大学チャペルヒル校(米国)の遺伝学者Cynthia PowellとJonathan Bergが率いる第3のチームは、嚢胞性繊維症など既知の遺伝疾患を持つ赤ちゃん400人のゲノムを解析し、そうした疾患に関して他の特別な情報を収集できるかどうかを見ようとしている。また、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の臨床遺伝専門医Robert Nussbaumのチームは、出生時の新生児で採集済みの1400例の血液斑からエキソームの塩基配列を解読し、この情報が診断に役立つかどうかを判断する。

どの研究チームにも、診断とは直接関係のない「情報の公開」などの問題に取り組む倫理学者が加わっている。「一般の人々はゲノム解析で得られる情報の影響力に関して敏感になっており、またそうなって当然なのです」とGreenは話す。まして子どもを扱う問題となれば、そうした懸念は一段と大きくなる。

(翻訳:船田晶子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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