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忘却の遺伝子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140914

原文:Nature (2014-06-05) | doi: 10.1038/510026a | The forgetting gene

Laura Spinney

アルツハイマー病の有力な遺伝的リスク因子が20年余り前に報告されたが、研究者の多くはそれをほとんど無視してきた。しかし、その風潮がようやく変わろうとしている。

アルツハイマー病では年月を経るにつれて脳が著しく萎縮していく。

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1991年のある日、神経学者のWarren Strittmatterは、彼が得た「困惑する結果」を示すデータを見てほしいと研究室のボスに頼んだ。Strittmatterは当時、アルツハイマー病患者の脳内で見つかる分子凝集塊の主要成分であるアミロイドβを研究していた。彼は脳脊髄液内のアミロイド結合タンパク質を探していて、アポリポタンパク質E(アポE)を見つけたが、アポEにはアルツハイマー病との明らかな関連がなかったため困惑したのだ。

Strittmatterのボスであるデューク大学(米国ノースカロライナ州ダーラム)の遺伝学者Allen Rosesはすぐに、研究仲間が何か画期的なものを見つけたと気付いた。Rosesの研究チームはその2年前に、アルツハイマー病と第19染色体の一部領域との遺伝的関連を見つけていた。Rosesは、アポEをコードする遺伝子も第19染色体上にあることを知っていた。「稲妻のようにひらめき、私の人生がそれで変わったのです」と彼は回想する。

ヒトには、アポEの遺伝子APOEの一般的な変異体(つまりヒト集団内に広く存在する対立遺伝子)が3種類あり、それぞれ2、3、4の番号が付いている。そこで、研究の次のステップは、それぞれのAPOE対立遺伝子がアルツハイマー病の発症リスクに影響を及ぼすかどうかを明らかにすることだとRosesは思った。3種類の変異体は、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)と呼ばれる手法を使って互いに識別できる。しかし、RosesはPCR法を使った経験がほとんどなかったため、研究室の博士研究員にアルツハイマー病患者群と健康な対照群から得た標本を調べてくれと頼んだ。ところが、研究員らはアルツハイマー病の原因遺伝子を探すのに忙しく、「APOEはその候補遺伝子ではなさそうだから」とそれを断ったのだという。そのときの研究室には、「チーフがまたおかしなアイデアを押し付けてきた」という空気が漂っていたとRosesは思い返す。

そこで、Rosesは妻のAnn Saundersに頼んでみた。彼女はマウス遺伝学の研究者で、PCR法を使えたのだ。Annはちょうど娘を産んで産休中だったため、取引が成立した。「彼女が実験をし、私が子守りをしたんですよ」とRoses。彼らは3週間足らずで、一連の画期的な論文を書けるだけのデータを集めた。そして、APOE4対立遺伝子がアルツハイマー病の発症リスクの高さと関連していることを示す論文を発表した1

それから20年余りたつが、APOE4は現在も、アルツハイマー病という最もよく見られる型の認知症に対する主要な遺伝的リスク因子である(「発症リスクの遺伝」を参照)。APOE4を1コピー受け継ぐと、その人がアルツハイマー病を発症するリスクは4倍になり、2コピーだと12倍にもなる。しかし、Rosesのデータに対する当時の反応は、ほとんどが批判か無視だった。その後2年もたたないうちに、研究者らがアミロイドβの研究に殺到するようになったため、アポEへの関心は薄れてしまった。アポEの探求を続けていた少数の研究室も、資金提供機関や神経科学界の冷淡さに直面し、実験の知見の正当性をさらに大規模な研究で検証するのに必要なリソースが得られなかったことで、やはりアミロイドβの研究に移行してしまった。

SOURCE: J. RABER ET AL. NEUROBIOL. AGING 25, 641–650 (2004)

脳内でのアポEタンパク質の機能は、現在でもよく分かっていない。これほど有力な手掛かりが今まで無視されてきたことを、アルツハイマー病以外の分野の一部研究者は不思議がっている。ドイツのフランクフルトで開催された脳疾患フォーラムで、パスツール研究所(パリ)の自閉症研究者Thomas Bourgeronは困惑の気持ちを口にした。「こんなリスク因子を見つけたら、私なら懸命に追跡していますよ」。

その状況が変わってきた。現在、リポタンパク質への関心が高まっているのだ。その一因は、アミロイドβを標的にする治療方法が大規模な臨床試験で何度も残念な結果に終わったことにある。製薬業界はアミロイド主体のアプローチから手を引きつつあり、一部の学術研究者はアミロイドへの注力に疑問を持ち始めている。ここにきて初めて、アポE4タンパク質を対象とする薬剤の開発が始まり、製薬業界も関心を寄せている。

