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血液脳関門を通過できる2つのルート

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140829

原文:Nature (2014-05-22) | doi: 10.1038/nature13339 | Double function at the blood–brain barrier

Christer Betsholtz

血液脳関門では、脳への脂質の輸送と、トランスサイトーシスによる分子の輸送が行われているが、この2つの過程がどちらもMfsd2aという1つのタンパク質によって調節されていることが明らかになった。

血液脳関門(BBB)は諸刃の剣である。BBBは、脳の血管と脳細胞の間での物質交換を制限する機構で、神経機能に最適な環境を常に維持するのに役立っている一方、BBBがあることでほとんどの薬剤が血流から脳内へ移行できないため、脳を対象とする治療において大きな障壁でもある。BBBの血管内皮細胞は、密着結合により間隔が非常に狭くなっている。そのためBBBは、物理的な障壁として存在するとともに、脳に必要な分子と不要な分子の通過を調節する選択的な輸送系を併せ持つ。Nature 2014年5月22日号に、BBBについての我々の基本的な理解を大きく前進させる2つの成果が報告された。L. W. Nguyenらは、必須のオメガ3脂肪酸がBBBを通過して輸送される仕組みを明らかにし1A. Ben-Zviらは、血液中の血漿成分が脳へと輸送されないように制限する機構を明らかにした2

驚いたことに、無関係に見えるこの2つの過程は共に、内皮細胞(血管の内壁を覆う細胞)に特異的な膜貫通タンパク質をコードする「Mfsd2a遺伝子」に依存していることが明らかになった。脳の成長や機能に必須の脂質を輸送する一方で、同時に、BBBを通過する輸送ルートの抑制も行っているMfsd2aは、抗体のような複雑な薬剤の脳内への送達に理想的な経路であるかもしれない。一石二鳥のように思えるこの機構は、一方で、BBBの矛盾する特性をも浮き彫りにしている。

Mfsd2aは、溶質(プロトンやナトリウムイオンのことが多い)の電気化学ポテンシャルを用いて、特異的基質を脂質二重層構造の細胞膜の内外に輸送する「二次性能動運搬体3」と呼ばれるタンパク質で、MFS(major facilitator superfamily)に属している。しかし、MFS輸送体は、いまだ、その基質や機能が解明されていないものが多い4。これまでの研究から、Mfsd2aの発現は空腹時に肝臓由来の因子によって誘導されること5、また、Mfsd2aタンパク質は抗生物質の輸送6やヒト胎盤での細胞融合7,8に関与することも示されている。しかし、Mfsd2aは進化的に非常によく保存されている。胎盤でのヒト特異的な役割と矛盾すると考えられるこの事実は、Mfsd2a には別に主要な機能があることを示唆している。さらに、Mfsd2aは肝臓では低レベルでしか発現していないが、脳全体では高発現が見られる種もある。また、Mfsd2aを欠損するマウスは、肝臓の代謝は正常であるものの、神経学的疾患を発症する9。今回、NguyenおよびBen-Zviの両研究チームは、Mfsd2aが脳の内皮細胞に特異的かつ構成的に発現していることを明らかにした。これはMfsd2aがBBBにおいて何らかの役割を担っていることを示唆している。

図1:Mfsd2aの2つの役割
LPC–DHAは、血中ではアルブミンタンパク質に結合している。BBBに到達すると、LPC–DHAはアルブミンから遊離し、内皮細胞の細胞膜脂質層の外層に吸着される。Nguyenら1は、Mfsd2aがLPC–DHAに結合し、LPC–DHAを脂質層の内層に輸送することで、内皮細胞間の密着結合を迂回して、脳に直面する反管腔側の細胞膜に到達できる可能性を示した。DHAについては、脳内におけるその標的も、脳の血管を完全に覆うアストロサイトの「エンドフィート」構造を通過する方法も分かっていない。また、Ben-Zviら2は、Mfsd2aが内皮細胞のトランスサイトーシスを抑制していることも示した。

Nguyenらは、Mfsd2aを欠損するマウスの解剖学的および行動学的な特徴付けをさらに進めた。Mfsd2a欠損マウスでは、脳が小さく、さまざまな運動異常や認知障害が見られ、さらに、海馬と小脳でのニューロン数が減少していた。Nguyenらは、これらの異常がオメガ3脂肪酸欠損に類似していることに着目し、Mfsd2a欠損マウスおよび対照マウスの脳の脂質組成を比較し、その結果から、Mfsd2a欠損マウスの脳では、オメガ3脂肪酸の一種であるドコサヘキサエン酸(DHA)が減少していることを見いだした。in vitroでの解析から、DHAが脂質であるリゾホスファチジルコリン(LPC)に結合している場合のみ、Mfsd2aにより輸送されることが明らかになった。in vivoでの実験から、脳へのDHAの取り込みは、主にMfs2a依存的なLPC–DHAの輸送を介して起こることが確認された(図1)。脳の正常な成長や機能にDHAが重要なことはこれまでも知られていたが10、LPCがDHAの輸送体としての役割を担うことが今回明らかになったことで、必須の脂肪酸が脳内に入る仕組みに関する理解が大きく前進したといえる。

