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極低温電子顕微鏡が可能にする、膜タンパク質の構造解析

–– 極低温電子顕微鏡分野を牽引し続けていますね。

図1:塩化フタロシアニン銅の電顕写真
aは最適な焦点条件で撮影された塩化フタロシアニン銅の電顕像。中心の銅原子、ポルフィリン環、16個の塩素原子が分離して観察される。
b は同じ試料を同じ電顕で撮影した像、焦点条件がわずかにずれるだけで、全く異なる特徴を示す像となり、1の最適焦点条件の像以外では、化学構造を直感的に理解できる像にはならない。

藤吉: 初めはX線結晶学を志していたのですが、いくつかの理由により、電子線結晶学と呼ばれる電子顕微鏡(以下、電顕)による結晶解析に移ることになりました。1974年頃のことです。当時、電子線結晶学分野において、「原子そのものが見えるのか」という論争が起きていました。私は、塩化フタロシアニン銅という丈夫な有機物を用いて、塩素や銅の原子が観測できることを確かめました(図1)。電顕で像を得る際、焦点がごくわずかにずれるだけで全く異なる構造に見えてしまうので、念入りに焦点合わせを行います。その際、電子線を照射するわけですから、試料に損傷を与えてしまいます。これが問題でした。そこで、最少の電子線照射で焦点を最適化する装置(最少電子線照射装置)を開発し、塩化フタロシアニン銅の30分の1程度の電子線照射でも損傷を受ける分子(Ag-TCNQなど)からも原子像を得ることが可能になりました1。ただ、より損傷を受けやすい「タンパク質」を扱うには、さらなる技術革新を必要としていました。

その頃、ドイツの研究グループなどから、「電子線による損傷は試料を低温にすることで減らせる」という報告がなされていました。一方で、4.2K(-269℃)まで冷却しても、損傷は減らないばかりか逆にダメージが増えるといった意見もありましたので、かなり混乱した状況でした。そこで私は独自に実験を行い、液体窒素温度の-196℃よりも低温にすれば損傷が大幅に減ることを突き止めました。この流れで、極低温電子顕微鏡(以下、極低温電顕)の開発に着手することになったのです2

–– 極低温電顕とはどんなものですか?

藤吉: 端的には、試料を液体ヘリウムで-269℃まで冷却した状態で高分解能の像を撮影する、電子線を使った顕微鏡です。開発を始めたとき、私は低温物理学を全く知らなかったのですが、当時、京都大学大学院理学研究科講師だった水崎隆雄博士(現、京都大学名誉教授)に教えていただく機会を偶然に得ました。さらに、日本電子株式会社の青木好則さんと共同開発を進めることになったのです。その結果、-269℃に保つための肝となる「液体ヘリウム部分を完全にシールドする技術」などを確立しました。

乗り越えなければならないことは他にもありました。極低温電顕で高分解能像を得るには、試料がわずか1Å(オングストローム)揺れることも許されません。そのため、液体窒素と液体ヘリウムが沸騰する際の振動を試料に伝えないようにする方法も考えねばなりませんでした。私たちは、試料台、液体窒素、液体ヘリウムの各部位の機械的な固いつながりを切り離すことでこの問題を克服しました。そうした試行錯誤の末、1986年に、分解能2.6Åで像を撮影できる第1世代が完成しました。

–– X線結晶学との違いは?

藤吉: X線結晶学による解析では、タンパク質を三次元結晶化した上で、さまざまな角度からX線を照射し、その回折データから構造を解析します。回折像の撮影だけで済む代わりに、大きな結晶が必要です。膜タンパク質の場合、三次元結晶を得るには脂質分子を溶かして除去する必要があり、界面活性剤の存在下で構造解析することになります。膜タンパク質は、その名前のとおり膜に埋まっており、役割は、受容体、ポンプ、トランスポーター、チャネルなど多岐にわたります。膜に埋まった状態のままの二次元結晶を解析できる極低温電顕で得られる像は、生命現象の解明や、創薬基盤技術の発展に役立つといえます。