「アミロイド仮説は科学の通説となってしまい、証拠ではなく信念に基づいて受け入れられるようになりました。この疾患に関する基本前提が正しいかどうかという根本的な疑問にまで立ち戻った者は最近までいなかったのです」と、米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)のアルツハイマー病関連研究の元調整役で、現在は非営利団体「Prevent Alzheimer’s Disease 2020」の理事長を務めるZaven Khachaturianは言う。

過酷な競争

Rosesの知見が無視された理由についてはさまざまな見方があるが、タイミングの悪さが一因だとする意見は多い。1991年に、John HardyとDavid Allsopが「アミロイド・カスケード仮説」を提唱した。この仮説は、脳内にアミロイドβ塊(プラーク)が異常形成されることでアルツハイマー病が起こるとしている2。多くの研究者がこの説を支持し、それ以降、この説はアルツハイマー病研究に充てられた資金の大半を勝ち取ってきた。

しかし、Rosesはアミロイド仮説を認めなかった。「アミロイドは、脳内で細胞が死んで萎縮が起こった結果プラーク内に蓄積される多くの物質の1つにすぎません。アミロイドが病因だとは全く思えませんでした」と彼は言う。彼がそうした意見を述べたことで、他の研究者はアポEとアミロイドに結び付きがあるかどうかを調べようとしなくなり、資金提供をめぐって2つの仮説が対立する状態を意図せずに招いてしまった可能性がある。彼はアポEに関する研究のための助成金を新たに受けることができなかったのだ。

ただし、アポE研究には技術的な障害もあった。このタンパク質は全身に存在するため、脳内のアポEを特異的に標的にするのが難しいのだ。また、アポEは脂質に結合するため、生化学分析では他の分子にくっついてしまう傾向があるのだと、アストラゼネカ社(英国マックルズフィールド)で低分子発見物の研究を先導するMenelas Pangalosは話す。彼は長年、アポEに関心を寄せてきた。

こうしたタンパク質を研究で扱うには、脂質の生化学的性質をよく理解する必要がある。「アポEを研究しようとすれば、アポEの扱い方を知るための専用の研究室が必要になります」と、ワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)の神経学者David Holtzmanは言う。Holtzmanはそれを実行に移し、中枢神経系のリポタンパク質を取り扱う技術を開発するための専用研究室を別に立ち上げた。

それに対しアミロイドは、アポEよりも扱いやすい標的だった。そして20年にわたる集中的な研究から、アミロイドβの代謝を変化させるさまざまな薬剤が生み出された。だが、期待に応えるほどの薬効を持つものはいまだにない。2012年に第I相もしくは第II相の臨床試験が行われた6種類の薬剤のうち半数は、安全性が懸念されるか有効性がないために、以降は候補から外された。こうした結果は、社会の高齢化、拡大し過ぎた医療制度、アルツハイマー病治療薬の乏しさなどの社会背景に逆行するものだった。「アルツハイマー病の主要な臨床試験が次々と失敗して、みな血の気が引きました。大手製薬会社もすっかり怖じ気づいてしまいました」と、カリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所(米国カリフォルニア州サンフランシスコ)の主任であるLennart Muckeは話す。

アミロイドβ標的薬として残る3種類の候補は現在、アルツハイマー病の患者、もしくは発症リスクは高いが未発症の人々を対象に試験が続けられている。また、画像化技術を使った研究からは、高リスク群の人の場合、アルツハイマー病発症の数十年前から脳の見た目や挙動が対照群とは異なっていることが明らかになっている3。つまり、アミロイドβの蓄積や灰白質の萎縮が始まるずっと前から差異が見られるのだ。3種類の薬剤候補がアルツハイマー病を予防したり開始を遅らせたりできるかどうかは、臨床試験の結果で判断されるだろう。これらの試験は今後6年(2020年頃)で完了する予定であり、これがアミロイド仮説にとって最後のチャンスになるという捉え方が、この分野の研究界でも製薬業界でも強まっている。こうした問題がある中で、アポEに再びスポットライトが当たるようになった。

アミロイドβ標的薬候補によるアルツハイマー病発症予防の臨床試験がうまくいかなかった場合、前臨床および初期臨床実験の信頼できるデータを使って企業をテーブルに呼び戻せるかどうかは研究者らの腕次第だろう、とMuckeは話す。彼は、アポEの研究者らがじきに製薬業界を呼び戻すだろうと楽観視している。研究上の障害は多々あるが、アポE4が発症リスクを上昇させる仕組みが新たに解明されている。これは、HoltzmanのグループやMuckeのグループが、ヒト型のアポEを発現するトランスジェニックマウスを使って明らかにしたものだ。

