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息を吹き返した抗がん剤「PARP阻害薬」

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オラパリブは、損傷したDNA鎖を修復する酵素を標的とする、初めての薬剤の1つだった。トランスレーショナル(橋渡し)研究による成果の好例としてもてはやされたが、臨床試験が期待外れの結果に終わったためにいったんは見捨てられた。それが一転、この抗がん剤が上市する可能性が見えてきた。そして現在、「ポリ(ADPリボース)ポリメラーゼ阻害剤」(PARP阻害剤)と呼ばれる薬剤に、再び関心が集まっている。

オラパリブの開発を行っているアストラゼネカ社(英国ロンドン)は2012年、残念な結果に終わったこの薬剤の臨床試験を中止した。だが、完了した中で最大規模の臨床試験1から得られたデータを再解析2したところ、抗がん剤としての可能性が見いだされた。2014年春には優先審査指定を受け、最近では、同社は米国食品医薬品局(FDA)に対し迅速承認を求める申請を行い、諮問委員会による厳重な審査を受けているところである。その会合では、一部の卵巣がんへのオラパリブ使用を年内に承認するかどうかについて、FDAの判断の大枠が決まるとみられている。

FDAの決定を心待ちにしているのは、オラパリブの製造元であるアストラゼネカ社だけではない。オラパリブにまだ利用価値があると考える学術研究者や、別のPARP阻害剤を開発中の製薬会社も注視している。

「この薬は2年半前には死んだも同然でした」と、マサチューセッツ総合病院(米国ボストン)のがん専門医Michael Birrerは話す。「でも今では、どこに行ってもPARPの話題が出ます」。

絶好の機会

PARPはDNA損傷の修復を助ける酵素だが、その存在が指摘されてから働きが解明されるまでに約半世紀を要した。そして、この成果から生み出されたのがPARP阻害剤のオラパリブである。理論的には、DNAの二重鎖を修復しないで損傷したままにしておけば、細胞死を引き起こすことが可能である。健康な細胞には、損傷DNAを修復する経路が複数あるため、PARPの働きを阻害してもこれらの細胞に細胞死をもたらす可能性は低い。しかし、がん細胞は、PARP以外の経路による修復ができないような変異を持つことがあり、その場合、PARPの阻害による影響を特に受けやすくなる。つまり、PARP阻害剤の使用は、がん細胞を標的とする一方で健康な細胞には害をあまり及ぼさないため、従来の化学療法の問題点とされる有害な副作用をある程度回避できると考えられるのだ。

PARP阻害剤が最も有効な患者群は、遺伝子BRCA1およびBRCA2の特定の変異型を保有する人々であることが、マウス3や細胞4を用いた研究から示唆されている。この2つの遺伝子は、悪性の乳がんや卵巣がんの一部と関連付けられており、DNA修復に関わるタンパク質をコードしていることが分かっている。

一方、アストラゼネカ社は、オラパリブが広範な卵巣がんに効果を発揮する可能性があるという証拠を得たことで5、オラパリブの臨床試験に参加するBRCA変異保有患者数を制限しないことを決めた。その結果、臨床試験ではオラパリブによる延命の形跡が見られず、多くの研究者は、BRCA変異型のがんに対する有効性の可能性は消えたと考えた。「薬剤開発を止める経緯の見本のような展開になりました」とBirrer。

それと同じ頃、サノフィ社(フランス・パリ)が開発した「もう1つのPARP阻害剤」という触れ込みのイニパリブでも、臨床試験が失敗に終わろうとしていた。研究者らはその後、イニパリブが真のPARP阻害剤ではないことを示そうとしたが、そうなる前に、PARP阻害剤への関心は徐々に薄れてしまった(Nature 2012年3月29日号、519ページ参照)。「イニパリブの失敗で事態は一層悪くなりました」と、メイヨークリニック(米国ミネソタ州ロチェスター)の卵巣がん研究者Scott Kaufmannは話す。

アストラゼネカ社はPARPプログラムを中止し、他の複数の大手製薬会社も自社のプログラムを売却してしまった。副作用の小さい卵巣がん治療薬になるという期待は消え去ったように思われた。「我々はみな、無念の言葉をつぶやき、患者さんたちは嘆きの声を上げました」とBirrerは振り返る。

しかし、ロンドン大学ユニバーシティカレッジがん研究所のがん研究医Jonathan Ledermannが問題の臨床試験データを解析し直したことで、風向きが変わった。この再解析では焦点を変えて、がんと関連するBRCA1変異やBRCA2変異を持つ患者に注目した。その結果、オラパリブにはこれらの変異を持つ患者を延命する効果はないものの、がんの増殖を実際に遅らせる効果があることが明らかになった。この再解析結果は2013年に公表され、2014年5月に論文として発表された2。アストラゼネカ社は現在、新たな主導体制を敷いてオラパリブの研究を再開しており、今後は同剤の後期臨床試験を2件実施することを発表した。

それらの臨床試験では今も患者を募集しているため、現在FDA諮問委員会が行っている審査においてオラパリブの評価に用いられるのは、主にLedermannの再解析結果である。Ledermannによれば、オラパリブに延命効果が見られないのは臨床試験の設計上の諸要因のせいだという。つまり、多くの患者がまだ生存していること、そして、プラセボ投与群に振り分けられた被験者の多くがこの臨床試験から脱退している(治療群に入れてほしいと希望しても叶わなかったために、PARP阻害剤を投与してもらえる見込みのある別の臨床試験に流れていった)ことから、データの解析が難しくなっているというのだ。しかし、FDAが薬剤の承認にあたって一般的に求めることは、生存率の向上であるため、多くの関係者は、Ledermannらの再解析による説明付けをFDAがどう判断するのか、興味深く見守っている(編集部註:2014年6月25日、FDAはこの申請に対し、さらなる検証試験結果を提出するよう言い渡した。審査結果は10月頃までに発表される見込みである)。

オラパリブの厳しい審査と並行して、PARP阻害剤の効果を上げる試みも続けられている。例えば、他の薬剤と併用したり、PARP阻害剤が非常に有効な患者群を見つけ出したりすることなどだ。クロヴィス・オンコロジー社(Clovis Oncology;米国コロラド州ボールダー)は現在、BRCA1BRCA2に変異がないのにDNA修復異常の見られるがんの保有患者を拾い出す方法を開発中である。もし、こうした患者が、同社の開発している「ルカパリブ」というPARP阻害剤に反応すれば、PARP阻害剤で恩恵を受ける人の数はさらに増えると考えられる。

2年前には見通しがあれほど暗かったのに、今ではPARP阻害剤への関心がかつてないほど高まっていると、PARPを40年研究しているラヴァル大学(カナダ・ケベック州)の生化学者Guy Poirierは話す。「今まさに、この分野の黎明期を目にしているのだと感じます」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140912

原文

Resurrected cancer drug faces regulators
  • Nature (2014-06-26) | DOI: 10.1038/510454a
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. Ledermann, J. et al. N. Engl. J. Med. 366, 1382–1392 (2012).
  2. Ledermann, J. et al. Lancet Oncol. http://dx.doi.org/10.1016/S1470-2045(14)70228-1 (2014).
  3. Rottenberg, S. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 105, 17079–17084 (2008).
  4. Farmer, H. et al. Nature 434, 917–921 (2005).
  5. Gelmon, K. A. et al. Lancet Oncol. 12, 852–861 (2011).