–– 7世代にわたって極低温電顕の改良を進めてこられました。

藤吉: はい。第1世代では液体窒素で冷やした液体エタン中に試料を落下させて急速に凍結し、厚さ約100ナノメートル程度の氷に試料を閉じ込め(氷包埋法)、霜が付かないように凍結したまま真空の電顕内に挿入する「凍結試料交換装置」を開発しました。しかし、操作性が悪かったため、第2世代(1988年完成)では容易に素早く試料交換できるようにしました。氷が薄過ぎると乾燥して試料が変性してしまい、逆に厚過ぎると電子線が通りませんから、ちょうど良い厚みの試料ができるまで何度も試料を交換する必要があったからです。また分解能を2Åまで向上させました。

第3世代(1994年)では、高分解能の像を撮影できるように、干渉性の良い電子銃(電界放射型電子銃)を備えた装置に改良し、完成度の高い極低温電顕となりました。第4世代(2001年)では、試料交換の自動化と、バックグラウンドノイズを減らすフィルターを搭載し、第5世代(2004年)では、単粒子解析法(結晶を作製しないで立体構造を解析する方法)に適した装置に。第6世代(2006年)では、電子線トモグラフィー解析用に試料を傾けて撮影するための傾斜機構を備えました。最新の第7世代では、傾斜に伴って試料位置を上下に移動できるようにしました。

–– 技術改良とともに、重要な膜タンパク質をいくつも解析されました。

図2:主に極低温電顕を用いて解明されてきた、さまざまな膜タンパク質
①アンテナタンパク質(LHC)、②バクテリオロドプシン(bR)、④アセチルコリン受容体(AChR)、⑦コネキシン(Cx26)、⑧電位感受性ナトリウムイオンチャネル(Na+ channel)、⑨プロトンポンプ(H+,K+-ATPase)。

LHC:Nature 367: 614-621(1994);bR:Nature 389: 206-211(1997);AChR:Nature 423: 949-955(2003); Cx26:Nature 458: 597-602(2009);Na+ channel:J. Mol. Bio.425: 4074-4088(2013);H+,K+-ATPase:Nature Comms 2: 155(2011)

藤吉: 1980年代から最近のものまで順に挙げますと、①光合成反応中心へ光エネルギーを集めるためのアンテナタンパク質(ソラマメの葉由来)、②プロトンを能動輸送するためのバクテリオロドプシン(好塩性バクテリア由来)、③水だけを選択的に透過する水チャネルのアクアポリン1(ヒト由来)、④シナプス部位のアセチルコリン受容体(シビレエイ由来)、⑤脳に多く発現するアクアポリン4(ラット由来)、⑥水晶体に多いアクアポリン0(ヒツジ由来)、⑦細胞を連結するチャネルのコネキシン(ヒト由来)、⑧電位感受性ナトリウムチャネル(バクテリア由来)⑨胃のプロトンポンプ(ブタ由来)などの構造解析を行いました(図2、図中文字は本文番号に対応)。

いずれも重要な膜タンパク質ですが、中でも「アクアポリン」と総称される水チャネルの構造解析は、世界的に高く評価されています。アクアポリンは原核生物を含むあらゆる生物に存在し、ヒトでは13種(アクアポリン0〜アクアポリン12)が知られています。基本的には水分子だけを選択的に通し、イオン類は一切通しません。イオンは情報伝達の重要な信号なので、水とともにイオンが通ってしまうと情報伝達系が成り立たないわけです。

図3:アクアポリンの構造と分子機構
aは、アクアポリン1の二次元結晶の極低温電顕像。bは、アクアポリンフォールドの構造。ループB(緑)とE(柿)がそれぞれ細胞質側と細胞外側から膜内に挿入され、高度に保存されるNPAモチーフから短いヘリックス(HBとHE)がスタートし、互いにN末端を接した配置をとっていた。cは、水チャネル内の水分子の配置とそれを安定化させていると考えられるカルボニル基の配置の模式図。赤い点線は水素結合。HBとHEがチャネルの中心付近の一方の側に正の静電場を形成する(青で示す)。は、2.8Åの分解能で解析した水チャネルの内部。

