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繊維芽細胞の可塑性が心臓の修復を助ける

冠動脈の閉塞に起因する心臓発作は、心筋細胞に重篤な傷害を与え、細胞の機能障害や死を引き起こす。損傷を受けた心臓では、死にかけた細胞や細胞の残骸の除去、免疫細胞の補充、そして血液供給を回復させるための新生血管の形成といった、修復と再生応答が誘導される。繊維芽細胞はこの修復応答で中心的役割を果たす。今回ノースカロライナ大学チャペルヒル校の(米国)Eric Ubilらは、繊維芽細胞が転写因子p53の活性化状態に依存して血管の内面を覆う内皮細胞に転換され得ることを示し、さらに、心臓繊維芽細胞の可塑性がこの修復プロセスで果たす役割を、Nature 2014年10月30日号585ページで明らかにしている1

心臓は筋細胞(筋肉細胞)と非筋細胞(心臓繊維芽細胞や内皮細胞など)からなる。繊維芽細胞は、さまざまな増殖因子や細胞外マトリックス(ECM)タンパク質を産生することで、心臓の構造、収縮、および機能を適切に維持している2。繊維芽細胞はまた、内皮細胞や筋細胞と相互作用して、血管形成を助け、生理的な恒常性を支えている3。心臓が損傷を受けると、心臓繊維芽細胞は活性化されてECMタンパク質や可溶性因子を産生し、構造的な欠陥を補修し、損傷の広がりを抑え、心臓の物理的強度を補強して心臓の破裂を防ぐ。「繊維化」と呼ばれるこの一連の過程は、心臓の筋組織の再建を助ける。しかし、過度の繊維化は病的な過程と考えられており、心臓の物理的強度の低下(拡張期機能障害)や電気的な接続の異常(不整脈)などの悪影響につながることがある。そのため、損傷後の心機能の回復には調節のとれた繊維化が極めて重要である。

血管内皮細胞は一般に最終分化細胞と考えられているが、間葉細胞(間質のECMタンパク質に囲まれた可動性の細胞を指すことが多い)の特徴を獲得することがある4,5。これを内皮間葉転換(Endothelial to Mesenchymal Transition;EndMT)と呼び、この過程で内皮細胞は、隣接している細胞同士をつなぐ密着結合を失って移動する能力を獲得し、ECMタンパク質を産生して過度の繊維化を促す。さらに、心臓ではEndMTに伴い機能する毛細血管や心内膜組織層が激減する。心臓の内皮細胞のEndMTは、増殖因子TGF-β1に依存していて、骨形成因子BMP7により抑制できるシグナル伝達経路によって誘発 される4

今回Ubilらは、間葉細胞系統の繊維芽細胞が、急性心臓傷害後にEndMTとは逆方向の転換、すなわち間葉細胞から内皮細胞へと転換され(Mesenchymal to Endothelial Transition;MEndT)、血管の構成要素になる可能性を示した(図1)。彼らはこの可塑性を研究するため、遺伝的予定運命図と呼ばれる手法を使った。この手法を使えば、マウスの細胞で細胞型特異的マーカーの発現の有無を蛍光で追跡できる。

図1:心臓細胞の転換
傷害に対する心臓の応答として、心臓繊維芽細胞(間葉細胞の一種)の増殖と活性化が起こる。この繊維化という過程は修復に不可欠であるが、過度の応答は心機能不全につながり、そのバランスは細胞種間の転換によって調節されているという証拠が増えつつある。これまでの研究4,5で、血管の内壁を覆う内皮細胞は、内皮間葉転換(EndMT)と呼ばれる過程で、間葉様細胞へと転換され得ることが示されている。これらの内皮細胞はαSMAという心臓繊維芽細胞の一部でも発現する間葉系細胞マーカーを発現し、繊維化を亢進させる。今回、Ubilら1は、繊維芽細胞マーカーのFSP1またはCol1α2の発現が見られる一部の心臓繊維芽細胞が、EndMTとは逆方向の、「間葉内皮転換(MEndT)」を起こし得ることを示した。この転換は、転写因子p53の活性に依存して引き起こされ、繊維化の減少と血管形成の増加につながる。