どうやらアポEは2種類の経路でアルツハイマー病に関与していて、一方の経路はアミロイドに依存しているらしい。アポE4は動物でもヒトでも、アポE3に比べて脳内のアミロイドβ沈着を強く促進する。アポE3はアルツハイマー病のリスクに関しては「ニュートラル」な型だと以前から考えられている。また、アポE2はアミロイドβ沈着を減少させる予防的な型だと考えられている4。「これらは説得力あるデータです」とHoltzmanは話す。

もう一方の経路にはアミロイドが関与しない。ニューロンは、ストレスを受けると修復機構の一環としてアポEを産生する。そして「悪さをする」アポE4は、毒性のある断片に分解されやすく、これらの断片が細胞のエネルギー生産工場であるミトコンドリアを損傷し、細胞骨格を変化させてしまう。

この2つの経路がアルツハイマー病の発症リスクにどのくらいの比率で関わっているのか分かっていないとHoltzmanは話す。しかし彼も他の研究者も、有害な型のアポEを害の少ない型に変えることが有望な治療法になるのではないかと考えている。グラッドストーン研究所では、心血管研究者Robert Mahleyが神経科学者Yadong Huangのチームとの共同研究で、小型の「矯正」分子をすでに複数見つけている。これらの分子は、アポE4タンパク質をアポE3に似た構造に変えることで、異常な断片化を減らすのである5

培養細胞では、これらの「矯正」分子を低濃度で存在させると、ミトコンドリア損傷やニューロンの機能異常を減らすことができる6。彼らは現在、さまざまな動物モデルでさらに厳密な試験を行っているところだ。もしこれらの分子が最終的にヒトで安全かつ有効だと分かれば、アルツハイマー病のリスクが高いと判断された人にこの分子が処方される日が来るだろう、とMuckeは予想している。コレステロール値が高くて心血管疾患リスクの高い人には現在、スタチンが投与されているが、まさにそれと同じ使い方である。

枠をはるかに超えて

こうした「矯正」分子薬はアルツハイマー病以外の疾患にも関係してくるかもしれない。「ミトコンドリア損傷仮説は、アポE4が悪さをする理由を論理的に分かりやすく説明しており、アルツハイマー病だけでなく他の疾患にも当てはまる可能性があります」とMuckeは話す。ミトコンドリア損傷がパーキンソン病やてんかんでもリスク因子となっている可能性を示す証拠はすでにある。また、脳損傷の予後不良リスクの上昇や、HIV感染で無治療の場合に急速な症状進行が見られることとも関連付けられている。バイオテク企業15社はすでにグラッドストーン研究所と共同で、矯正作用を持つこれらの薬剤や類似薬を開発中である。

Rosesは、助成金が得られなくてもアポEの研究を諦めなかった。しかし、彼の研究チームがアポEとアルツハイマー病の関連性を見つけた後の数年は、資金獲得をめぐる闘いに翻弄された。うんざりした彼は、学術機関を去って企業で10年を過ごし、そこで、特にアポEについての研究を続けた。その後2008年にデューク大学に戻り、2009年に彼のチームは、第19染色体のAPOEに隣接するTOMM40という遺伝子に非コードDNA配列があることを報告した。この配列は「523」と呼ばれ、長さにばらつきがある。そして、その長さによってTOMM40APOEの発現の程度が決まる7

この発見が重要なのは、TOMM40のコードするタンパク質Tom40が、ミトコンドリアが健康な状態でいるために必須だからだとRosesは話す。Tom40は、ミトコンドリアの外膜にあるタンパク質搬入用のチャネルを形成している。このタンパク質がないと、ミトコンドリアは必要なときに分裂することができない。「Tom40欠損の影響の大きさは10年前から分かっていましたが、アルツハイマー病研究の分野ではあまり知られていません」とRoses。

Rosesはさらに、523を利用してアルツハイマー病の治療薬を開発したり、発症リスクの試験法を改良したりできることを示唆した。アルツハイマー病を発症するのは、多くの人の場合かなり高齢になってからであるが、APOE4対立遺伝子を持つのは全体の25%にすぎない。そのため、発症予測のためのAPOE4検査では部分的な情報しか得られない。しかし、APOETOMM40の両方の遺伝子型を判定することで、もっと幅広い集団について情報が得られるだろうとRosesは言う。例えば彼のチームは、APOEのうちヒト集団内に最も高頻度で存在するAPOE3が、通常は短い523配列か非常に長い523配列のどちらかを持って遺伝することを見いだした。APOE3対立遺伝子を2個受け継いだ人のアルツハイマー病発症年齢は、それと一緒に受け継いだ2個の523変異体の組み合わせ方に依存して異なっていたのである。

