News

糖尿病治療に有効なインスリン分解酵素阻害剤の発見

新しく発見された阻害剤分子と結合した状態のIDEの構造。6bが結合することによって、2型糖尿病患者でインスリンの過剰な分解を防ぐことができる。

REF.1

糖尿病治療のためには、生体内のインスリンの分解を阻害すればよいと長い間考えられてきたが、その阻害剤の開発は難航していた。今回、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の化学生物学者David Liuらが、マウスの体内でインスリンの分解酵素を阻害する化合物を発見したことで、この治療法が実現する可能性がようやく見えてきた。この成果は、2014年5月21日にNatureオンライン版に報告された1

この化合物は、マウスで、IDE(insulin degrading enzyme)と呼ばれるインスリン分解酵素を阻害する。「IDEを阻害すれば、体内のインスリン濃度が増加し、血糖値が低下するはずです」とLiuは言う。2型糖尿病患者はインスリン濃度が低い傾向にあるため、こうした阻害剤の発見は2型糖尿病の新しい治療法につながる可能性がある、と彼は話す。

IDEが初めて発見されたのは65年前のこと2だが、これまでの研究から、IDEの阻害は難しいことが分かっていた。これまでIDEの阻害剤候補となった化合物のほとんどは、生体内で安定して存在できなかったり、IDEに対する特異性の低さから別の重要なタンパク質も阻害してしまったりするため、問題があったのだ。

Liuらはこうした問題を解決するため、IDEを特異的に阻害し、かつ生体内で安定な化合物を求めて、さまざまな分子のスクリーニングを行った。その結果、6bと呼ばれる化合物を見いだした。次に、6bとよく似た構造の類似体を30種類合成し、その中で6bKが最も強力なIDE阻害作用を持つことを発見した。この6bKの効果を、ブドウ糖を投与した痩せマウスと肥満マウスを使って試験した。

Liuらが予想したとおり、グルコースの経口投与前に6bKを投与したマウスの血糖値は、痩せマウスか肥満マウスにかかわらず、対照マウスよりも速く低下した。ところが、研究チームは意外なことを見いだした。ブドウ糖を経口ではなく注射で投与した場合には、血糖値が上がってしまったのだ。

予想外の発見

6bKが、ブドウ糖を注射投与した場合と経口投与した場合とでは逆の効果を示す理由について、Liuらは、IDEがインスリンだけでなく血糖を調節する別の消化管ホルモンであるアミリンとグルカゴンも調節しているためと推測している。6bKを投与したマウスでは、血糖値を上昇させるホルモンであるグルカゴンの濃度がブドウ糖注射後に高くなったからだ。一方で、ブドウ糖を経口投与したマウスでは、ブドウ糖を注射したマウスに比べ、インスリン濃度がはるかに高くなる傾向にあった。従って、「ブドウ糖を経口投与した場合には、グルカゴンなどに比べて高い濃度になっているインスリンに対する影響の方が相対的に大きく現れるため、他の影響が単純に打ち消されるのかもしれません」とLiuは言う。

トロント大学(カナダ)の内分泌学者Daniel Druckerは、「とても興味深い結果です」と話す一方で、糖尿病を治療する際、6bKのグルカゴンに対する作用が、その有用性を大きく左右するのではないかと懸念する。「インスリンの分解を慢性的に阻害すると何が起こるのか、という重要な疑問に対しても答えがまだ出ていません」。

だが、Liuは楽観的だ。「食前に服用する即効型・短時間作用型のIDE阻害剤の開発を目指せばいいのです」。また、グルカゴン濃度を下げるインクレチン関連薬との併用や、グルカゴン受容体拮抗剤との併用も有効だと考えられる。「それに、ランチを注射で摂る人はほとんどいませんからね」と彼は付け加えた。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140805

原文

Blocking insulin breakdown shows promise against diabetes
  • Nature (2014-05-21) | DOI: 10.1038/nature.2014.15273
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. Maianti, J. P. et al. Nature 511, 94–98 (2014).
  2. Mirsky, I. A. & Broh-Kahn, R. H. Arch. Biochem. 20, 1–9 (1949).