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タコの足が絡まらない理由

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140803

原文:Nature (2014-05-15) | doi: 10.1038/nature.2014.15204 | Why an octopus never gets tangled

Katia Moskvitch

タコは、触腕が絡まないように考えているわけではない。では、なぜ絡まないのか?今回、切断した触腕を使った実験から、タコの触腕が中枢の脳による制御を受けずに動く仕組みが明らかになった。

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タコの8本の触腕には数百個の吸盤があり、触れたもののほとんど全てに反射的に吸いつくが、触腕が自分の体に絡まってしまうことは決してない。けれどもタコは、自分の触腕が何をしているのか、常に把握しているわけではないことが知られている。このほど、タコは、皮膚にある化学物質によって、自分の体に吸盤が吸いついて触腕が絡まるのを防いでいることが明らかになった。

5月15日にCurrent Biologyに掲載された論文の主要執筆者であるエルサレム・ヘブライ大学(イスラエル)の神経科学者Guy Levyは、「タコの触腕には、吸盤がタコの皮膚に吸いつくのを防ぐ機構が備わっているのです」と言う1。この研究は、運動制御における化学的自己認識機構を初めて実証したものであり、生物からヒントを得たソフトロボット(柔らかい素材で作られたロボット)の開発に役立つ可能性がある。

Levyらのチームは、タコの触腕が自分の体に絡まるのを防ぐ仕組みを解明するため、タコの触腕を切断して、いくつかの実験を行った(この実験はタコに過大な苦痛を与えるものではないとLevyは考えている。自然界ではタコが触腕を失うことは珍しくはなく、触腕が再生するまでの間も普通に暮らしているからだ)。

タコの触腕は切断後1時間以上にわたって活動することができ、触れたもののほとんど全てに強く吸いついた。吸いつかなかったものは、切り離された本体、生きたタコ(別個体)、他の切断された触腕の3つだけだった。「ところが、切断された触腕に、触腕の皮膚を剥いだ他の切断された触腕をあてがうと、タコ以外のものに触れたときと同じように強く吸いついたのです。これは意外でした」と、同じ大学の神経学者で、この論文の共同執筆者であるNir Nesherは言う。

また、触腕を切断したタコに切り取った触腕をあてがうと、しばしば異常な行動を示した。タコは、与えられた触腕の周りで踊るような動きをし、その表面をこすったが、吸盤で吸いつくことはなかったのだ(触腕を切断していないタコも、他のタコの切断された触腕に対して同様の行動を示した)。また、タコが触腕の切断面を探り当てたときには、さっと触腕でつかむこともあったが、すぐに口器で切断面をくわえなおした。その様子は、傷口を舐めているようにも見えた。口器が切断面以外の部位をくわえることはなく、口器がくわえた触腕を別の触腕で触れることもなかった。

タコにとっての自己と他者

同大学の神経科学者で、今回の研究の主任研究者であるBinyamin Hochnerは、この研究により、タコは切断された自分の触腕を見分けられることも示された、と指摘する。「タコが他のタコの切断された触腕を餌として捕らえる頻度は、自分の切断された触腕を餌として捕らえる頻度に比べてはるかに高いからです」。切断された触腕を餌として捕らえたタコは、実際にその触腕を食べてしまうことが多かった。この実験に使われたタコはマダコ(Octopus vulgaris)という種類で、マダコは共食いをすることが知られる。

タコの脳は、8本ある触腕の全ての位置と運動を常に厳密にモニターしているわけではない。それぞれの触腕にはほとんど無限の自由度があるため、完全に把握することは非常に難しいのだ。代わりに、タコの触腕のそれぞれに、その運動を他の体部位とは独立に制御できるニューロンの集合があって、運動制御装置として機能している。

けれども時に、触腕の運動制御に脳が割り込んでくることがある。切断された触腕をあてがわれたタコがやがてそれをつかむようになったのに対して、切断された触腕の方は決してタコに触れなかったという事実は、触腕に「プログラム」された動作と脳が実行しようと決めた動作の間に衝突があることを示唆している。「タコの脳の決定は、触腕のプログラムよりもはるかに複雑で、高レベルの認知さえ関与しているのかもしれません」とLevyは言う。

レスブリッジ大学(カナダ・アルバータ州)の心理学者Jennifer Matherは今回の研究には参加していないが、この知見により、タコにとっては視覚は優位感覚ではなく、化学感覚と触覚が重要であることも示された、と指摘する。「この研究によって、タコの運動制御を構成する中枢性制御と末梢性制御の協同について調べることが可能になったのです」。

けれども彼女は、「この研究は始まりにすぎません」とも言う。「実験は粗雑ですし、タコの皮膚にあるという化学物質の正体についても何も分かっていません。中枢性制御と末梢性制御との相互作用の種類や、それが起こる位置も分かりません。ただ、どこを調べればよいかは分かりました」とMather。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. Nesher, N., et al. Curr.Biol. 24, 1271–1275 (2014).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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