他の研究室でもRosesの仮説を裏付ける証拠が見つかっているが、TOMM40APOEの発現に関する彼の知見を再現しようとした研究は失敗に終わっている。2012年にHardy(現在はロンドン大学ユニバーシティカレッジ)はその同僚の遺伝学者Rita Guerreiroとともに、TOMM40は独立ではアルツハイマー病に影響を及ぼさないとする論説を書いている8

Rosesの自説への信念は揺らいでおらず、自分が得た知見を機構的に正しく説明できると考えている。彼によると、自分の研究結果を再現できなかった全ゲノム解析研究には、TOMM40とアルツハイマー病の関連性を明らかにできるほどのパワーがなかったのだという。一方、Khachaturianは、Rosesの知見の適切な検証(大規模な患者コホートでRosesの手法を使用)はまだ行われていないと指摘する。

Rosesは、もっと多くの臨床データで自分の知見の裏付けを早く得たいと考え、自分で一部出資して、ダーラムにジンファンデル・ファーマシューティカルズ(Zinfandel Pharmaceuticals)という会社を作った。同社は現在、日本の武田薬品工業(大阪市)とともに「TOMMORROW」と呼ばれる第III相臨床試験に資金提供しており、この試験でRosesの説を検証する予定である。TOMMORROWは約5年かけて行われる見通しで、健康な高齢者を約6000人募集する。この試験では、年齢とAPOEおよびTOMM40に基づいて発症リスク評価を行うアルゴリズムについても調べられる。

またの臨床試験では、リスク評価アルゴリズムでアルツハイマー病リスクが高いと判定された人々に、「ピオグリタゾン」という薬剤を低用量投与することで発症を遅らせることができるかどうかも調べる。ピオグリタゾンは、2型糖尿病患者に投与が認められている薬だ。動物実験や小規模なヒト集団の研究で得られた証拠から、ピオグリタゾンがアルツハイマー病に関係する病理や症状を予防もしくは改善できる可能性があることが示唆されている9。ピオグリタゾンのそうした効果は、ミトコンドリアの分裂を促進するためではないかとRosesは考えている(編集部註:2014年7月12日から17日までデンマーク・コペンハーゲンで開催された国際アルツハイマー病学会にて、武田薬品工業がTOMMORROW試験の最新データを発表した)。

現在進行中のこれらの臨床試験は、たとえ決定的な治療法を生み出せなくても、影響が十分にあると考えられる。アルツハイマー病発症をわずか2年遅らせるような治療法であっても、50年後の米国内の症例数をそれを行わなかった場合よりも200万例近く減らせることがすでに示されているからだ10。また、今後数年にわたって臨床試験で得られる結果を基に、認知症に関する情報の再検討が進むだろう。そうなれば、複雑に相互作用する複数の生理的な系の障害という「認知症の真の姿」が見えてくるはずだ、とKhachaturianは言う。たとえアポE4が関与していても、これらの系のいずれか1つを単独で見るだけでは、脳の挙動の変化を完全に説明できそうにない。「この分野では、現在のアプローチの限界を感じて、少し後戻りしようとしています。事態を素直に受け止めることで、また新しい方向を見定めることができるでしょう」と彼は言う。

(翻訳:船田晶子)

Laura Spinneyは、スイス・ローザンヌを活動拠点とするフリーランスのライター。

参考文献

  1. Strittmatter, W. J. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 90, 1977–1981 (1993).
  2. Hardy, J. & Allsop, D. Trends Pharmacol. Sci. 12, 383–388 (1991).
  3. Filippini, N. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 106, 7209–7214 (2009).
  4. Kim, J., Basak, J. M. & Holtzman, D. M. Neuron 63, 287–303 (2009).
  5. Mahley, R. W. & Huang Y. J. Med. Chem. 55, 8997–9008 (2012).
  6. Chen, H. K. et al. J.Biol. Chem. 287, 5253–5266 (2012).
  7. Linnertz, C. et al. Alzheimers Dement. http://dx.doi.org/10.1016/j.jalz.2013.08.280 (2014).
  8. Guerreiro, R. J. & Hardy, J. Arch. Neurol. 69, 1243–1244 (2012).
  9. Sato, T. et al. Neurobiol. Aging 32, 1626–1633 (2011).
  10. Brookmeyer, R., Gray, S. & Kawas, C. Am. J. Pub. Health 88, 1337–1342 (1998).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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