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幹細胞から成熟β細胞の作製に成功

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150111

原文:Nature (2014-10-16) | doi: 10.1038/514281a | Stem-cell success aids diabetes fight

Heidi Ledford

インスリンを産生する成熟β細胞を、in vitroで幹細胞から大量に作製する方法が開発された。現在の課題は、1型糖尿病患者に移植した成熟β細胞を、患者の免疫系による攻撃から守ることである。

Douglas Melton(奥)が率いる研究チームが、ヒト幹細胞からインスリンを産生する細胞を作製した。

SUZANNE KREITER/BOSTON GLOBE/GETTY

Jose Oberholzerは米国の外科医で、インスリンを分泌するβ細胞を移植することで、毎年数人の1型糖尿病患者を毎日のインスリン注射から解放している。1型糖尿病は、膵臓のインスリンを分泌するβ細胞が破壊される自己免疫疾患である。しかし、現在のβ細胞移植は満足できる治療とは言い難い。脳死したドナーの膵臓からβ細胞を採取するのだが、量は少なく、質もさまざまなのだ。さらに、移植を受けた患者は、非自己細胞への免疫応答を抑制する薬剤の投与を受けねばならず、これにより、腎障害が引き起こされることもある。

幹細胞科学からある研究成果が報告されたことで、この問題に光が見えてきた。ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の幹細胞研究者Douglas Meltonらは、ヒト幹細胞から成熟β細胞を作製することに成功し、この成熟β細胞が実際の膵β細胞と同様の機能を発揮することを、Cell10月9日号に報告した1。幹細胞から作製できる、つまり移植細胞を無制限に供給できると期待されるのである。これにより、もっと多くの1型糖尿病患者への移植が可能になると考えられ、Oberholzerの不満は解消するかもしれない。次なる課題は、体に備わる免疫応答から、これらの移植β細胞を守る方法の開発である。

これまでに、幹細胞から未成熟なβ細胞が作製され、糖尿病マウスへの移植実験で効果が確認されている。しかし、糖尿病マウスを使った実験では、それらの未成熟β細胞がインスリンを分泌する成熟β細胞になるには数カ月かかること、さらに、ヒト患者においてこのようなin vivo分化が起こるかどうかも不明である。

今回、Meltonらは、胚性幹細胞株および人工多能性幹(iPS)細胞株から成熟β細胞を作製した。Meltonらは、in vitroの浮遊培養系において、多数のシグナル伝達経路に影響を与える11因子を用いた独特の連続培養ステップにより、幹細胞を4〜5週間で成熟β細胞に分化させるプロトコルを開発した。すでにこのプロトコルで数億個の成熟β細胞の作製に成功しており、移植に必要な細胞数(約1億5000万個)は十分確保できると考えられる。また、細胞機能についても、作製された成熟β細胞は、グルコースに応答して、迅速に血糖調節に必要なインスリンを分泌した。さらに、この成熟β細胞を糖尿病マウスに移植すると、2週間以内に糖尿病の症状が回復し、ランゲルハンス島(膵島)と呼ばれる膵臓の構造と同様の細胞塊さえも形成した。「由来を説明せずにこの成熟β細胞を見せたら、専門家ですら『完璧なヒト膵島細胞だ』と言うと保証しますよ」と、Oberholzerは言う。彼は、Meltonらとともに、このβ細胞の試験を非ヒト霊長類を用いて行っている。

現在、β細胞移植は、β細胞の供給量が限られているために、糖尿病の最も重症な症例にのみ行われている。今回Meltonらは、iPS細胞株から成熟β細胞を作製した。移植用の成熟β細胞を患者自身の皮膚細胞から作製できることから、移植細胞の供給源として期待されるが、自己免疫疾患である1型糖尿病患者では、患者自身の細胞から作製された成熟β細胞でも、免疫系による攻撃を受けやすい可能性がある。そのため、1型糖尿病患者に広くβ細胞移植が行われるようになるためには、免疫系による攻撃を回避する必要がある。

この問題の解決策の1つとなり得ると考えられるのが、ヴィアサイト社(ViaCyte;米国カリフォルニア州サンディエゴ)が開発したカプセルである。このカプセルは、生物学的適合性を有する素材でできたクレジットカード程度の大きさの容器で、ここに細胞を入れて皮下に埋め込む。ヴィアサイト社は、2014年10月21日から1型糖尿病患者を対象に未成熟β細胞入りカプセルの臨床試験を開始した。このカプセルの動物での研究結果は有望であった。ただ、カプセル内の細胞密度が高過ぎて、酸素や栄養が枯渇するかもしれないと懸念する研究者もいる。

また別の選択肢として、保護的ヒドロゲルで細胞を覆う方法がある。細胞をヒドロゲルでコーティングし、数千個の別個の塊にするのだ。しかし、安全性についての懸念が生じた場合、このような細胞塊を取り除くのが困難なことが欠点だと、若年性糖尿病研究財団(JDRF;米国ニューヨーク州)のディスカバリーサイエンス部門長Albert Hwaは指摘する。

どちらの技術でも、異物を瘢痕組織内に封じ込めるという生体の性質を回避できないため、移植細胞に栄養が供給されなくなる可能性がある。その問題に対処するため、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の生物工学者Daniel Andersonらは、「瘢痕化の引き金にならないヒドロゲル」を作製できる化合物をスクリーニングしている。彼は、Meltonの成熟β細胞とともに用いたヒドロゲルの中のいくつかで、糖尿病霊長類において有望な結果が出ているが、まだ発表していないという。

このような手段がまだ確立されていなくても生命を脅かす血糖値の変化に毎日直面している糖尿病患者には大きな恩恵がもたらされるだろう、とOberholzerは言う。彼の患者の多くが、インスリン注射から解放されると胸をなでおろしているという。「患者さんたちは、毎日のインスリン注射よりβ細胞移植を選ぶでしょう」とOberholzerは言う。

(翻訳:三谷祐貴子)

参考文献

  1. F. W. Pagliuca et al. Cell 159, 428-439 (2014).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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