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深まるクシクラゲの謎

Pleurobrachia bacheiの概要ゲノム配列が得られ、一般的な遺伝子の多くが欠如していることが明らかになった。

LEONID L. MOROZ/MATHEW CITARELLAGENOMICSJelly

クシクラゲ(有櫛動物)は、ミラーボールを小型化したような姿をしており、特殊化した毛を使って海中を泳ぎ回り、粘着性の触手で小さな獲物を捕らえる。「まるでエイリアンです」とフロリダ大学(米国セントオーガスティン)の神経科学者Leonid Morozは言う。

Morozの研究チームは、2014年5月21日のNature オンライン版で、太平洋のテマリクラゲ(Pleurobrachia bachei)の概要ゲノム配列を報告した(Nature 2014年6月5日号に掲載された)。この結果が、有櫛動物の謎をさらに深めることとなった。通常であれば、免疫や発生、神経機能に関与するものなど、あらゆる動物に認められる全ての種類の遺伝子が、この生物では欠如しているのである。研究チームは、有櫛動物が独自に神経系を発達させたと考えている。

有櫛動物は分類学者を長年悩ませてきた。姿がクラゲに似ているため、系統樹上では、刺胞動物(クラゲを含む動物門)の姉妹群としての位置があてがわれている。また、光を検知して獲物を感じ取り、筋組織を動かすことができる神経系を持つ有櫛動物は、系統発生的な祖先子孫関係において、海綿動物や平板動物(いずれも神経系を持たない)の後に発生した、残り全ての動物の共通祖先から分岐した生物と考えられていた。今回、有櫛動物が共通遺伝子の多くを持たないことを示すデータが得られたことで、クシクラゲは共通祖先から分岐した最古の系統だと主張する科学者たちが現れた。

Morozらは、今回得られたP. bacheiのゲノム配列が、他の有櫛動物の遺伝子発現データとともに、その考え方を支持すると主張する。例えば、他の動物では遺伝子発現を調節しているマイクロRNAが、このテマリクラゲのゲノムには全く存在しないのだ。

Morozにとって最も意外だったのは、神経系の標準的な構成要素の多くが太平洋のテマリクラゲに存在しないことであった。既知の神経系は、ほぼ全てが同じ10種類の基本的な神経伝達物質を利用しているが、この生物が利用しているのはわずか1~2種類のようなのだ。テマリクラゲは、専用のタンパク質ホルモンなど、この種では未発見の分子を利用して神経系を完成させているのではないか、とMorozは考えている。

この有櫛動物の神経系が特殊なものであると分かったことで、Morozらは、約5億年前に他の動物から分岐した有櫛動物の系統が、その後、一般的な動物とは別の神経系を独自に進化させたに違いない、と主張するようになった。「誰でも、このように複雑なことが行われるのは一度きりだと考えるものです。でも、この生物はそれが2回行われたことを示唆しているのです」とMorozは話す。

ルードヴィッヒ・マクシミリアン大学(ドイツ・ミュンヘン)の進化地球生物学者Gert Wörheideは、異なる動物の系統で神経系が2回進化したという説に興味を持っている。だが、有櫛動物が共通祖先から分岐した最初の系統だったと考えるのは誤りだと主張する。

全ての動物の共通祖先の姿はクシクラゲとは全く異なるものだったと考えられ、P. bacheiの神経系はもっと後の適応によって構築されたものだろう、とWörheideは推測する。「有櫛動物の落ち着き先が最終的に決まるのは、まだ先のことだと思います」。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140814

原文

Jelly genome mystery
  • Nature (2014-05-22) | DOI: 10.1038/509411a
  • Ewen Callaway