赤血球から発見されたアクアポリン1は、速く水分子を通す一方で、イオンなどは通さないチャネルであると予想されていましたが、その分子機構は不明でした3(図3)。というのも、水分子間は水素結合でつながっていますから、このネットワーク内を電子がドミノ倒しのように伝わるとプロトン(水素イオン)が伝搬してしまい、細胞内のpHを一定に保つことができません。実際にはこのようなことは起こっていませんから、水分子をつなぐ水素結合はどこかで断ち切られているはずです。しかし、水素結合を切るとなるとエネルギー障壁が高くなり、1秒間に30億もの水分子を通すことは不可能です。

–– 謎だった、その仕組みを解明されたのですね。

藤吉: はい、1997年と2000年にNatureで2本の論文を発表することができ4,5、共同研究者のピーター・アグレ教授(ジョンズホプキンス大学)には2003年にノーベル化学賞が授与されました。

水チャネルは原始的な生物にも存在するので、私たちは当初、単純な構造をしているだろうと考えていましたが、そうではありませんでした。2つのループが膜内に突っ込んだ構造で、NPAモチーフの一部(アスパラギン残基のカルボニル基)が主鎖のNH基と水素結合することで短いヘリックスを作り、その結果、アスパラギン残基のアミド基が水の通り道に突き出ていました(図3b)。

興味深いことに、この短いヘリックスが静電場を作り出し、チャネル内を通る水分子の酸素原子をアミド基方向に配向させることで、酸素とアミド基との水素結合が円滑に形成されることが分かりました(図3c,d)。この結合によって、水分子の水素はチャネルの軸と垂直に配向させられ、この水分子の上下に位置する水分子とは遠くなり、水素結合を作り出せなくなります。つまり、ここで水素結合のネットワークが断ち切られ、プロトンの伝搬が阻止されるのです。NPAのところに来た水分子は2つのアミド基と水素結合を形成するので、エネルギー障壁は小さくなります。私たちはこの構造を「アクアポリンフォールド」と命名し、これこそが水チャネルの実体であることを明らかにしました。

さらりと説明しましたが、実は、構造を解いてモデルを構築してから発表にこぎ着けるまでに3年もかかりました。構造解析結果から、チャネル内の構造は、アミド基と8つのカルボニル基を除き疎水的な残基からなることが明らかになりましたが、へリックスの配置なども含め、共同研究者ですら簡単には納得できない結果だったのです。水チャネルは、疎水環境によって水分子の居心地を悪くし、水分子を速やかに移動させていたわけです。水惑星の地球で生きる以上、生物に水チャネルは必須ですが、進化のごく初期にこのような仕組みを作り上げた自然はすごいですね。

その後、より良い二次元結晶を作製することができたので、アクアポリン0やアクアポリン4などを解析して、私の唱えたモデルが完全に正しいことを証明できました6。このうちのアクアポリン4は、弱い細胞接着機能も併せ持っており、ヒトの脳内において血流、グルコース濃度、浸透圧などを調節していることが示唆されています。しかも、その異常がうつ病などの精神疾患と関連している可能性もあり、さらなる解析を続けているところです。

–– つい最近、クローディンの成果も発表されましたね。

図4:タイトジャンクションの模式図とクローディン15の立体構造
aは、タイトジャンクションの模式図と小腸上皮細胞の凍結割断電子顕微鏡像。
bは、クローディン15の立体構造。膜には、左巻きの束をなしたヘリックスが4回貫通している。細胞の外側には2つのループが形成する計5つのβストランドがシート状のドメイン構造を形作っていた。

藤吉: はい。こちらはX線構造解析による成果ですが、将来的には極低温電顕で解析しなければと思っているところです。クローディンは、細胞同士を密に接着させるための構造体(タイトジャンクション)として機能する膜タンパク質で、27種が知られています(図4)。生体は表皮細胞によって身体や器官の表面が覆われていることで内と外とが隔てられ、イオン、pH、水分量などの恒常性を維持しています。その要がクローディンであることは知られていましたが、どのような構造で、どう機能しているかは謎に包まれたままでした。