一方のBen-Zviらは、異なる観点からMfsd2aにたどり着いた。彼らは、血管細胞に発現し、BBBの形成と相関する遺伝子転写産物を探索していた。これまでの研究から、哺乳類では、BBBのうちの少なくとも一部は出生前に形成されることが分かっていたが、BBBが形成される正確な時期や、BBBに部位による差異があるかどうかは不明であった。Ben-Zviらは、BBBの形成過程を観察するために、胎仔マウスの肝臓に蛍光トレーサー染料を注入し、そこから染料が体循環に入るようにした。胎仔でのBBBの成熟を時空間的に高い精度で追跡可能になったことで、転写産物プロファイリングに適した発生段階を決定することができた。その結果、13.5日齢の胎仔の大脳皮質内皮では、肺血管内皮よりもMfsd2aが顕著に過剰発現していること、また、Mfsd2a欠損マウスのBBBは、15.5日齢から成体までの期間を通して透過性が上昇することが分かった。

また、Ben-Zviらは、対照マウスと比較して、Mfsd2a欠損マウスの脳の内皮細胞ではトランスサイトーシス(細胞外からエンドサイトーシスで取り込んだ分子を、小胞の形を保持したまま、その反対側へ輸送し、エキソサイトーシスで放出すること)が増加していることを見いだした(図1)。トランスサイトーシスの増加は、脳の周皮細胞(微小血管の内皮細胞を取り囲む細胞)の密度が低下したマウスでも報告されている11,12ことから、Ben-Zviらは、脳の内皮細胞でのMfsd2aの発現は周皮細胞の存在に依存することを見いだした。

トランスサイトーシスのルートは、薬剤送達という視点から特に魅力的である。というのは、このルートによって輸送される小胞内の物質の分子量あるいは物理化学的特性については、制限が存在する証拠が今のところ見当たらないからである11。周皮細胞はBBBの血液側ではなく脳側に存在するので、脳内への薬剤送達戦略として、周皮細胞を標的とすることは非論理的かもしれないが、内皮細胞の管腔側膜(血液に接触している)に存在するMfsd2aを標的とすることは実現可能かもしれない。

今回の2つの研究から、脳の内皮を通過する脂質とトランスサイトーシスの機構に関して、初めて分子的な知見が得られた。しかし、その詳細については調査すべき点がいくつかある。例えば、Mfsd2aはどのように内皮のトランスサイトーシスを調節するのだろうか? また、その調節は直接的機構なのか、それとも、脳への脂質輸送障害を伴う間接的機構なのだろうか? この疑問の答えは、DHAを含まない食餌などの、脂質欠乏を引き起こす他の原因から得られるかもしれない。

BBBを通過するDHAの輸送については、まだ第一段階が解明されたばかりである。今後は、Mfsd2aによって輸送されるDHA(あるいはその他の脂質類)が、多細胞からなるBBBを通過し、脳内に到達する仕組みが探索されると考えられる。Nguyenらの今回の研究成果は、Mfsd2aによってLPC–DHAが内皮細胞管腔側膜の外層から内層まで輸送されることを示唆するものである。内層の脂質(外層の脂質ではない13,14)を介せば、細胞間の密着結合を迂回できるため、LPC–DHAが管腔側膜から脳に直面する反管腔側膜にまで拡散できると考えられるが、さらに脳内へとDHAが輸送される仕組みは分かっていない。また、脳でのDHAの機能についても、膜における構造的な役割や、細胞の挙動の調節に関係するシグナル伝達の役割を担うと考えられているが、不明な点が多い。Mfsd2a欠損マウスについてさらに研究を進めることで、これらの疑問に対する答えが得られるかもしれない。

(翻訳:三谷祐貴子)

Christer Betsholtzは、ウプサラ大学(スウェーデン)およびカロリンスカ研究所(スウェーデン・ストックホルム)に所属。

参考文献

  1. Nguyen, L. N. et al. Nature 509, 503–506 (2014).
  2. Ben-Zvi, A. et al. Nature 509, 507–511 (2014).
  3. Shi, Y. Annu. Rev. Biophys. 42, 51–72 (2013).
  4. Law, C. J., Maloney, P. C. & Wang, D. N. Annu. Rev. Microbiol. 62, 289–305 (2008).
  5. Kadereit, B. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 105, 94–99 (2008).
  6. Reiling, J. H. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 108, 11756–11765 (2011).
  7. Esnault, C. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 105, 17532–17537 (2008).
  8. Toufaily, C. et al. Placenta 34, 85–88 (2013).
  9. Berger, J. H., Charron, M. J. & Silver, D. L. PLoS ONE 7, e50629 (2012).
  10. 10. Kidd, P. M. Altern. Med. Rev. 12, 207–227 (2007).
  11. 11. Armulik, A. et al. Nature 468, 557–561 (2010).
  12. 12. Daneman, R., Zhou, L., Kebede, A. A. & Barres, B. A. Nature 468, 562–566 (2010).
  13. 13. Dragsten, P. R., Blumenthal, R. & Handler, J. S. Nature 294, 718–722 (1981).
  14. 14. van Meer, G. & Simons, K. EMBO J. 5, 1455–1464 (1986).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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