著者たちは、マウスの心臓で、冠動脈を閉塞させた後に血流を回復させて虚血再潅流傷害を引き起こし、遺伝的予定運命図で追跡を行った。するとその3日後、傷害部位に存在する繊維芽細胞の35%に内皮細胞マーカーVECADの発現が見られ、こうした細胞は血管の内側に位置していることが分かった。繊維芽細胞に由来するこうした細胞の41%は、アセチル化低密度リポタンパク質を取り込んでいたことから、内皮細胞として機能していると考えられる。MEndTを起こした細胞の大部分は繊維芽細胞マーカーのCol1α2あるいはFSP1を発現していたが、間葉系細胞マーカーのαSMA(心臓繊維芽細胞の一部とEndMTで生じた間葉細胞に共通して見られる)を発現している細胞はごくわずかだった(図1)。こうした結果から、可塑性に関して、傷害心臓組織に補充された繊維芽細胞には機能的な不均一性が見られることが明らかになった。この不均一性について理解を深めるには、心臓繊維芽細胞の運命図を使ったさらなる研究が必要となるだろう6

またUbilらは、マウス繊維芽細胞由来の内皮細胞でp53の発現が上昇していることを見いだした。p53は、多面的な機能を持つことが知られており、細胞周期の調節、アポトーシス細胞死、DNA修復などで働く。著者たちは、MEndTプログラムにおけるp53シグナル伝達経路の関与について調べるため、心臓繊維芽細胞を血清枯渇条件下で培養した。こうしたストレス条件下ではp53の発現が上昇する。血清枯渇条件下で培養した細胞は、内皮細胞様の管状構造を形成し、VECADなどの内皮細胞マーカーや、HoxA9やHoxD3などの転写因子を発現した。しかし、血清添加条件で培養してp53を人為的に過剰発現させた繊維芽細胞では、このような細管の形成は確認できなかった。つまり、MEndTの誘導にはp53の発現だけでは不十分で、他のシグナル伝達経路の関与も必要であると考えられる。

著者らはさらに、p53シグナル伝達を活性化する小分子RITAを心臓傷害後のマウスに3日間投与すると、繊維芽細胞由来の内皮細胞の数が増えることを示した。RITAの投与はさらに、血管形成を加速して心臓の繊維化を減らし、心機能の改善にもつながった。こうしたin vivoin vitroの研究結果から、繊維芽細胞由来の内皮細胞におけるp53の発現が損傷後の心臓機能の回復に重要な役割を持つことが示唆される。

RITAとは別のp53活性化分子を心肥大マウスモデルに投与した他のチームによる以前の研究では、マウスの血管形成が阻害され、アポトーシス細胞死が増加し、筋収縮の異常が引き起こされたことが示されている7。これに反してUbilらは、対照マウスで見られる筋細胞でのp53発現の上昇とアポトーシスを起こした細胞数の増加は、RITA投与マウスでは見られなかったと報告している。こうした対照的な結果の原因は、実験に用いた心臓傷害モデルと薬剤の違いにあるのかもしれない。従って、心臓の繊維化を標的としたp53活性化薬剤の臨床応用の可能性について研究する際には、モデルや薬剤の種類を考慮に入れる必要があるだろう。

とはいえUbilらの研究は、心臓の修復過程に関する手掛かりを示しており、可能性のある新しい治療戦略を明らかにしている。また、今回の結果を受けて、成体組織での「最終分化」という言葉の定義が限定され過ぎているのではないかという議論がさらに活発になりそうだ。疾病状態や傷害が起こっている状況では、胚発生時同様に、可塑性を持つ細胞が随所で見られ、どうやらそれがうまく働いているように思われるからだ。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150128

原文

Cell plasticity helps hearts to repair
  • Nature (2014-10-30) | DOI: 10.1038/nature13928
  • Toru Miyake & Raghu Kalluri
  • Toru MiyakeとRaghu Kalluriは、テキサス大学MDアンダーソンがんセンター転移研究センターがん生物学科に所属。Kalluriは、ベイラー医科大学分子細胞生物学科およびライス大学生物工学科にも所属(所在地は全て、米国テキサス州ヒューストン)。

参考文献

  1. Ubil, E. et al. Nature 514, 585-590 (2014).
  2. Souders, C. A., Bowers, S. L. & Baudino, T. A. Circ. Res. 105, 1164-1176 (2009).
  3. Kakkar, R. & Lee, R. T. Circ. Res. 106, 47-57 (2010).
  4. Zeisberg, E. M. et al. Nature Med. 13, 952-961 (2007).
  5. Von Gise, A. & Pu, W. T. Circ. Res. 110, 1628-1645 (2012).
  6. LeBleu, V. S. et al. Nature Med. 19, 1047-1053 (2013).
  7. Sano, M. et al. Nature 446, 444-448 (2007).