私たちは、東京大学の濡木理教授、大阪大学の月田早智子教授らとともにクローディン15の解析を行い、世界で初めて2.4Åの分解能で構造を明らかにすることができました7。クローディン15は細胞の外に向かって手のひらを向けたような構造をしており、それが脂質膜中で数珠つなぎに並んでタイトジャンクションの骨格を作っていること、手のひら状の構造が負の電荷を帯びることで正イオンを選択的に通すことなどが分かったのです。これらは、栄養分やイオンの保持に関わる仕組みの理解、脳への選択的な物質輸送(血液脳関門)におけるバリア機構の解明、新たなドラッグ・デリバリー・システム開発などにつながるものと期待されます。

クローディンは重合して機能する膜タンパク質ですから、きれいな二次元結晶を作るのは容易ではないのですが、今後は電子線トモグラフィーシステムを搭載した第7世代の極低温電顕も駆使し、10Åくらいまで分解能を上げて解析できればと考えています。

–– 極低温電顕のアドバンテージがますます高まりそうですね。

藤吉: そうなのですが、実際には、日本において生命科学研究に極低温電顕を用いる研究者は多くありません。私たちと私の共同研究者以外では、モータータンパク質などを解明されている難波啓一教授(大阪大学)がいらっしゃるくらいです。重要性は認知されているのですが、1台4億円と高額で、安定したデータを得るには職人技的な要素も必要とされるために汎用されにくいのでしょう。その点、欧米では、液体窒素を用いたユーザーフレンドリーなものが市販されており、日本に比べて気軽に使われているようです。今後は汎用機の開発にも寄与できればよいと考えています。

ただし、X線構造解析による膜タンパク質研究では、日本にユニークかつ優秀な研究者がいらっしゃいます。カルシウムポンプを解明された豊島近教授(東京大学)、光合成反応中心を解明された神谷信夫教授(大阪市立大学)、前述の濡木教授、月原冨武教授などです。

創薬においては、標的となるタンパク質の約半分が膜タンパク質だと言われています。このことは、膜タンパク質の構造をきちんと解明することで、構造に基づいた創薬が可能になり、開発コストと時間を大幅に削減できることを示唆しています。私個人としては、脳内の膜タンパク質が記憶や学習などの高次機能にどのように寄与しているのかを明らかにすることや、生体にもともと存在する多能性幹細胞8などを活用した神経細胞の研究や新しい治療法の開発などにも興味を持って、研究を続けています。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

藤吉 好則(ふじよし・よしのり)

名古屋大学大学院創薬科学研究科・細胞生理学研究センター 特任教授(構造生理学)。1971年、名古屋大学理学部化学科卒業。1982年、京都大学理学博士(1979年、京都大学大学院理学研究科博士課程単位修得退学)。1980年、京都大学化学研究所 教務職員。1985年、同助手。1987年、蛋白工学研究所 主任研究員。1988年、同主席研究員。1994年、松下電器国際研究所 リサーチディレクター。1996年、京都大学大学院理学研究科 教授。2012年、名古屋大学細胞生理学研究センター 教授・センター長を経て、2013年より現職。

藤吉 好則氏

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140820

参考文献

  1. Uyeda, N., et al. Nature 285, 95-97 (1980).
  2. Fujiyoshi, Y., Adv. Biophys. 35, 25-89 (1998).
  3. Jung, S., et al. J. Biol. Chem. 269, 14648-14654 (1994).
  4. Walz, T., et al. Nature 387, 624-627 (1997).
  5. Murata, k., et al. Nature 407, 599-605 (2000).
  6. Gonen, T., et al. Nature 438, 633-638 (2005).
  7. Suzuki, H., et al. Science 344, 304-307 (2014).
  8. Kurada, Y., et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 107, 8639-8643 (2010).